第十一章『追われる少女』
部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
暖炉の火が揺れ、
壁へ落ちる影が不気味に歪む。
ガブリエラは息を呑んだ。
「……捜索命令?」
リリスは険しい顔で頷く。
「神殿が本気で動き出したわ」
彼女は机へ一枚の紙を叩きつけた。
そこには、
黒い紋章と共に命令文が記されている。
『神殿特級危険指定』
『黒髪・赤眼の少女を発見次第、
即刻拘束せよ』
ガブリエラの指先が震えた。
完全に、
自分のことだ。
ノクスは紙を一瞥すると、
低く舌打ちした。
「予想より早いな」
「契約の反応を感知されたのかも」
リリスの視線が、
ガブリエラへ向く。
「あなた、
さっきかなり魔力漏らしたでしょう」
ガブリエラは唇を噛んだ。
確かに、
あの瞬間は制御できなかった。
ノクスとの契約。
魔力共鳴。
あれだけ大きな力が動けば、
神殿に察知されてもおかしくない。
リリスは腕を組む。
「帝都にはもう神殿騎士が出てるはずよ」
「……そんな」
「捕まれば終わり」
冷たい現実だった。
ガブリエラは拳を握る。
まだ何も終わっていない。
復讐も。
真実も。
なのに。
ノクスは静かに立ち上がった。
「移動する」
「え?」
「ここも安全じゃない」
リリスが眉を寄せる。
「結界張ってるのに?」
「神官長が出てきたら意味ない」
その名前に、
ガブリエラの身体が強張る。
神官長。
地下牢で見た、
あの狂気の男。
リリスは小さく息を吐いた。
「……まあ、
あいつ相手じゃ確かにね」
彼女は棚から小瓶を取り出し、
ガブリエラへ投げる。
「持ってきなさい」
慌てて受け取る。
紫色の液体が入っていた。
「これは?」
「魔力抑制薬。
少しは暴走を防げるわ」
「ありがとう……」
リリスはじっと彼女を見る。
その目は、
最初より少し柔らかかった。
「死ぬんじゃないわよ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、
そこには確かな心配があった。
ガブリエラは小さく頷く。
⸻
夜。
二人は再び森を進んでいた。
月明かりだけが道を照らしている。
ガブリエラはフードを深く被りながら歩いた。
先ほどから、
胸騒ぎが消えない。
まるで誰かに見られているような感覚。
ノクスは前を歩きながら言う。
「眠いなら少し休むか?」
「大丈夫」
本当は疲れていた。
けれど足を止めるのが怖い。
追われている。
その感覚が、
神経を削っていく。
その時だった。
ピタリ、と
ノクスの足が止まる。
空気が変わった。
ガブリエラの背筋に寒気が走る。
「……ノクス?」
彼は振り返らない。
ただ低く呟いた。
「下がってろ」
次の瞬間。
森の奥から、
無数の光が浮かび上がった。
魔法陣。
神聖属性。
そして。
白銀の鎧を纏った騎士たち。
「見つけたぞ」
冷たい声が響く。
ガブリエラは息を呑んだ。
神殿騎士。
その中央に立っていた男を見た瞬間、
さらに身体が凍る。
長い銀髪。
片目を覆う傷。
冷酷な瞳。
地下牢で神官長の隣にいた男だ。
騎士は剣を抜く。
「“器”を引き渡せ、
魔族」
ノクスは小さく笑った。
「断る」
「ならば力づくで」
空気が張り詰める。
騎士たちは一斉に魔法陣を展開した。
光が森を覆う。
聖属性魔法。
カサンドラの身体が悲鳴を上げる。
「っ……!」
苦しい。
皮膚が焼けるように痛い。
ノクスが即座にガブリエラを背へ庇った。
「目閉じてろ」
その瞬間。
黒い魔力が爆発する。
轟音。
地面が割れ、
木々が吹き飛ぶ。
騎士たちが後退する。
だが銀髪の騎士だけは動かなかった。
彼は冷静に剣を構える。
「やはり危険指定級か」
ノクスの瞳が細められる。
「……アベル」
その名前に、
騎士は僅かに笑った。
「久しぶりだな、
ノクス」
知り合い。
ガブリエラは驚く。
だが二人の空気は、
友好的とは程遠かった。
アベルは冷たく告げる。
「大人しく渡せば殺しはしない」
「信用できると思うか?」
「少なくとも神殿は、
その娘を必要としている」
その言葉に、
ガブリエラの背筋が冷える。
必要。
つまり、
殺す気はない。
生かしたまま利用する気だ。
ノクスは低く笑った。
「なおさら渡せねぇな」
次の瞬間。
アベルが消えた。
速い。
ガブリエラの目では追えない。
金属音。
火花。
ノクスが剣を抜き、
攻撃を受け止めていた。
衝撃で周囲の木々が揺れる。
アベルは無表情のまま剣を押し込む。
「相変わらず化け物だな」
「褒め言葉か?」
二人の魔力がぶつかり合う。
空気が震える。
ガブリエラは息を呑んだ。
強い。
この男も、
異常なほど強い。
アベルはノクスへ囁く。
「その娘を庇えば、
いずれお前も壊れるぞ」
ノクスの瞳が冷たくなる。
「余計なお世話だ」
黒炎が爆発した。
アベルが後退する。
その瞬間、
ノクスがガブリエラの手を掴む。
「走るぞ」
「えっ――」
転移ではない。
森の奥へ一気に駆け出す。
背後から騎士たちの叫び声。
魔法の光。
追撃。
ガブリエラは必死に走った。
だが。
その時だった。
胸の奥で、
何かが激しく脈打つ。
熱い。
苦しい。
視界が赤く染まる。
「……ぁ……っ」
ノクスが振り返る。
「どうした!?」
その瞬間。
ガブリエラの身体から、
膨大な魔力が溢れ出した。
黒い光。
そして――。
背中から、
何かが突き破る感覚。
激痛。
悲鳴が漏れる。
次の瞬間。
漆黒の翼が、
夜空へ大きく広がった。




