17 コマンド
ここは、どこなのだろうか。一面真っ赤で、真っ白な世界。
「なん、で?」
この声は誰の喉から出たのだろうか。わからない。わから、ない。
いや、本当はわかっている。それは柱だった何かの下から聞こえているのだということくらい。
認めたくない。だから現実に抗おうとした。
「……殺したのは、お前だ」
「お前が、殺した」
「次は、お前の番だ」
白い腕。四方八方から伸びる幻想の腕。幻想だったとしても私は……私がそれらを壊したという事実は覆らないのだろう。
覆水、盆に返らずということわざ。つまりそういうことなのだ。
「知らないっ。私はやってない!」
――――また、逃げるのか?
知らない声。私は、逃げるのだろうか。逃げる以外の選択肢は存在しているのだろうか。逃げるしか、無いのだろうか。
――――思い出せない。
私は私がわからない。現実すらもわからない。嫌だ。もう、死んでしまいたいくらいだ。
鼻をつくのは、肉が焦げたような悪臭。悪趣味な臭い。私はこれが苦手だと感じる。だから、離れたい。だから、逃げ出したい。
――――逃がさないよ?
でも、現実はそこまで甘くはない。嫌だ。もう疲れたんだ。いっそここで死んでしまえればいいのに。死は逃げの一手なのだ。切り札の一つなのだ。
ここで使わずに、いつ使うと言うのか。手の中にあるのは黒く凝固した何かがついた包丁。これを胸に突き立てればそれでおしまい。愉快で痛快な劇も終幕を迎える。
「……それは、容……認しかね…ますね」
「誰、ですか?」
「やはり、そう来ましたか。僕は私で俺以外の何者でもないのに。ああ、そうですか。神はここにいたのか! だから誰も救われなかったのか! 無責任に世界を構築して、不幸ばかりを下界に撒いて。だから誰も救われなかった。悲劇は繰り返された。これも悪夢の一種だ。だから、だか……」
理解、不能。バグが観測されました。
消去しますか?
YES
NO
「YES。プログラムが実行されました。コード001、抹殺・追放。カウントダウン、スタート」
3
2
1
0
声が、消えた。存在が、消えた。音が、しなくなった。雑音のない本当の静寂。それが私を襲う。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。だから、私は私を消すことにした。
「エ…ラー、が検……出されま…した。コマンド・自殺は不可能」
不可能だなんて聞いていない。苦しまずに死ねると思っていたのに。なのに、なんで私の目から水のようなものがこぼれているのだろう。
理不尽だ。あんまりだ。こんなの絶対に間違っている。だから、私は歩きだした。一刻も早くここから逃げるために。
孤児院は灰になった。犯人はおそらく私。ただ、そんなことをした覚えは全く無い。だって動機が無いから。
……動機が、無い?
そんなはずはない。何故だがわからないが、私は誰かを消そうとしていた。消しゴムで紙がぐしゃぐしゃになってもなお。
でもそれが誰なのか、なんでそうしたのか全く見当がつかない。結局誰でも良かったのかもしれない。自殺でも良かったのかもしれない。
だが、それは出来なかった。だから殺した。それで辻褄は合うだろうか。いや合うはずがない。だって私ではないのだから。
私は誰も手にかけていないのだから。
私はなにもしていないのだから。




