第百八章『門の守護者』
異形たちの咆哮が旧聖域に響き渡る。
次の瞬間、最前列の怪物が地を砕きながら飛びかかってきた。
レオンハルトは即座に剣を振り抜く。
銀の斬撃が空気を裂き、異形の胴を真っ二つに切断した。
だが――。
「再生した……!?」
切断された肉塊が黒い瘴気となって蠢き、再び形を取り戻していく。
普通の魔物ではない。
ノクスは舌打ちすると、黒炎を放った。
漆黒の炎は怪物を包み込み、骨ごと焼き尽くしていく。
今度こそ完全に消滅した。
「瘴気ごと消し飛ばさなければ意味がない」
低く告げるノクス。
だがその間にも、次々と異形が迫ってくる。
ガブリエラは震える手で魔法陣を展開した。
銀色の光が床一面へ広がる。
「退いて!」
光の柱が降り注ぎ、怪物たちを浄化していく。
断末魔が神殿中へ響いた。
しかしその瞬間、ガブリエラの身体が大きく揺れる。
「っ……!」
急激な眩暈。
頭の中へ再び声が流れ込む。
『巫女……門を開け……』
「やめ……っ」
彼女は耳を塞ぐ。
だが声は頭の内側から響いていた。
ノクスはすぐに彼女を抱き寄せる。
「聞くな」
「でも……声が……!」
ノクスは彼女の額へ手を当てると、黒炎の魔力をゆっくり流し込んだ。
熱が広がる。
不思議と苦痛が和らいでいく。
「俺だけを見ろ」
低く囁かれ、ガブリエラは息を呑んだ。
赤い瞳が真っ直ぐ自分を見つめている。
その視線だけで、不安が少しずつ薄れていく。
ガブリエラは小さく頷いた。
その時――。
神殿最奥から轟音が響いた。
巨大な門が脈打つ。
黒い鎖が砕け散り、禍々しい瘴気が吹き荒れた。
レオンハルトが目を見開く。
「何だあれは……!」
門の前に、“それ”は現れた。
巨大だった。
人型ではある。
だが体高は三メートルを超え、全身は黒い甲殻に覆われている。
背には歪な翼。
額には真紅の紋章。
そして顔だけが、人間のように異様に整っていた。
その瞳がゆっくりガブリエラを捉える。
『……巫女』
低く重い声が空気を震わせた。
ガブリエラの身体が硬直する。
心臓を掴まれたような感覚。
ノクスは彼女を背へ庇い、黒炎を強く燃え上がらせる。
「下がれ」
『黒翼……まだ存在していたか』
怪物はゆっくり口元を歪めた。
『失敗作の分際で』
その瞬間。
ノクスの魔力が爆発する。
床が砕け、空気が震えるほどの殺気。
レオンハルトでさえ息を呑んだ。
ガブリエラは初めて見る。
ここまで怒りを露わにしたノクスを。
ノクスは冷たい声で言い放つ。
「……その呼び名で俺を呼ぶな」
次の瞬間、黒炎が暴風のように吹き荒れた。
轟音。
ノクスは一瞬で間合いを詰め、怪物の首元へ拳を叩き込む。
凄まじい衝撃で巨体が吹き飛んだ。
神殿の柱が何本も崩壊する。
だが怪物は笑っていた。
『力は衰えていないようだな』
「黙れ」
ノクスの瞳が紅く輝く。
だがガブリエラは気づいてしまった。
彼の呼吸が僅かに乱れていることに。
先の戦いの傷は、まだ癒えていない。
怪物もそれを理解しているようだった。
『その身体で、いつまで戦える?』
挑発するような声。
ノクスは答えない。
代わりに黒炎をさらに圧縮する。
空間が軋むほどの高密度の魔力。
レオンハルトが顔をしかめる。
「おい、待て……! ここでその出力は――」
遅かった。
ノクスは怪物へ向けて黒炎を解放する。
漆黒の奔流が神殿を呑み込み、すべてを焼き尽くしていく。
だがその瞬間。
門が、開いた。
ほんの僅か。
その隙間から、無数の“目”が覗いた。
ガブリエラの全身から血の気が引く。
そして門の奥から、声が響く。
『見つけた』
世界が震えた。




