第百四章『共鳴の光』
銀黒の光と漆黒の炎が空を裂くように交錯し、王都全体を覆っていた瘴気を押し返していく。
空に浮かぶ巨大な裂け目は不気味に脈動し、その中心では災厄の核が禍々しい鼓動を繰り返していた。
街の人々は崩れかけた建物の陰から空を見上げ、兵士たちでさえ息を呑んでいた。
それほどまでに、二人の放つ魔力は圧倒的だった。
ガブリエラは荒い呼吸を繰り返しながらも、ノクスの腕の中で必死に意識を保つ。
身体中の魔力が引き裂かれるように痛み、指先は震えていた。
それでも彼女は、決してノクスの手を離さなかった。
「……まだ、終われない」
震える声でそう呟くと、ノクスは彼女の額へそっと額を重ねた。
「無理をするな。お前の命まで削る必要はない」
「違う……これは、私が選んだことよ」
ガブリエラの銀色の瞳が真っ直ぐ彼を見つめる。
その瞳には恐怖もあった。
だが、それ以上に強い決意が宿っていた。
ノクスは静かに目を細める。
五百年前。
守れなかった少女もまた、最後まで同じ瞳をしていた。
その記憶が胸を刺す。
だが今、目の前にいる彼女だけは失いたくなかった。
ノクスは彼女の頬を包み込み、低く囁く。
「……なら、共に背負う」
その瞬間、黒炎が一気に膨れ上がった。
同時にガブリエラの身体から放たれる銀光が幾重もの魔法陣となって空へ広がる。
聖なる力と呪われた力。
本来なら決して交わらないはずの力が、二人の心の共鳴によって完全に融合していく。
巨大な光の鎖が災厄の核を拘束した。
怪物は怒り狂ったように咆哮し、空間そのものが歪む。
衝撃波によって王城の塔が砕け、窓ガラスが一斉に割れた。
レオンハルトは瓦礫の中で剣を支えに立ち上がる。
「くそっ……まだあれほどの力が……!」
騎士たちは立つこともできず膝をついていた。
誰もが理解していた。
今、この世界を支えているのは――あの二人だけなのだと。
空中では、ノクスがガブリエラを強く抱き寄せながら魔力を流し続けていた。
「意識を手放すな、ガブリエラ!」
「……っ、うん……!」
だが核の抵抗は激しさを増していく。
黒い触手のような瘴気が二人へ伸び、飲み込もうと牙を剥いた。
ノクスは片腕で彼女を守りながら黒炎を放つ。
爆炎が夜空を焼き、瘴気を消し飛ばす。
しかしその代償として、彼の腕に黒い亀裂が走った。
「ノクス!」
「問題ない」
そう言いながらも、彼の呼吸は荒い。
ガブリエラは唇を噛み締める。
彼もまた限界なのだ。
それでも、彼は自分を守ろうとしている。
胸が締め付けられるほど苦しかった。
ガブリエラはそっとノクスの胸へ手を当てる。
「もう、一人で背負わないで」
「……」
「私はあなたの隣にいる」
その言葉に、ノクスの瞳が揺れた。
孤独だった永い時間。
誰も隣に立とうとしなかった。
化け物と恐れられ、忌み嫌われ、ただ戦い続けた。
だが今だけは違う。
彼女がいる。
ノクスは静かに目を閉じると、ガブリエラの額へ優しく口づけを落とした。
「絶対に、もう二度と離さない」
その瞬間――二人の魔力が爆発的に共鳴した。
銀黒の光が世界を包み込む。
災厄の核は悲鳴のような音を響かせ、大きく亀裂を走らせていく。
ガブリエラは涙を零しながら叫ぶ。
「終わらせる――!!」
ノクスもまた黒炎を解き放つ。
「消えろ」
轟音。
空が割れたような衝撃。
次の瞬間、災厄の核は完全に砕け散った。
裂け目はゆっくり閉じ、空を覆っていた黒雲が消えていく。
降り積もっていた黒い雪も静かに消滅した。
そして――静寂。
王都に、平和が戻った。
ガブリエラは力尽きるようにノクスの胸へ倒れ込む。
「……終わったの?」
「ああ」
ノクスは彼女を強く抱き締めた。
その声は驚くほど優しかった。
「お前が、終わらせたんだ」
ガブリエラは微かに笑う。
「……一人じゃ無理だった」
「俺も同じだ」
二人は抱き合ったまま、静かになった空を見上げる。
その姿を、レオンハルトは少し離れた場所から見つめていた。
胸の奥に痛みは残っている。
それでも彼は理解していた。
ガブリエラの隣にいるべきなのは、自分ではなく――ノクスなのだと。
レオンハルトは小さく息を吐き、剣を鞘へ戻した。
「……やっと、救われたんだな」
それは誰へ向けた言葉だったのか。
誰にも分からなかった。




