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第四話「狂犬を手懐けた女」

青年は、シリウス・ストライドはマチルダ・アシュレイの心臓を潰した。掠れた小声を聞き逃さなかった。その言葉は何よりシリウスの心を揺れ動かした。


「オッドアイの探偵、貴方が経験したことの無い物を持つわ…知りたいならば、上手く立ち回りなさい」


シリウスはストライド家の最高傑作と謳われ、実力は別格。故に彼の心を満たす強者はいないに等しい。如何なる力も彼にとっては想定内で収まる。そんな彼の興味を掻き立てる言葉。マチルダはクローディアスより彼らの扱い方を熟知している。何処までマチルダは予測していたのか。彼女が死んでしまった以上、何も分からない。ただ彼女の部屋には家族写真が置かれていた。シリウスが手を抜いた際、その写真に血が飛び散る。彼は律義に写真についた血を拭き取る。幼き日のミランダとエミリア、そしてまだまだ若く華のあるマチルダと先立たれた彼女の旦那。仲の良い家族の姿にシリウスは複雑な感情を抱いているが、決してその感情を表に出すことは無いだろう。



ふわりと体が浮く感覚。ここが現実では無い事は理解できる。誰?誰だ?ルーチェの名前を呼んでいる。


『私たちの事を思い出して欲しい。名を、真名を―』


それは失われた存在、しかしながら今も尚人々に手を貸そうと呼びかけ続ける名を奪われた、隠された神の呼び声である。そして彼らの名前をルーチェは知っている。

どうやら眠ってしまっていた様だ。一台の車に揺られて、アンドロメダ草原へ続く道を走っていた。運転手はマチルダの執事を名乗っている老齢の男。セバスチャンと呼ばれている人だ。


「もうそろそろ到着します。私はここまでしか行くことは出来ません」

「ここまで連れて来てくれただけでも有難いよ。すまないね、全てを貴方に丸投げしてしまっている」


車は柔らかく停止した。降車した後、ミランダは彼に謝罪をした。死亡したマチルダの葬儀等の準備、その他諸々全て担っているのは彼なのだ。だが彼は決してミランダたちを叱責しない。


「御嬢様たちにはするべき事があるのでしょう。マチルダ様もきっと私と同じ判断をしますので。どうかお気をつけてくださいませ」


血の繋がった人間では無いが、彼はミランダとエミリアが生まれた時から知っている。感慨深いだろう。幼かった少女たちは成長し、片や国の軍人、片や国の法の番人として働いている。そして国の不祥事の一つを片付けるべく彼女たちは知り合った探偵と共に戦うと言うのだ。心配しつつも彼は誇らしく思っていた。引き返す最中、セバスチャンは祈るように呟いた。


「マチルダ様、どうかミランダ様とエミリア様をお守りください…!」


怖いほどに静かで、誰もいない。ただ微風だけが吹き抜けている。こんな場所に本当にいるのだろうか。悪事に手を染めるケフェウス猟団のアジトなどあるのだろうか。唯一分かるのはキースだった。彼の鼻が感じ取ったのは澄んだ草のニオイでは無く、鉄のような血のニオイ。彼の表情が強張る。


「どうした?」

「…不釣り合いなニオイがする。本当にいるようだぞ」


ポツンと建っている蔓が張り付く教会。今はもう使われていない、放置された場所。近くの石碑に刻まれた字、誰も読めないはずの字をルーチェだけは理解している。教会の中に足を踏み入れる。どうやらここは撤去工事が出来ない場所らしい。どれだけ古くても、意味が無くても、意味のある場所。アビスゲートを封印した旧時代の神々の為の場所らしい。名前すら分からないのに残す意味があるのだろうか。故に現在の十三人委員会はここの撤去をしようと考えていた。マチルダ・アシュレイはこの名も無き協会は直接アビスゲートを封印する柱の補助具、保険のような役割を担っていると説明し、迂闊に破壊するのは起動停止しているアビスゲートの封印を緩める原因になるのでは無いかと指摘していた。


「貶められる理由は無いわけじゃないんだね。殺されたじゃなくて、病気で死んだって事にすれば民衆が憤怒することは無いし」

「民衆が怒ったところで痛くも痒くも無いだろ」

「そうでも無いよ。アロンダイト解体時、十三人委員会一斉解散も起こっている。恐れていないわけでは無いさ。あそこは私利私欲に目が眩んだ人間の方が多い」


この教会には自治、平和のための戦を司る女神が祀られていたとされている。教会の中に足を踏み入れると中は特別整備されているはずも無かった。廃れた椅子、崩れた天井からは青空が広がっている。奥へ進むと不思議な形をした銅像の前に一人の男が立っていた。瘦せこけた男の立ち姿を見れば、彼はそれなりに長く拘束されていたのだろうと予想は出来る。だがこの男は反省どころか悪手と握手して正真正銘の悪党となった男、掛ける慈悲が無い。クローディアス・サイス、彼は恨み籠った視線をミランダとエミリアに向ける。


「奴と同じか。貴様らに分かるか?長く築き上げた名誉が、輝かしい功績が、全て新参者の女によって暴かれ底辺へ落とされる屈辱が。散々媚びへつらっていた者たちが手のひらを返す裏切られた気分を」


クローディアスが一人で言葉を発しているだけだ。ここに彼の結末に同情する人間は存在しない。人の不幸は蜜の味、そうは言わないが己の犯した罪に見合った罰を受けるのは当然という常識的な思考を持つ人間しか存在しない。一人で勝手に熱を吹いているだけだ。誰よりも早く息を吐いて、この無駄に長い一人語りに終止符を打ったのは共和国の法の番人エミリアだった。


「その話、いつまで続く?罪人の世迷言を聞いている時間がもったいないのよ。牢獄の中で好きなだけ語りなさい」

「何?」

「…ハルモニア共和国最高裁判所裁判長エミリア・アシュレイ。罪なき者、悲しみに暮れる被害者の為に罪深き者に相応しい罰を与えて裁く者よ」

「ハムリエートはどうした?貴様のような小娘には荷が重いだろうに」


彼の挑発には一切乗らず、一言返す。


「解任された」

「投獄された」


ミランダとエミリアが同時に言った。クローディアス・サイスの知識は古い。隠居生活をし続けていた、そして味方に付けた権力者ならば自らの権力で揉み消して生き残っているだろうと確信していたのだ。



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