第二十二章『二人きりの密室』
夜会の喧騒から離れ、
皇宮の奥へ続く長い回廊を歩く。
壁には魔導灯が灯り、
白い床へ淡い光を落としていた。
ガブリエラは無言だった。
隣にはノクス。
少し前を歩くのは、
レオンハルト。
その背中を見るだけで、
胸がざわつく。
懐かしいのに、
もう遠い。
やがてレオンハルトは、
重厚な扉の前で立ち止まった。
「ここだ」
低い声。
扉が開く。
そこは私室だった。
広い部屋。
静かな暖炉。
大量の書類。
そして窓から見える帝都の夜景。
五年前、
何度も訪れた場所。
ガブリエラの心臓が痛む。
レオンハルトは部屋へ入ると、
静かに振り返った。
「……二人で話したい」
その言葉に、
ノクスの空気が変わる。
「却下だ」
即答。
レオンハルトの目が細くなる。
「お前に許可を求めた覚えはない」
「彼女を危険に晒す気もない」
二人の魔力がぶつかる。
空気が震える。
ガブリエラは慌てて間へ入った。
「待って」
二人の視線が向く。
ガブリエラは小さく息を吸った。
「……少しだけなら」
ノクスが眉を寄せる。
「本気か」
「うん」
怖い。
でも聞きたい。
レオンハルトが何を知っているのか。
なぜあんな反応をしたのか。
ノクスはしばらく黙っていた。
やがて低く言う。
「十分だけだ」
「ノクス」
「何かあればすぐ壊す」
物騒な台詞だった。
レオンハルトは不快そうに眉を寄せる。
だが何も言わない。
ノクスは最後にガブリエラの頬へ軽く触れた。
「無理するな」
その触れ方があまりにも自然で。
レオンハルトの目が鋭くなる。
ガブリエラは胸が跳ねた。
ノクスはそのまま部屋を出る。
扉が閉まる。
静寂。
二人きり。
ガブリエラは落ち着かないまま立っていた。
レオンハルトは数秒黙ったあと、
ゆっくり口を開く。
「……本当に、お前なのか」
またその質問。
けれど今度は、
夜会の時よりずっと弱々しかった。
ガブリエラは彼を見る。
「信じられない?」
「信じたい」
その答えが、
胸へ刺さる。
レオンハルトは苦しそうに目を伏せた。
「お前が死んだ日、
俺は……」
言葉が止まる。
ガブリエラは静かに待った。
彼は拳を握る。
「遺体が見つからなかった」
「……」
「なのに全員が“死んだ”と言った」
ガブリエラの瞳が揺れる。
レオンハルトは続ける。
「セレナも、
神殿も、
医師も」
その名前に、
胸が冷える。
「……でも、お前は見つからなかった」
彼は顔を上げる。
蒼い瞳が揺れていた。
「だからずっと、
どこかで生きてる気がしてた」
ガブリエラは言葉を失う。
そんなこと、
知らなかった。
五年前の彼は、
完全に自分を見捨てたのだと思っていた。
レオンハルトは静かに近づく。
「なぜ姿を消した」
「消したかったわけじゃない」
ガブリエラは唇を噛む。
「気づいたら……
別の身体だった」
その瞬間。
レオンハルトの顔色が変わる。
「……別の身体?」
「今の私はカサンドラって呼ばれてた」
黒翼が小さく揺れる。
レオンハルトはその翼を見る。
恐怖ではない。
悲しみに近い表情だった。
「誰がそんなことを……」
「分からない」
本当は分かっている。
神殿。
神降ろし。
でもまだ確証がない。
レオンハルトはゆっくり手を伸ばした。
今度こそ、
ガブリエラは避けなかった。
彼の指が、
頬へ触れる。
温かい。
懐かしい温度。
その瞬間。
胸の奥で、
忘れていた感情が痛みと共に蘇る。
レオンハルトは震える声で呟いた。
「……本当に、生きてた」
ガブリエラは目を閉じる。
苦しい。
どうして今さら。
すると。
次の瞬間。
レオンハルトが彼女を強く抱き締めた。
「っ……!」
突然のことに、
ガブリエラの身体が固まる。
強い腕。
震える呼吸。
彼は掠れた声で言った。
「……会いたかった」
その言葉は、
あまりにも真っ直ぐだった。
ガブリエラの胸が大きく揺れる。
昔なら、
泣いて喜んでいたかもしれない。
でも今は違う。
脳裏に浮かぶ。
セレナの笑顔。
婚約発表。
裏切り。
ガブリエラはゆっくり彼を押し返した。
レオンハルトが目を見開く。
ガブリエラは震える声で言った。
「……あなたは、私を選ばなかった」
空気が止まる。
その言葉だけで、
レオンハルトの顔が苦痛に歪んだ。




