第十四章『力の代償』
訓練場は、
森のさらに奥にあった。
巨大な岩壁に囲まれた空間。
地面には無数の魔法陣が刻まれ、
空気そのものが重い。
普通の人間なら、
立っているだけで息苦しくなるだろう。
ガブリエラは周囲を見回した。
「……ここ」
リリスが肩を竦める。
「昔の戦場跡よ」
「戦場……」
「神と魔族が殺し合った場所」
その言葉だけで、
空気がさらに冷たく感じた。
ノクスは中央へ歩いていく。
黒い外套が風で揺れる。
「まずは翼の制御からだ」
ガブリエラは背中を触った。
今は布で隠しているが、
翼の存在ははっきり分かる。
重い。
そして、
感情に反応して脈打っている。
ノクスは振り返った。
「翼を出せ」
「……ここで?」
「今さら何を恥ずかしがる」
「そういう問題じゃ……」
だが、
やらなければ始まらない。
ガブリエラは深呼吸する。
意識を背中へ向けた。
すると。
じわり、と熱が広がる。
次の瞬間。
黒い翼が大きく広がった。
風圧で砂が舞う。
リリスが感心したように口笛を吹く。
「綺麗ねぇ」
ガブリエラは少し戸惑った。
まだ自分では、
この翼を受け入れきれない。
ノクスは彼女の前へ立つ。
「魔力を流せ」
「どうやって……」
「感覚でやれ」
無茶を言う。
ガブリエラは眉を寄せた。
だがノクスは真剣だった。
「考えるな。
感じろ」
低い声。
ガブリエラは目を閉じる。
身体の奥。
熱い力。
黒くて、
巨大で、
底が見えないもの。
怖い。
けれど。
逃げたら、
また暴走する。
ガブリエラはゆっくり魔力を流した。
黒い光が翼を包む。
その瞬間。
轟ッ――!!
凄まじい風圧が爆発した。
「きゃっ……!」
地面が割れる。
岩壁に亀裂が走る。
ガブリエラの魔力が一気に暴走した。
「っ……!」
苦しい。
止まらない。
黒い光が周囲を飲み込んでいく。
リリスが叫ぶ。
「ノクス!!」
だが。
次の瞬間。
ノクスが真正面から彼女を抱き締めた。
「落ち着け」
耳元で低い声が響く。
その瞬間。
暴れていた魔力が、
嘘みたいに静まっていく。
ガブリエラは荒い呼吸を繰り返した。
「……なんで」
「契約してるからだ」
ノクスは淡々と言う。
「お前の魔力は俺に反応する」
心臓がうるさい。
抱き締められている。
密着した身体。
熱。
匂い。
全部近すぎて、
頭がおかしくなりそうだった。
ノクスはまだ彼女を離さない。
むしろ背中を撫でるように、
翼へ触れている。
そのたび、
ぞくりと身体が震えた。
「っ……」
ノクスが目を細める。
「また反応した」
「だから触らないでって……!」
ガブリエラは真っ赤になりながら抗議する。
リリスは遠くで腹を抱えて笑っていた。
「若いわねぇ〜」
「うるさい!!」
ガブリエラは羞恥で死にそうだった。
ノクスはようやく離れる。
だがその赤い瞳は、
どこか楽しそうだった。
絶対わざとだ。
ガブリエラは睨む。
するとノクスが不意に真顔へ戻る。
「……だが、
問題もある」
空気が変わった。
リリスも笑みを消す。
ガブリエラは不安になる。
「問題?」
ノクスは翼を見る。
「お前の力、
成長速度が異常だ」
「え……」
「覚醒したばかりでこの規模はおかしい」
リリスが静かに言う。
「神の力まで目覚め始めてるのかも」
神の力。
その言葉に、
胸がざわつく。
ノクスは眉を寄せた。
「このままじゃ身体が耐えられない」
「耐えられないって……」
リリスは真剣な顔で告げる。
「最悪、
魂が裂ける」
空気が止まった。
ガブリエラは顔を青ざめさせる。
「そんな……」
「だから急いでるのよ」
リリスは続ける。
「ガブリエラの魂と、
カサンドラの魂。
どちらも不完全なまま力だけが成長してる」
つまり。
このままでは、
本当に壊れる。
ガブリエラは拳を握った。
怖い。
また死ぬのか。
せっかく生き延びたのに。
すると。
ノクスが静かに彼女の頬へ触れる。
「死なせない」
赤い瞳が真っ直ぐ向けられる。
「絶対に」
その声音は、
驚くほど強かった。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
どうして。
どうしてそこまでしてくれるのか。
その時。
突然、
頭痛が走った。
「っ……!」
視界が歪む。
また記憶。
今度は――。
豪華な部屋。
笑うセレナ。
そして。
レオンハルト。
彼がセレナの腰を抱いている。
『君だけは失いたくない』
優しい声。
かつて自分へ向けていた言葉。
ガブリエラの胸が裂けそうになる。
苦しい。
悔しい。
憎い。
感情が暴れる。
翼が再び震え始めた。
ノクスがすぐ気づく。
「ガブリエラ!!」
だが。
今度の暴走は違った。
黒い魔力だけじゃない。
白銀の光が、
翼の間から溢れ始める。
神聖属性。
リリスの顔色が変わる。
「まずい……!」
次の瞬間。
空から、
巨大な光の柱が降り注いだ。




