↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然怒る  作者: きじとら
45/47

㊺死とは何か


 ある対談の動画を見た。

 二人とも猫好きの知識人である。

 

 まあ、どこの誰がどんな話をしたかは、機会があればご覧になれば良いだろう。

 私は何のヒントも出さないけれどね。

 

 さて、今日のテーマは「死」についてだ。

 

 死とは何であろうか。

 

 死=END

 とはならない気がする。

 その人の人生(物語)の続きは描かれないかも知れないが、その人の意を汲んで次の人が受け継いでいくこともあろう。

 

 肉体的な死、という意味ならば、それはENDでいいだろう。

 

 私の知る限り、人間で死んでいない人は、今生きているすべての人だけだからね。

 それ以外はすべて死んだ。

 

 生物というくくりで見ると、死なないものもいそうだね。

 まあ、人間の尺度で測れないから、絶対死なないとは言わないけれどね。

 

 私はビッグバンで宇宙が始まったかどうかはわからない。

 だって見てないもの。

 

 もしかしたら、永遠に続いているかも知れない。

 だが、そうなると、永遠のスタートはどこだ?

 になるので、できるだけ考えない。

 

 理論的にはビッグバンが今のところいい感じなのかも知れないけどね。

 

 まあいずれにせよ、生物が永遠に生きるとしても、細胞やそれよりも小さい分子が永遠とは限らない。

 いつかは崩壊するかも知れない。

 宇宙が消滅すれば、一緒に消えるかも知れない。

 

 だから、とりあえずどんな生命であったとしても、死ぬんじゃないかなとは思っている。

 

 そこでだ、死とは何かと問われたら、個人の肉体が滅びるというのが答えになりそうだとは思う。

 

 精神についてはわからない。

 だって精神で生きたことはないからね。

 

 あるかも知れないし、ないかも知れない。

 

 だが、私はあの世も地獄も天国もないと思っている。

 

 どうしてこの世でこれだけ苦しみながら、更に苦しみや退屈が待ち受けているところにいかなければならないんだ?

 

 死は救い、なんていうとんでもない宗教もあるね。

 私はアホだと思うよ。

 

 私にも死にたい時期はあった。

 正確に言えば死にたいわけではなく、すべて終わらせたいだったのかも知れないけどね。

 

 あれからだいぶ生きて来た。

 やりたいこともやった。

 まだやりたいことはあるが、これ以上は贅沢かなとも思う。

 

 だが、家人を残して逝くのも申し訳ないと思う。

 特に猫を残しては逝けない。

 

 なので、もう少し生きなければならない。

 

 ただね、冒頭にあげた動画で面白い発言があったんだ。

 

「死ぬ本人は、死を認識できない」


 そりゃあそうだ。

 認識できるのは生きて脳が働いているからだ。

 

 死んで脳が働かなければ、死を認識することはできない。

 詭弁なような気がするが、目からミツウロコだったよ。

 

 死、そのものは怖くない。

 

 だが、死に至るまでのプロセスはイヤだなあとは思う。

 

 今日、親類で要介護5の人物と対面した。

 

 人ではあるが、自分では何もできない。

 だと言うのに、我は主張する。

 

 言葉ではない。

 態度で示すのだ。

 

 幸せなら手をたたけばいいのだけれどね。

 

 車椅子の乗り換えを拒む。

 

 理由はわからない。

 話せないからね。

 話せないわけじゃないんだろうけど、話さないんだ。

 

 関係者も困り果てた。

 

 私は口をはさむつもりはなかった。

 まあ、直接の関係者ではあるが、私はどちらかというと「威圧タイプ」のポケモンだからだ。

 

 なので、その親類とは目も合わせなければ、声もかけない。

 私はその人物を信用していないし、その人物も私を認めていない。

 

 だけど、私は「威圧タイプ」なんだ。

 

 常日頃から威圧しているわけじゃない。

 体に目立つ「マーク」があるわけでもない。

 

 ただ、見た目が少しだけ怖い。

 声も低い。

 

 ミュージシャンだから、腹式呼吸で発声できる。

 

 結果、「車椅子に乗り換えなさい」という一言を発することになる。

 

 怒っているわけじゃない。

 ただ、重く、静かに伝える。

 

 要介護5の老人に対して、諭すでもなく、優しく言うわけでもなく、ただ言葉を発するのだ。

 

 素直に乗り換えて下すった。

 何よりだ。

 

 私はその人物が嫌いである。

 

 私の大事な人の育ての親ではあるが、私の親以上に自分勝手だ。

 

 さらには平気でうそをつく。

 私もそのうそに騙された被害者だ。

 

 金に意地汚い。

 

 もう私の嫌いな機能がフル装備だ。

 

 でも要介護5なんだ。

 

 そうまでして、人間は生き続けなきゃいけないんだろうか。

 

 私が同じ境遇になったとき、誰にも迷惑をかけずに何とかしたいと思ってしまう。

 そんな出来事があった。

 

 自死を推奨しているわけでは決してない。

 

 それは非常に多くの人に迷惑がかかるんだぞ?

 

 絶対にやめておけ。

 

 特に若い人に言っておく。

 

 君らは可能性の塊だよ。

 

 うらやましいね。

 

 死とは終わりではない。

 だが肉体は滅びる。

 

 それを無理やり生きながらえるのは、生への冒涜だと思うんだけど、どうなんですかね?

 宗教推薦を受けた、国会議員の先生の意見をききたいもんだ。

 

 

 と、やるとまた宗教批判になるので、最後に少しだけほっこり。

 

 私の住む地域は割と中華屋が多い。

 特にラーメンのメッカだ。

 

 ああ、メッカなんて言っても通じないんだろうな。

 すまんが自分で調べて欲しい。

 

 生憎、私は内臓の疾患があるので、ラーメンは控えている。

 

 だが今日は無性に中華屋のチャーハンが食べたかった。

 あと焼きそば。

 

 焼きそばを出す中華屋も多くはないので、ご存知の方は特定できるかも知れないが、まあ両方を食べた。

 一人でじゃないぞ?

 

 シェアしたんだ。

 

 うん。

 体が油を受け付けなかった。

 残念でならない。

 

 やはりスーパーで3食入りの焼きそばが至高だね。

 

 もしくはペヤングかな。

 

 もちろん、他のカップ焼きそばもいいよね。

 

 ああ、お腹すいてきた。

 

 自分で飯テロ!

 

 ちきしょう!

 

 腹が減るのは生きてる証しだ。

 

 まあ、皆も飯を食おうぜ!

 

 私は寝るけどね……

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。