第六話「残滓と深淵と悪性」
狂愛の魔神シュリンガーラ。かつて開かれたアビスゲートより現れた災厄、四体の罪神の残滓とゲートから溢れるだけ溢れた深淵と言うある種の瘴気が混ざりに混ざり、さらに大地に巡り続ける死者の魂から悪性を取り込み続け魔神という存在が生まれた。
「残滓と深淵と人の悪性、三つが揃って生まれるのが魔神と呼ばれる災害だ」
「一つでも欠けていたら生まれない?」
ミランダが三本の指を立てて魔神に関して説明をした。再びセバスチャンという老執事の運転する車に乗り込み、アゼルとの合流を目指すルーチェ一行。ルーチェはミランダから説明を受けながら疑問をそのままぶつけた。どれも消すことの出来ないものである。
「封印に綻びがあるんだ。未完成のまま当時の人は放置してしまったからね。そこから常に深淵は流れ続ける。残滓も然り。罪神は四体いたが、全て消滅ではなく封印するまでが限界だった。罪神は今も生命活動を続けている。残滓も罪神を消滅させない限り消えない。悪性も人類が消滅しない限りは無くならない。つまり、どうすることも出来ないのさ」
「だけど、今の今まであの魔神も封印で来てたんでしょ?他はまだしも、あの魔神を退ける方法はある」
封印させていたのだから、そのやり方があるはずだ。解放する術があるのなら、逆がある。出来れば消滅させてしまいたいが。そこまで出来なくても再封印を施したい。そこでエミリアが共和国、アンドロメダ草原に伝わる伝承を話し出した。この話が魔神シュリンガーラを退ける為に重要な内容となっている。前提として知っているべきなのはこの星コクレアと巨大な大陸アガスティア大陸とは異なる世界、地球という異世界が存在しているという物だ。
「最近では研究が進められてアビスゲート災害以前のコクレアはコクレアじゃなくて地球と呼ばれていた。地球前身説っていうものがあるのよ。その説の証拠として各国の地名や国名よ。ハルモニアもアンドロメダもどれだけ調べてもアガスティア大陸の何処にも由来するような言葉が無いの」
「アビスゲート災害にて結ばれたアガスティア同盟に属する大国の一つ龍淵国と呼ばれる国は少し特殊で不老長寿な者が大半を占めている。彼らのような長命種は地球には存在しない。そんなものは空想上の作り話とされていたし、死は人と神を分けるものだったからな」
キースも吸血鬼という人外の血を引き、百年以上の年月を生きている。彼のような存在も地球には存在しない。それは兎も角、伝承を話そう。この草原はかつて不毛の土地だったらしい。今では広大な草原だが幾度となく深淵や罪神の残滓との戦いを繰り返していたため土地は穢れてしまっていた。穢れが溜まりに溜まって生まれた魔神というのがシュリンガーラである。その猛威に悩まされる共和国のもとに知恵を貸す人間がやって来た。その人間は星追い人と名乗り、流浪の旅をする人間だったらしい。なので伝承では旅人と呼ばれている。旅人は魔神を退けるには同等以上の力が必要と伝えた。命神というコクレアの神がいるが、彼らに頼らなかった理由は不明。頼らなかったと言うより頼る方法が無かったのかもしれない。命神とは全てを超越した概念そのものである。情によって人を助ける行動はしない。もっと異なる視点で、千年、万年単位の未来を見据える者、人類の行く末を自由に動かせるほどの力を宿す存在。
「罪神封印に全力を注ぐ守護の命神アパルは動けずにいた。アパル同等の神の力が必要だったと考えるしかない。他の神はアパル以上に無関心だったようだからね」
「…ルーチェちゃん、話に追いついてる?」
ルーチェが顔を上げて、運転手のセバスチャンに頼み事をする。
「マチルダさんの家に先に行ってください」
「え?ですが、アゼル様と合流するべきではありませんか?」
「マチルダさんの部屋、本棚、一番窓側、上から二段目…一冊だけ抜き身の本があるはず。その本はアシュレイ家の家系図。その伝承とアシュレイ家との繋がりが書いてあるはず。私とキースが先にアゼルさんと合流します。ミランダとエミリアはその本を探して。見つけたら連絡して」
強い輝きを帯びた両方の義眼。何かルーチェが自分では語りにくいような事情がありそうだが、ここは一先ず呑み込み何も聞かずにルーチェの指示に従った。合流地点付近でルーチェとキースは車を降りた。
「ルーチェ嬢。君の瞳に何が見えたのか、ここでは聞かない。無理に話す必要も無い」
ルーチェに詰問する気はない。不思議な言葉もミランダたちは疑わず信じると伝えてくれたのだ。国民の一斉避難が開始されている。共和国軍が誘導を行いながら人々は避難場所へ逃げている。ミランダはルーチェに一枚のカードを手渡した。蝶が描かれただけのカード。これだけで共和国軍はミランダの指示を受けた人間であると確信するらしい。
「私は諜報機関ファルファラの第三席。それなりの地位がある。アゼルは軽く互いに合流しようなどと言ったが、私たちが別行動を取る以上君たちだけでは剣聖に会わせてくれないだろう」
「そっか。ありがとう。ミランダたちも気を付けてね」
互いに必ず合流しようと約束し、別行動に入った。人の流れに逆らってルーチェたちは早速アゼルと合流するために足を動かす。一方軍部では十三人委員会最高議長と副議長による強制議決権の行使によって国を守るための総力戦の許可が下りた。保守的な人間が多い中、辛うじてマトモに動いていられるのはいざという時、即座に行動を起こすことが出来る人間が最高位の立場にいるからだ。退役前最後の大仕事に老齢の元帥は己を奮い立たせる。
更に色を失ったアンドロメダ草原。キースの魔眼によって石化されたシリウスだったが、術が解け自由の身となった。軽くストレッチしながら、都市へ侵攻を開始する魔神を見据える。単独行動をしようとしていた彼の前に一台の車が停車した。
「お初にお目にかかります、シリウス様。フィオーレ家政のマーガレットです」
フィオーレ家政、家事代行サービスのようなもの。数多の名家、富裕層をメインに名が知られる優秀な外部で雇える組織。
「俺たちとは縁遠いな。メイドを雇った覚えはねえぞ。さっさと帰ったらどうだ」
親切心から出た言葉だが彼の態度のせいで相手を見下していると感じ取られても可笑しくない。だがどうにもマーガレットの様子が変だ。普段から感情も表に出さず、戦闘の際も完璧に相手を見切って見せる彼が難しい顔をしている。
「ンブッ!…し、しつ、失礼しましたわ…フッ、ン、私はマチルダ・アシュレイ様より指示を受けて来ました。マチルダ様より彼の足となるように、と」
人の顔を見て笑うとは失礼な、とはならない。それよりもマチルダは一体何処まで見据えていたのだろうかと彼女の手腕に感心していた。とりあえずシリウスはマーガレットの車に乗り込んだ。




