第三十七章『消えていく光』
ガブリエラの身体が、
ゆっくりと空から落ちていく。
砕けた銀色の羽根が、
夜空へ散った。
まるで雪のように。
ノクスは反射的に飛び出した。
「ガブリエラ!!」
黒翼を広げ、
全力で手を伸ばす。
届け。
消えるな。
頼むから――。
その瞬間。
彼女の身体を抱き止めた。
軽い。
あまりにも軽かった。
ノクスの呼吸が乱れる。
腕の中のガブリエラは、
まるで透け始めていた。
白い光が、
身体から零れている。
レオンハルトも駆け寄る。
「しっかりしろ!」
蒼い瞳が揺れていた。
恐怖だった。
失うことへの恐怖。
今度こそ。
本当に。
ガブリエラはぼんやり二人を見る。
視界が霞む。
でも。
二人の顔だけは、
ちゃんと見えた。
「……終わった?」
掠れた声。
ノクスは強く頷く。
「あぁ、終わった」
その声が震えている。
ガブリエラは少しだけ笑った。
「そっか……よかった」
その笑顔が、
あまりにも穏やかで。
ノクスの胸が締め付けられる。
「寝るな」
彼は必死に言った。
「目閉じんな」
ガブリエラはゆっくり瞬きをする。
眠い。
すごく。
身体の感覚が消えていく。
レオンハルトが彼女の手を握る。
「まだ話してないことがある」
蒼い瞳が真っ直ぐ向く。
「だから行くな」
その言葉に、
胸が少し痛んだ。
昔、
欲しかった言葉。
でも。
もう責めたい気持ちは、
不思議と消えていた。
ガブリエラは小さく笑う。
「遅いよ……」
レオンハルトの顔が歪む。
彼は唇を噛み締めた。
「……あぁ」
否定できなかった。
遅すぎた。
守ると誓ったのに、
守れなかった。
愛していたのに、
失ってから気づいた。
その後悔が、
胸を抉る。
ガブリエラはそんな彼を見て、
静かに目を細めた。
「でも……来てくれた」
それだけで、
少し救われた気がした。
レオンハルトの瞳から、
初めて涙が零れる。
ガブリエラはゆっくりノクスを見る。
赤い瞳。
ずっと自分を守ってくれた人。
怖い時も。
苦しい時も。
いつも隣にいた。
ガブリエラは震える手を伸ばす。
ノクスがすぐに握り返した。
強く。
壊れそうなくらい。
「……泣いてる」
ガブリエラが小さく笑う。
ノクスは顔を歪めた。
「うるせぇ」
声が掠れている。
ガブリエラは嬉しかった。
こんなふうに、
誰かに必要だと思われたこと。
愛されたこと。
「ありがとう」
その言葉に、
ノクスの呼吸が止まる。
「やめろ」
低い声。
懇願だった。
「別れみたいに言うな」
ガブリエラは少し困ったように笑う。
だって。
もう自分でも分かる。
限界だ。
神性と魔力。
両方を完全に使った代償。
存在そのものが崩れている。
カサンドラが静かに現れる。
白い髪の少女。
その姿も、
少しずつ薄れていた。
『ごめんね』
ガブリエラは首を横に振る。
「謝らないで」
カサンドラは泣きそうに笑った。
『ありがとう』
その瞬間。
ガブリエラの胸の奥が、
優しく暖かくなる。
苦しかった記憶。
悲しかった記憶。
全部。
少しずつ溶けていく。
帝都には静かな光が降っていた。
戦いは終わった。
神殿の白い門も消え、
空には夜明けが近づいている。
その時。
黒い門の奥から、
静かな声が響いた。
『まだ終わっておらぬ』
ノクスが顔を上げる。
魔王。
巨大な影が、
こちらを見ていた。
赤い瞳が細められる。
『その娘は、
まだ消えてはならぬ』
ガブリエラの瞳が揺れる。
ノクスが低く問う。
「……助ける方法があるのか」
魔王は静かに笑った。
だがその笑みは、
どこか意味深だった。
『ある』
その瞬間。
空気が変わる。
レオンハルトも顔を上げた。
魔王はゆっくり告げる。
『だが代償が必要だ』




