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第45話 届かない祈り

「おっちゃん、この硝子細工の髪飾りをくれ」


 城下町の露店で、俺は一つ銀貨を弾いた。

 太陽の光に透かすと、深い瑠璃色に輝く安物の硝子細工。だが、その色はあの少女の瞳によく似ていた。


「へい毎度! 英雄様が女の子への贈り物かい? こりゃあ明日は雪が降るかもな!」

「ふん、神の気まぐれだ。あの薄暗い廃教会には、少しばかり色彩が足りんからな」


 俺は鼻で笑い、綺麗に包まれた髪飾りを懐にしまった。

 あの銀髪の巫女――ルナリアが、これを見たらどんな顔をするだろうか。

 きっとまた、大粒の涙をこぼして「神様からの授かりものです!」と拝み倒すに違いない。


(やれやれ、手のかかる信者だ。だが、見返りを求めない純粋な祈りというのも、たまには悪くない)


 秋の心地よい風が吹き抜ける。

 建国祭を目前に控えた街は活気に満ちており、道ゆく人々も笑顔だ。

 俺は足取り軽く、スラムの奥にある秘密の場所へと向かって歩き出した。

 彼女が待つ、あの静かな廃教会へ。


***


「あ……あぁ……っ」


 光の差し込む鉄の扉。そのすぐ目の前で、ルナリアは絶望に顔を歪めていた。

 あと一歩。手を伸ばせば届く距離にあった外の世界が、巨大なジンの体によって完全に塞がれている。


「頑張ったなぁ、ネズミちゃん。お前のおかげで、まあまあ楽しめた鬼ごっこになったぜぇ?」

 ジンが醜悪な笑みを浮かべ、丸太のような腕を伸ばしてくる。


「いやっ……!」

 ルナリアは咄嗟に身を翻し、扉の隙間からすり抜けようとした。

 だが、圧倒的な速度と力の差が、そんな奇跡を許すはずがない。


「捕まえた」


 ガシッ!


「きゃああっ!?」


 ジンの太い指が、ルナリアの細い足首を万力のように掴み上げた。

 逆さ吊りにされ、彼女の体が宙に浮く。


「あっ、はなしてっ……! お願い、行かせて……っ!!」

 ルナリアは必死に空を掻き、光の漏れる扉へと手を伸ばす。

 だが、ジンは非情にも彼女の足首を引いたまま、暗く冷たい地下への階段を、ズン、ズンと下り始めた。


「ぎぃっ……!」

 階段の石の角に背中や肩がぶつかり、ルナリアの口から苦悶の声が漏れる。


「どこ行くんだよ。パーティーはこれからだぜ? お前みたいに活きのいい死体なら、何かしらの薬の材料になりそうだからなぁ! それに、良い体してるじゃねぇか」

「いやああああっ!! 助けて……っ! 誰か……っ!!」


 バタンッ!!

 容赦のない絶望の音を立てて、地上の光を繋いでいた鉄の扉が、完全に閉ざされた。

 漆黒の暗闇。悪臭と、生臭い血の匂いだけが充満する世界へと、彼女は引きずり戻されていく。


(いや……嫌だ……! まだ、お伝えしていないのに……!)


 彼女は自分の痛みよりも、ユウの命を脅かす計画を伝えられないことへの焦燥感で心が張り裂けそうだった。

 ジンに引きずられながら、彼女は右腕に巻かれた銀色のリボンだけは汚されまいと、必死に胸の奥に抱きしめた。


「泣けよ。叫べよ。誰に祈ったって無駄だぜぇ。この地下はお前ら底辺の掃き溜めだ。神様なんて、こんな泥臭えところには絶対に来ねえよ」

 ジンがゲラゲラと下劣な笑い声を上げる。


(……いいえ。私の神様は、必ず……)


 ルナリアは血の滲む唇を噛み締め、真っ暗な天井に向かって、声なき祈りを捧げた。


『ユウ様……』


***


「ハックション!!」


 スラムへと続く路地の途中で、俺は盛大なくしゃみをした。

「誰か俺の噂でもしているのか? ふん、どうせ城の連中が俺のカリスマ性に嫉妬しているのだろう」


 俺は鼻を擦りながら、空を見上げた。

 太陽は西に傾きかけ、空を鮮やかな茜色に染めている。


「……さて、あいつの顔でも見に行ってやるか」


 俺は、懐の硝子細工にそっと触れ、のんびりとした足取りで歩みを再開した。

 俺の歩く一歩一歩が、彼女の命の砂時計を削っているとも知らずに。

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