第二十六章『神殿の使徒』
白銀の魔法陣が、
帝都の夜空を覆っていた。
眩い光。
まるで月そのものが地上へ降りてきたようだった。
だが。
その光は温かくない。
冷たい。
人を拒絶するような神聖さ。
ガブリエラの黒翼が震える。
身体の奥で、
神の力が反応していた。
「っ……!」
膝が揺れる。
ノクスが即座に支えた。
「見るな」
低い声。
だが空から響く声は止まらない。
『神の器を回収する』
『抵抗は不要』
『これは神意である』
その瞬間。
レオンハルトの表情が変わる。
「……神殿」
彼は窓の外を見る。
空中には、
白い法衣を纏った者たちが浮かんでいた。
神殿騎士。
その数は十では足りない。
帝都全体を包囲している。
セレナは楽しそうに笑った。
「早かったですね」
ガブリエラが振り返る。
「あなた……呼んだの?」
セレナは否定しない。
むしろ、
嬉しそうに目を細める。
「だって、お姉様を渡さないと」
その言葉に、
レオンハルトの殺気が膨れ上がった。
「貴様……!」
次の瞬間。
レオンハルトの剣が、
セレナの喉元へ突きつけられる。
空気が凍る。
ガブリエラは息を呑んだ。
レオンハルトの瞳は、
今まで見たことがないほど冷たかった。
「説明しろ」
セレナは笑う。
喉元へ剣を向けられているのに。
「怖い顔」
「黙れ」
「本当のことをしただけですわ」
レオンハルトの剣先が僅かに震える。
怒りだ。
だが同時に、
迷いもある。
彼はまだ完全には斬れない。
その瞬間。
窓が爆音と共に砕け散った。
白銀の光。
神殿騎士が部屋へ降り立つ。
白い鎧。
感情のない瞳。
その中央に立つ男を見た瞬間、
ガブリエラの呼吸が止まった。
銀髪。
金色の瞳。
神官服。
そして、
絶対的な神聖力。
「……アステリオ」
ガブリエラの声が震える。
その男は微笑んだ。
「久しぶりですね」
優しい声。
だがその奥にあるものを、
ガブリエラは知っている。
狂気だ。
アステリオはゆっくりガブリエラを見る。
黒翼を。
その身体を。
愛おしむように。
「ようやく完成した」
ノクスの空気が変わる。
「……触るなよ」
低い。
地を這うような声。
アステリオは初めて彼を見る。
「魔王の子が、
まだ側にいたとは」
静かな笑み。
だが金色の瞳は冷たい。
「邪魔です」
次の瞬間。
凄まじい白銀の光が放たれた。
轟音。
ノクスが咄嗟に魔力障壁を展開する。
黒と白の力が激突した。
空間が歪む。
レオンハルトがガブリエラを引き寄せる。
「下がれ!」
ガブリエラは息を呑む。
強い。
圧倒的だった。
神殿の力。
アステリオは微笑んだまま言う。
「返してもらいます」
「断る」
ノクスの声は即答だった。
赤い瞳が鋭く光る。
その背後で、
巨大な黒翼が広がる。
ガブリエラが目を見開く。
「ノクス……!」
彼は隠していた力を解放していた。
部屋全体が闇に沈む。
神殿騎士たちが一斉に剣を抜く。
アステリオは少し驚いたように目を細めた。
「そこまで覚醒していたんですね」
ノクスは笑わない。
「二度とこいつに触れさせねぇ」
その声に、
ガブリエラの胸が強く鳴る。
レオンハルトもまた、
剣を構えた。
その視線はアステリオへ向けられている。
「神殿が何を企んでいる」
アステリオは静かに答える。
「神を降ろす」
その瞬間。
空気が完全に凍った。
アステリオは穏やかに続ける。
「そのために、
彼女は必要不可欠なのです」
金色の瞳が、
ガブリエラを真っ直ぐ見つめる。
「神と魔王の器。
唯一の完成体」
ガブリエラの身体が震える。
完成体。
人ではなく、
“器”として見られている。
ノクスの魔力が荒れ狂う。
だが。
アステリオはさらに微笑んだ。
「あなたも知っているでしょう?」
その言葉は、
ノクスへ向けられていた。
「彼女はもう、
普通の人間には戻れない」
静寂。
その一言が、
ガブリエラの胸へ深く刺さった。




