第十八章『夜会の仮面』
帝都の夜は、
昼とは別の顔をしていた。
灯りに照らされた大通り。
貴族たちの馬車。
煌びやかな装飾。
その中心にあるのが、
皇宮だった。
高い白亜の壁。
巨大な門。
そこへ続く階段には、
すでに多くの貴族が集まっている。
今夜は夜会。
そして――。
皇太子妃候補発表に関わる重要な式典でもあった。
ガブリエラは、
黒いドレスに身を包んでいた。
余計な装飾はない。
だが布は高級な魔導繊維で、
魔力を微弱に遮断している。
リリスの仕込みだ。
「似合ってるわよ」
リリスが軽く笑う。
「死人みたいな顔してなければね」
「それ褒めてる?」
「一応」
ガブリエラは鏡を見た。
そこに映るのは、
かつての“ガブリエラ・ルヴィア”とは違う姿。
でも。
カサンドラとも違う。
どちらでもない顔。
ノクスが静かに言う。
「行くぞ」
彼は黒い礼装に身を包んでいた。
いつもより整った姿。
それでも危うさは消えない。
赤い瞳だけが、
夜のように深い。
ガブリエラは一歩踏み出す。
⸻
宮殿の中は、
息が詰まるほど華やかだった。
音楽。
笑い声。
香水の香り。
だがその裏にあるのは、
無数の視線と計算だった。
ガブリエラはフードを外し、
ゆっくりと会場へ入る。
その瞬間。
空気が変わった。
ざわり。
視線が集まる。
「……誰?」
「見たことない令嬢ね」
「でもかなりの美貌よ」
ざわめきが広がる。
ガブリエラは視線を伏せた。
ノクスが隣に立つ。
「怯えるな」
「してない」
「顔が強ばってる」
「……うるさい」
そんなやり取りをしていると――。
音楽が一瞬止まった。
そして。
扉が開く。
そこに現れたのは、
レオンハルトだった。
白と金の礼装。
圧倒的な存在感。
会場の視線が一斉に彼へ向く。
「皇太子殿下……!」
歓声。
だがガブリエラは動けなかった。
彼が。
こちらを見たからだ。
蒼い瞳が、
まっすぐに。
時間が止まる。
ノクスが小さく呟く。
「……見つかったな」
レオンハルトはゆっくり階段を降りる。
視線は、
ガブリエラから一度も外れない。
その表情は――。
混乱していた。
そして。
確かに“何か”を確信している目だった。
セレナがその隣に現れる。
美しい笑顔。
完璧な淑女の仮面。
だが彼女の視線も、
すぐにガブリエラへ向いた。
一瞬。
その笑みが崩れる。
ほんのわずか。
けれど確かに。
ガブリエラの背筋が冷える。
ノクスが静かに言った。
「来るぞ」
次の瞬間。
レオンハルトが目の前に立った。
会場の空気が凍る。
彼はガブリエラを見下ろすように見つめる。
そして――。
低く問う。
「……お前は、誰だ」
その声には、
かつての優しさも、
冷たさも混ざっていた。
ただ一つ。
“確信に近い揺らぎ”だけがあった。
ガブリエラの心臓が強く鳴る。
答えられない。
ノクスが一歩前に出る。
だがレオンハルトの視線は、
彼ではなくガブリエラだけを見ていた。
セレナが静かに笑う。
「皇太子殿下、何かのご勘違いでは?」
だがその声は少しだけ震えていた。
ガブリエラは唇を噛む。
逃げるべきか。
否定するべきか。
それとも――。
その時だった。
胸の奥で、
黒翼が微かに動いた。
同時に。
レオンハルトの瞳が、
僅かに見開かれる。
「……その魔力」
息を呑むような声。
「間違いない」
空気が張り詰める。
セレナの顔が僅かに歪む。
ノクスが低く呟く。
「最悪だな」
レオンハルトはゆっくりと手を伸ばした。
まるで――。
失ったものを確かめるように。
「……ガブリエラ」
その名前が、
確かに口から漏れた瞬間。
会場が静まり返った。




