第百章『静かに迫る影』
朝。
窓の外は、
薄く雪が積もっていた。
ガブリエラが目を覚ますと、
最初に感じたのは温かさだった。
「……ん」
ぼんやり視線を動かす。
すると。
ベッドのすぐ傍で、
ノクスが眠っていた。
椅子へ座ったまま、
腕を組み、
こちらへ寄りかかるようにして眠っている。
どうやら、
本当に一晩中そばにいたらしい。
ガブリエラは思わず小さく笑った。
「帰るって言ってたのに……」
その時。
ノクスの睫毛が揺れる。
ゆっくり目を開けた。
赤い瞳が、
真っ先にガブリエラを見る。
数秒。
安心したように目を細めた。
「……おはよ」
寝起きで少し掠れた声。
ガブリエラの胸がくすぐったくなる。
「おはよう」
ノクスはそのまま、
自然に彼女の髪を撫でた。
「体調は」
「もう大丈夫」
「ならよかった」
その言葉に、
本気で安心したのが伝わる。
ガブリエラは少し照れながら、
ベッドへ起き上がった。
すると。
突然、
胸元の水晶が赤く光る。
「っ!?」
ノクスの表情が変わった。
直後。
皇宮全体が大きく揺れた。
轟音。
窓ガラスが震える。
外から悲鳴が聞こえた。
「何……!?」
ノクスが即座に立ち上がる。
空気が一変した。
甘い空気は消え、
戦士の顔になる。
その瞬間。
扉が勢いよく開いた。
レオンハルトだった。
息を切らしながら叫ぶ。
「裂け目が王都の上空に出現した!」
静寂。
ガブリエラの胸が冷える。
王都の上空。
つまり。
今までで最大規模。
ノクスが低く呟く。
「……来たか」
レオンハルトの顔も険しい。
「空が割れている。
このままでは王都全体が飲み込まれる」
ガブリエラは窓へ駆け寄った。
そして。
息を呑む。
空。
真っ黒な裂け目が、
王都を覆うように広がっていた。
まるで。
世界そのものが裂けているみたいに。
その中心で。
巨大な赤い“瞳”が、
ゆっくり開く。
ぞわり。
全身が震えた。
今までの怪物とは、
比べ物にならない。
すると。
ガブリエラの脳裏へ、
知らない記憶が流れ込む。
燃える王都。
崩壊する世界。
泣き叫ぶ人々。
そして。
黒い翼の青年が、
血だらけで笑っていた。
『今度こそ、
お前だけは守る』
ガブリエラは目を見開く。
今のは――
「ガブリエラ!」
ノクスの声で現実へ戻る。
彼は真っ直ぐ彼女を見ていた。
赤い瞳。
強い光。
でも。
その奥には、
恐怖もある。
失いたくないという感情が。
ノクスはそっと、
ガブリエラの手を握る。
「絶対離れんな」
低い声。
真剣だった。
ガブリエラは頷く。
「うん」
その時。
空から、
低い笑い声が響いた。
不気味で。
ぞっとする声。
『――ようやく見つけた』
王都全体が震える。
そして。
巨大な裂け目の奥から、
“何か”が姿を現し始めた。




