第二十三章『選ばれなかった痛み』
「……あなたは、私を選ばなかった」
その言葉は、
刃のように静かだった。
けれど確実に、
レオンハルトの胸を切り裂いた。
彼の表情が歪む。
まるで初めて傷を負った人間のように。
ガブリエラは震える手を握り締めた。
言いたかった。
ずっと。
死ぬ前から。
あの日からずっと。
「私は待ってた」
掠れた声。
「あなたが信じてくれるのを」
レオンハルトは言葉を失う。
ガブリエラは続けた。
「でもあなたは……
セレナを選んだ」
胸が痛い。
思い出すだけで苦しい。
婚約発表の日。
自分を見ない彼の瞳。
周囲の嘲笑。
孤独。
レオンハルトは苦しそうに眉を寄せた。
「違う」
「何が違うの」
「俺は……」
彼は言葉を止める。
その沈黙が、
さらに痛かった。
ガブリエラは笑う。
泣きそうな笑みだった。
「ほら、言えない」
「ガブリエラ」
「私は死んだのよ」
その瞬間。
レオンハルトの顔が青ざめる。
ガブリエラの瞳には、
静かな怒りと悲しみが宿っていた。
「全部失って、
誰にも信じてもらえなくて、
最後は事故みたいに死んだ」
本当は事故ではない。
でも今はまだ言わない。
レオンハルトは拳を握る。
「……違う」
「何が違うの!」
初めて感情が爆発した。
黒翼が揺れる。
部屋の空気が震える。
ガブリエラの瞳には涙が滲んでいた。
「私はあなたを信じてた!!」
その叫びに、
レオンハルトの呼吸が止まる。
「誰よりも、
あなたなら味方してくれるって思ってた!!」
涙が零れる。
止まらない。
「なのに……
あなたは何もしなかった……!」
沈黙。
重い沈黙。
レオンハルトは俯いた。
その姿は、
皇太子ではなかった。
ただ、
後悔に潰されそうな男だった。
やがて彼は掠れた声で言った。
「……守れなかった」
ガブリエラの涙が止まる。
レオンハルトは苦しそうに続けた。
「お前を疑ったわけじゃない」
「……じゃあどうして」
「証拠が全部、
お前を犯人にしていた」
セレナへの毒。
証言。
神殿の報告。
全てが揃っていた。
ガブリエラは唇を噛む。
分かってる。
全部仕組まれていたのだ。
でも。
それでも。
「……私は、
あなたに信じてほしかった」
レオンハルトは目を閉じた。
その表情があまりにも苦しそうで、
胸が揺れる。
「俺は弱かった」
低い声。
「皇太子として、
間違えられなかった」
「だから切り捨てたの?」
「違う!!」
初めて彼が声を荒げた。
ガブリエラが目を見開く。
レオンハルトは震えていた。
「切り捨てたつもりなんてなかった……!」
その声には、
明確な後悔があった。
彼はゆっくりと顔を覆う。
「……探してた」
「え……」
「お前が死んだあと、
ずっと」
ガブリエラの呼吸が止まる。
レオンハルトは続ける。
「おかしいと思った」
遺体がない。
証拠だけが綺麗すぎる。
セレナの証言。
神殿の動き。
全部。
だが気づくのが遅すぎた。
「俺は……」
彼の瞳が揺れる。
「お前を守れなかった」
その言葉は、
あまりにも重かった。
ガブリエラの胸が痛む。
嬉しいわけじゃない。
許せるわけでもない。
でも。
彼が本当に苦しんでいたのは分かってしまった。
その時だった。
突然、
扉の外から強い魔力を感じる。
ノクスだ。
同時に。
別の冷たい気配。
ガブリエラの背筋が凍る。
レオンハルトも顔を上げた。
「……誰だ」
次の瞬間。
扉が勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは――。
セレナだった。
だが。
先ほどまでの完璧な笑顔はない。
瞳は冷え切り、
口元だけが歪んでいた。
「……やっぱり」
静かな声。
でもその奥には、
剥き出しの憎悪があった。
セレナはガブリエラを見つめる。
「生きていたのね、お姉様」




