第二十五章『魔王の犬』
轟音。
扉が粉々に砕け散り、
強烈な黒い魔力が部屋へ流れ込む。
空気が震えた。
貴族の私室とは思えないほど、
禍々しい圧力。
その中心に立っていたのは、
ノクスだった。
赤い瞳が冷たく光る。
その視線は真っ直ぐ、
セレナへ向けられていた。
「……随分好き勝手喋ってるな」
低い声。
だがそこに込められた殺気は、
誰の肌も粟立たせるほどだった。
セレナは微笑む。
「怖い怖い。
魔族って本当に短気ですこと」
ノクスの空気がさらに冷える。
ガブリエラは反射的に彼を見る。
怒っている。
今まで見た中でも、
明らかに危険なほどに。
レオンハルトも警戒したように眉を寄せた。
「お前……何者だ」
ノクスは答えない。
代わりに、
ゆっくりとガブリエラの前へ立つ。
庇うように。
その自然な動きに、
レオンハルトの瞳が揺れた。
セレナはそれを見て、
楽しそうに笑う。
「へぇ……
本当に大事なんですね」
ノクスが冷たく言う。
「次くだらないこと言ったら殺す」
空気が凍る。
だがセレナは怯えない。
むしろ嬉しそうだった。
「魔王の血族がそんなに感情的になるなんて」
ガブリエラの瞳が揺れる。
レオンハルトも反応した。
「……魔王?」
静寂。
ノクスは舌打ちした。
セレナは肩を竦める。
「知らなかったんですか?
その男、人間じゃありませんよ」
レオンハルトの視線が鋭くなる。
ノクスを見る。
確かに、
普通の人間ではない魔力。
異質すぎる存在感。
セレナは笑う。
「昔から神殿で有名でしたもの」
その瞳が細められる。
「“魔王の犬”って」
ガブリエラは息を呑む。
ノクスの空気が一瞬で冷え切った。
次の瞬間。
凄まじい殺気が部屋を満たす。
床がひび割れる。
レオンハルトですら、
思わず身構えた。
セレナはなおも笑う。
「図星?」
「……黙れ」
その声は、
まるで獣だった。
ガブリエラは咄嗟にノクスの腕を掴む。
「ノクス!」
その瞬間。
彼の魔力が少しだけ静まる。
赤い瞳が、
ゆっくり彼女を見る。
ガブリエラは首を振った。
「だめ」
殺してはいけない。
ここで暴れれば、
全部終わる。
ノクスは数秒黙っていた。
やがて、
ゆっくり息を吐く。
「……お前が言うなら」
その言葉に、
レオンハルトの目が僅かに見開かれた。
“従った”。
あの危険な男が、
ガブリエラの一言で。
セレナもそれに気づく。
彼女の笑みが、
ほんの少しだけ歪んだ。
「本当に特別なんですね、お姉様」
ガブリエラは睨む。
「あなたは何がしたいの」
セレナは静かに笑った。
「決まってるでしょう?」
その瞳が、
黒翼へ向く。
執着。
狂気。
「神を降ろすの」
空気が止まる。
レオンハルトが低く言う。
「……正気か」
「正気ですよ」
セレナは即答した。
「この帝国は腐ってる」
笑顔のまま。
だが声には、
深い憎悪が滲んでいた。
「神が必要なんです」
ガブリエラは息を呑む。
セレナは昔から、
弱い立場だった。
愛されるガブリエラの影。
誰かと比べられ続けた人生。
でも。
だからといって――。
「だから私を殺したの?」
ガブリエラの声が震える。
セレナは少しだけ考えるように首を傾げた。
「半分は嫉妬」
微笑む。
「もう半分は必要だったから」
その瞬間。
ノクスの殺気が再び膨れ上がる。
ガブリエラは咄嗟に彼の手を握った。
熱い。
荒れ狂う魔力。
でも。
触れた瞬間、
少しだけ落ち着く。
ノクスは彼女を見た。
その赤い瞳の奥に、
激しい怒りと、
別の感情が混ざっていた。
レオンハルトはその様子を見て、
ゆっくり拳を握る。
「……セレナ」
低い声。
もう迷いはなかった。
「今ここで全て話せ」
セレナは目を細める。
「命令ですか?」
「答えろ」
空気が鋭くなる。
だがその時だった。
突然、
部屋全体が激しく揺れた。
轟音。
窓ガラスが割れる。
次の瞬間――。
空から、
巨大な白銀の魔法陣が現れた。
神殿の紋章。
ガブリエラの顔色が変わる。
ノクスが舌打ちする。
「……来やがったか」
そして。
帝都全域へ響くような、
冷たい声が降り注ぐ。
『神の器を確認』
『対象を回収する』




