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第百五章『帰る場所』

戦いが終わってから数日後。


王都には少しずつ穏やかな時間が戻り始めていた。


崩壊した街の修復作業が進み、人々は互いに助け合いながら日常を取り戻していく。

市場には再び灯りがともり、パンを焼く香りが街角に広がっていた。


子供たちは笑いながら走り回り、その光景を見たガブリエラは静かに目を細める。


「……守れたのね」


その呟きに、隣に立つノクスは何も言わず彼女を見つめた。


風が吹き、黒髪が揺れる。


彼の赤い瞳は以前よりもどこか穏やかだった。


だが同時に、彼は常にガブリエラの傍から離れようとしなかった。


まるで少しでも目を離せば、彼女が消えてしまうかのように。


その日の夜。


ガブリエラは王城のバルコニーで夜空を見上げていた。


星々が静かに輝いている。


戦いの最中には見る余裕すらなかった光景だった。


「冷えるぞ」


後ろから黒い外套がそっと肩へ掛けられる。


振り返ると、ノクスが立っていた。


「ありがとう」


微笑むガブリエラに、ノクスは一瞬だけ視線を逸らす。


「……最近、お前は無防備すぎる」


「え?」


「こんな場所で一人になるな」


その声音は低く、少し不機嫌だった。


ガブリエラは思わず小さく笑ってしまう。


「心配しすぎよ」


「当然だ」


ノクスは彼女の隣へ立つと、夜空を見上げた。


沈黙が流れる。


けれど、不思議と居心地は悪くない。


むしろ、その静けさが心地良かった。


やがてガブリエラはぽつりと呟く。


「昔のあなたは、どんな風に過ごしていたの?」


ノクスの瞳がわずかに揺れた。


「……覚えていない」


「嘘」


「……」


「本当は、覚えてるんでしょう?」


ノクスはしばらく黙っていた。


やがて観念したように息を吐く。


「孤独だった」


短い言葉だった。


けれど、その一言だけで十分すぎるほど伝わってしまう。


ガブリエラの胸が痛んだ。


ノクスは続ける。


「誰も俺に近づかなかった。化け物だと恐れられていたからな」


自嘲気味に笑う横顔。


ガブリエラはそっと彼の手へ触れる。


「今は違う」


「……」


「私は、あなたの傍にいるわ」


その言葉に、ノクスは静かに目を見開く。


まるで信じられないものを見るように。


次の瞬間、彼はガブリエラの腕を引き寄せた。


「っ……ノクス?」


強く抱き締められる。


熱が伝わるほど近く。


ノクスは彼女の肩へ顔を埋め、低く囁いた。


「……その言葉だけで、俺は壊れそうになる」


震える声だった。


ガブリエラはゆっくりと彼の背へ腕を回す。


「壊れないわ」


「保証できるのか?」


「できる」


即答だった。


ノクスは小さく笑う。


それは彼が初めて見せる、弱さを隠さない笑みだった。


その頃、少し離れた廊下ではレオンハルトが壁にもたれながら夜空を見上げていた。


二人の姿は見えている。


胸の奥が痛まないわけではない。


だが、それ以上に安堵していた。


ガブリエラが笑っている。


それだけで良かった。


「まったく……敵わないな」


苦笑しながら呟く。


そこへ部下の騎士が駆け寄ってきた。


「レオンハルト様! 修復区域の警備ですが――」


「ああ、今行く」


彼は最後にもう一度だけ二人を見つめる。


ノクスはガブリエラを抱き寄せたまま離そうとしない。


その姿にレオンハルトは小さく笑った。


「ちゃんと守れよ、黒翼」


そして静かにその場を去っていく。


夜空には、穏やかな月が輝いていた。


戦いは終わった。


それでも彼らの物語は、まだ終わらない。


傷も、孤独も、過去も消えない。


だが今、彼らには“帰る場所”がある。


それは互いの存在そのものだった。

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