第四十一章『化け物の居場所』
神殿崩壊から、
七日が過ぎた。
帝都はまだ混乱の中にあった。
神殿の地下からは、
大量の研究資料と人体実験の記録が発見され、
貴族社会は震撼している。
行方不明だった子供たち。
消された平民。
“神への奉納”という名目で犠牲になった人々。
その事実が公表されるたび、
街には怒号と恐怖が広がった。
そして当然――。
ガブリエラの存在も、
噂になっていた。
「神を殺した女」
「魔王の娘」
「化け物」
人々は好き勝手に囁く。
皇宮の廊下を歩いているだけで、
侍女たちが怯えたように視線を逸らした。
ガブリエラは静かに窓の外を見る。
雨だった。
灰色の空。
どこか、
自分の心みたいだと思った。
コンコン。
扉が叩かれる。
「入って」
すると、
ノクスが入ってきた。
黒い外套。
無造作な黒髪。
相変わらず不機嫌そうな顔。
でも。
彼が来ると、
少しだけ安心する。
ノクスはガブリエラを見るなり眉を寄せた。
「また飯食ってねぇだろ」
図星だった。
ガブリエラは視線を逸らす。
「……少しは食べた」
「嘘つけ」
ノクスは呆れたようにため息を吐いた。
彼は机へパンとスープを置く。
「食え」
命令口調。
でも。
その不器用な優しさが、
胸を暖かくする。
ガブリエラは小さく笑った。
「ありがとう」
ノクスは黙ったまま、
窓際へ寄りかかる。
雨音だけが響いた。
しばらくして、
ガブリエラがぽつりと呟く。
「……怖い」
ノクスが視線を向ける。
ガブリエラは俯いていた。
「みんなの目が」
震える声。
「化け物を見る目だった」
胸が痛い。
分かっていたことだ。
普通じゃない。
人間じゃない。
もう以前の自分には戻れない。
ノクスは少し黙った。
そして。
ゆっくりガブリエラの前へしゃがむ。
赤い瞳が真っ直ぐ向いた。
「今さらだろ」
「……慰める気ある?」
「ある」
即答だった。
ガブリエラが少し目を見開く。
ノクスは静かに続ける。
「俺もずっと化け物扱いされてきた」
低い声。
感情を押し殺したような声だった。
「魔王の血が濃すぎるってだけで、
恐れられて、
嫌われて、
避けられた」
ガブリエラは息を呑む。
ノクスは昔から強かった。
怖いくらいに。
でも。
最初からそうだったわけじゃない。
彼も傷ついてきたのだ。
ノクスは苦笑した。
「慣れねぇけどな」
その笑いが、
少し寂しく見えた。
ガブリエラは思わず手を伸ばす。
そっと、
彼の頬へ触れた。
ノクスが目を見開く。
「……ガブリエラ」
ガブリエラは小さく笑う。
「一人じゃないよ」
その言葉に、
今度はノクスの方が黙った。
彼はしばらく何も言わない。
やがて。
大きな手が、
ガブリエラの手を包み込む。
熱い。
心臓がうるさい。
ノクスは低く呟いた。
「反則だろ、それ」
「何が?」
「そういう顔」
ガブリエラの顔が赤くなる。
ノクスは小さく笑った。
珍しく、
本当に優しい笑いだった。
だが。
その時。
突然、
皇宮の外から悲鳴が聞こえた。
ガブリエラとノクスの表情が変わる。
次の瞬間。
騎士が慌てて部屋へ飛び込んでくる。
「大変です!!」
息を切らした騎士は、
青ざめた顔で叫んだ。
「神殿残党が、
“新たな神託”を掲げて民衆を扇動しています!!」
空気が凍った。
ノクスが舌打ちする。
「……始まったか」
ガブリエラの胸がざわつく。
終わっていない。
まだ。
神は、
人の心の中に残っている。




