第46話 血に染まる廃教会
ドゴォッ!!
廃教会の冷たい石の床に、ルナリアの小さな体が叩きつけられた。
「がはっ……、あ……っ」
肺から空気が強制的に弾き出され、口からごぼりと鮮血が吐き出される。
ジンは地下での遊びに飽きたのか、あるいはこの異端の廃教会で神を冒涜することに嗜虐的な喜びを見出したのか。彼女を再び地上へと引きずり上げ、祭壇の前に放り投げたのだ。
「どうしたぁ? ここはお前の神聖なお祈り部屋なんだろ? 大声で神様に助けを呼んでみろよォ!」
ジンがゲラゲラと嗤いながら、ルナリアの腹を容赦なく蹴り上げる。
「あぐっ……!」
肋骨が軋む嫌な音が響き、ルナリアはくの字になって床を転がった。全身の骨が砕け、視界は血と涙で真っ赤に染まっている。
「ん? なんだその小汚え布切れは」
ジンが、ルナリアの右腕に巻かれた銀色のリボンに気づいた。
彼女がどれほど痛めつけられようと、泥水に塗れようと、それだけは決して汚さないように必死に庇い続けていたものだ。
「あっ……だめ、それに、触らないで……っ!」
ルナリアは折れかけた腕を必死に伸ばし、リボンを胸に抱き込もうとする。
だが、ジンの太い足が、彼女のその細い腕ごと、無慈悲に踏み躙った。
「ぎぃっ……あああっ!」
「ひゃはは! なんだぁ? そんなゴミ屑が大事か? 誰にもらったんだよ」
「それは……ユウ、様から……私の、神様からいただいた、大切な……っ」
痛みに喘ぎながらも、ルナリアははっきりとそう答えた。
その名前を聞いた瞬間、ジンの顔から嘲笑が消えた。
「ユウ……? あぁ、あの目障りなマントのガキか。ひゃはははっ! 傑作だぜ! お前、あんな勘違い野郎を神だなんて崇めてんのか! 懐かしいぜ、またあいつのせいで人が死んだなぁ!」
ジンは腹を抱えて爆笑した。
「神なんていねえよ。もしいるとしたら、それは俺たちのような『強者』だけだ。あんなガキ、俺がこの手でひき肉にしてやるよ!」
「……ちがう」
ルナリアの声は、風前の灯火のようにか細かった。
だが、その声には、一切の迷いも恐怖もなかった。
彼女は血まみれの顔を上げ、ジンの狂気に満ちた顔を、真っ直ぐに見据えた。
その瑠璃色の瞳は、どれだけ暴力を振るわれようとも、決して汚れることなく気高く澄み切っていた。
「私の神様は……ユウ様は、必ず……あなたたちのような悪意を、打ち砕きます……」
「あ?」
「あなたたちは、ユウ様に……絶対に、勝てない……っ!」
ジンは、その瞳を見た。
自分のような絶対的な暴力の前にひれ伏し、絶望し、命乞いをするはずの弱者の目。それが、全く自分を恐れていない。それどころか、自分よりはるかに上位の存在を確信し、憐れむようにすら見えた。
その純粋な瞳が、ジンの神経をひどく逆撫でした。
「……気に食わねえ目だな、クソガキが」
ジンの声が、絶対零度の殺意を帯びる。
「祈ったまま、死ね」
ドグシャッ!!!
肉体強化されたジンの凶悪な一撃が、ルナリアの小さな体に、取り返しのつかない致命傷を与えた。
ステンドグラスの抜け落ちた窓から差し込む夕光が、壁に高く飛沫を上げた鮮血を、残酷なほど美しく照らし出す。
「が……、あ……」
ルナリアの体がビクンと跳ね、そのまま糸が切れた人形のように、冷たい石の床へと崩れ落ちた。
床に広がっていく、赤い血溜まり。
「チッ。つまらねえ。すぐ壊れちまいやがった」
ジンは靴の裏についた血を祭壇の布で拭うと、つまらなそうに唾を吐き捨てた。
「さてと、カイと合流して祭りの準備を進めねえとな」
男の重い足音が、廃教会から遠ざかっていく。
静寂が戻った廃教会には、血の海に倒れ伏す、一人の少女だけが残された。
「ゆ、う……さま……」
視界が、黒く塗り潰されていく。
体はもう、指先一つ動かすこともできない。痛みすらも、次第に遠ざかっていた。
ただ、胸に抱きしめた銀色のリボンだけが、最後の温もりだった。
(お伝え、できなかった……。ごめんなさい、神様……)
意識の底へと沈んでいく中で、ルナリアは静かに目を閉じた。
どうか、あのお方が無事でありますようにと。
最期の瞬間まで、己の命ではなく、神への祈りだけをその胸に抱いて。




