第二十四章『妹の本性』
「……生きていたのね、お姉様」
その声は甘かった。
だが。
底知れない冷たさが滲んでいた。
ガブリエラの背筋が凍る。
レオンハルトが眉を寄せる。
「セレナ、勝手に入るな」
だがセレナは彼を見なかった。
視線はただ一人、
ガブリエラだけへ向けられている。
まるで。
死んだはずの亡霊を見るように。
ガブリエラは静かに息を吐いた。
「久しぶりね」
セレナが小さく笑う。
「本当に。
……五年ぶりかしら?」
その笑みは美しい。
でも。
ガブリエラは知っている。
その裏にあるものを。
セレナはゆっくり部屋へ入ってくる。
ヒールの音が静かに響く。
「驚いたわ。
だってお姉様、
ちゃんと死んだと思っていたもの」
レオンハルトの空気が変わる。
「……どういう意味だ」
セレナはようやく彼を見る。
「言葉通りですわ」
微笑む。
だが目は笑っていない。
「崖から落ちた人間が、
普通生きていると思います?」
ガブリエラの瞳が揺れる。
崖。
事故。
あの日。
思い出したくない記憶が蘇る。
雨。
ぬかるんだ道。
壊れた馬車。
そして。
背中を押された感覚。
ガブリエラの呼吸が止まる。
「……まさか」
セレナはにこりと笑った。
「思い出した?」
空気が凍る。
レオンハルトがセレナを見る。
その瞳に、
初めて明確な警戒が宿っていた。
「セレナ」
低い声。
「お前、何を言っている」
セレナは肩を竦める。
「だってもう隠す必要ないでしょう?」
その瞬間。
ガブリエラの胸が激しく脈打つ。
セレナはゆっくりと言葉を落とす。
「お姉様は邪魔だったの」
沈黙。
静かな、
狂気を孕んだ声だった。
「全部持っていたから」
ガブリエラは息を呑む。
セレナの瞳には、
長年押し込めていた憎悪が渦巻いていた。
「家族に愛されて、
皇太子殿下にも愛されて、
周囲にも好かれて」
唇が歪む。
「ずっと嫌いだった」
レオンハルトの顔色が変わる。
「……やめろ」
だがセレナは止まらない。
「だから少し壊しただけ」
その笑顔は、
もう人形のようだった。
「なのにお姉様ったら、
全然壊れないんですもの」
ガブリエラの身体が震える。
怖い。
目の前にいるのは、
知っている妹じゃない。
もっと別の何かだ。
セレナは静かに続ける。
「だから神殿に相談したの」
レオンハルトが目を見開く。
「神殿……?」
「ええ」
セレナは笑う。
「“神の器”が必要だって言われていたから」
空気が止まる。
ガブリエラの背筋が冷える。
神の器。
つまり――。
「お前……最初から知っていたのか」
レオンハルトの声が低くなる。
セレナは平然と頷いた。
「もちろん」
「ガブリエラが器だと?」
「ええ」
その瞬間。
レオンハルトの魔力が爆発しかけた。
窓ガラスが震える。
「……貴様」
怒り。
殺気。
初めて見るほど、
感情を露わにしていた。
だがセレナは笑う。
「今さら怒るんですか?」
その声は鋭かった。
「だって殿下、
結局お姉様を見捨てたじゃないですか」
レオンハルトが言葉を失う。
セレナはさらに笑みを深くする。
「私だけが悪いみたいな顔しないでください」
ガブリエラの胸が痛む。
レオンハルトの表情も、
苦痛に歪んでいた。
セレナはゆっくりガブリエラへ近づく。
「でも驚いたわ」
黒翼を見る。
その瞳に、
歪んだ執着が浮かぶ。
「まさかカサンドラの身体へ入るなんて」
ガブリエラの呼吸が止まる。
「……知ってるの?」
「当然でしょう?」
セレナは笑った。
「だってあの身体、
元々“神降ろし”用だもの」
部屋の空気が凍りつく。
レオンハルトが低く呟く。
「……何を言っている」
セレナは彼を見て、
心底楽しそうに笑った。
「殿下って本当に何も知らないんですね」
その瞬間。
扉の外から、
強烈な黒い魔力が溢れた。
ノクスだ。
明らかに怒っている。
セレナも気づいた。
「……あら」
彼女は楽しそうに目を細める。
「魔王の犬までいるなんて」
次の瞬間。
扉が爆音と共に吹き飛んだ。




