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第五話「犯罪者の置き土産」

民の為の国?力ある者が力無き者を統制するのは世の理だろう。権力を使って何が悪い?では何のための権力なのだ。その思想はナンセンスだ。力で屈服させることが出来ない、それが人だ。


「人の心とは歪むものだ。この銅像を知る人間はこの世にいないとされている。あまりに古く、そしてあまりに強大な力を持つ魔神の一柱。お前たちは容易く愛と言う言葉を使う。真実の愛?フン、馬鹿馬鹿しい。一時の感情を信じるなど、無力な民の愚かな行為だ」

「そうか?それは人間の強さだ。何度戦争したとしても、何度でも手を取り合う。既に歴史が証明している。共通の敵が現れた時、強い人間は真っ先に互いに手を取り合う選択をする」


クローディアス・サイスはキースが普通の人間では無い事は調べていた。だからこそ心を抉るような言葉を突き付けて動揺を誘う。


「お前にとっては人間など脆弱だろう?苦労の方が多いのでは無いかね。短い寿命、早い老い、何もかもが君に劣る。対等な人間などいないだろうに」

「人間のお前に言われたくは無いな。百を超えてから言ってくれないか」


キースは息を吐くように神経を逆なでするような言葉を告げて刺激する。クローディアス・サイスが聞き慣れない言葉を呟き始める。ブツブツと、その言葉は呪詛のようにも聞こえる。突然どうしたのだろうか。自分を否定され、落ち込んでしまったと言うのだろうか。ここで彼の言葉が分かるのはキースだけだった。だから誰よりも早くキースが動いた。息の根を止めにかかる。手にしている黒いスティレットを投擲しようと振りかぶった瞬間だった。


「―キース、危ない!」


ルーチェが何かを感知したように叫んだ。声に反応して回避するよりも相手の方が早いのは明確。突然死角から現れた何者かの拳がキースの腹を穿つ。折れ曲がった体が後方に吹き飛び壁に埋まる。


「止まるな!ルーチェ嬢!」


ミランダの鋭い言葉がルーチェを突き動かす。無茶苦茶な体勢の回避。彼女の柔軟性が無ければ体を痛める。ルーチェの鼻頭を拳が通り抜けた。避けられても決して焦らず、冷静にそのまま次の攻撃へと移行した拳。次に降って来たのは鋭利な肘。それすらもルーチェはギリギリで見切って身を捩る。崩れるルーチェをエミリアが抱き寄せ、攻撃範囲から離す。入れ替わるように細剣を抜いたミランダが正確に敵の心の臓を刺突するために狙う。細い刃を敵は素手で掴んで止めた。背後から仕留めにかかるキースの動きすら見切り、彼の体を五指が揃えられた手が物理的に貫いた。その長身の青年を知っている。ミランダの額に一筋の汗が流れる。


「シリウス・ストライド、君が妨害するのか」


黒い虹彩の半分がゆっくりと銀に染まっていく。言葉の代わりにシリウスは細剣を掴んでいた手を開き、素早くミランダの首を掴んで持ち上げる。そしてそのまま投げ飛ばした。剣を地面に突き刺して、彼女は壁に激突することは無かった。


「ダンピーラというのは心臓を潰しても死なないようだな」


シリウスの腕からキースの血が滴り落ちる。


「心臓では無いなら、脳か。それとも首の骨を折るべきか?」

「試してみれば良い。試せるのであれば、な」


キースの眼が赤く輝く。容赦はしない、石化の魔眼。シリウスは石化していく己の体を静かに観察する。彼の腕から抜け出したキースは血反吐を吐き出す。体に穴が開き、向こう側が覗ける。ゆっくりではあるが穴が塞がっている。


「無事か」

「ギリギリね。危うく顔面陥没するところだった」


キースのもとにエミリアとミランダも集まって来た。修復していく様を間近で見たエミリアとミランダ、どちらも自分の眼を疑っていた。


「本当に君は…普通の人間では無いのか」


石像と化したシリウス。その目には今も生気が宿っている、満ち溢れている。


「馬鹿な事を。自分の身をエーテルに還元して、魔神を蘇らせるか」


教会撤去の話し合いなど無意味になった。魔神の巨体が、放つエーテルが全てを吹き飛ばす。赤い炎を纏いし魔神、狂愛の魔神シュリンガーラ顕現。この災害がアンドロメダ草原だけで収まるはずが無い。草原に溢れる膨大なエーテルが異常な速度でシュリンダーラに吸い込まれていく。草原の色が美しい緑から灰色へと変わっていってしまう。


「そうか!アンドロメダ草原は前々から豊富なエーテルがある。どうしてこんな場所にと思っていたが、このエーテルを活用して封じていたという事か」

「なら、今、ヤバいんじゃない?」


この教会を取り壊す事は悪手。マチルダの抗議は正しかった。だが破壊され、封印も解かれた今。この惨劇に喜ぶような悪党、流石に私利私欲を優先したがる重鎮の中にもいないはずだ。となれば十三人委員会緊急指令は一つしかない。ミランダのテル・デバイスが激しくバイブレーションする。


『なるほどな。クローディアスが魔神を復活させたのか。とんでもねえ置き土産だ』

「君の言う通りだよ、アゼル。すまないね。私たちで犯人を追い詰めることは出来たが、思わぬ邪魔が入ってしまった」


アゼル・ラクシオン、共和国の剣聖がこの事態に動かないはずが無い。思わぬ邪魔、その正体ならばアゼルはすぐ分かる。


『どうせシリウスだろ。映像は確認してた。アンタは母の敵討ちとか考えないのか』

「私もエミリアも考えていないさ。そんなことを望まれていないことぐらい分かる。私たちは鋼鉄の女マチルダ・アシュレイの娘だよ?」


衝動に駆られること無く冷静。その姿を人によって冷たい人間、親不孝と言いつける輩がいる。ミランダたちのような人間を酷く扱うなど出来るはずが無い。そんな扱いをする人間こそ冷たい人間だ。敵討ちをしたところで消えた命は戻らない。せめて消えていった命に誇れるよう、その命が生きるはずだった年月以上の時を生き抜く。それこそが親への感謝というものだろう。


「――」


ルーチェが険しい表情のまま目を伏せる。再び開かれた両目は光を帯びていた。



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