㊱フランスともう一話
フランスに思い入れはない。
あるとするなら、はるか昔、真夜中のテレビで見たフランス映画くらいか?
少年が家畜を相手に性に目覚めるという話だったと思う。
正直ショックだった。
吹き替えではないから、字幕である。
意味がわからない。
少年の成長を描いたのか?
それともフランス特有の何かがあるのか。
ある種の嫌悪感が今も続いている。
別にそれは「作品」だから、一つの表現として受け止めてはいる。
だが、フランスの歴史を知るにつれ、かなり極端な人たちであるように思う。
デモ好きだよね。彼ら。
今も何かやっているようだ。
ああ、そう言えば核兵器の実験をして、日本ではフランス製品のボイコットをした事もあったようだ。
アメリカやロシアのような広大、かつ人が近くに住まない土地がある国は国内で核実験をできる。
勿論、海でもやってるよね。
第五福竜丸というのを調べてみるといいよ。
自国だから良いと言うものでもないが、それが海となるとどうなんだろうね。
そのくせ、福島の原発問題では日本の海洋資源に対して拒絶した国もあったよね。
ダブルスタンダードというべきか、悲劇すらも交渉のカードとするんだという呆れも浮かぶよ。
交渉といえば、日本には他国と島の領有について争っている(一部は争う必要がないとしている)よね。
一々それについて意見を表明すると、読めない字で感想が送られてきそうなのでやめておくよ。
ただ根本的な話をしたいと思う。
今、誰かが住んでいるから、そこがどこかの国の領土とするのは、正しいのかね?
人類全体の人口は増加しているようだが、日本やその他の国では少子高齢化になっている。
日本は特にこれまでが多すぎた。
街を広げすぎた。
故に、変な開発、地元優遇、無駄な国会議員が必要になってしまった。
五千万人もいれば十分じゃないか?
内需がないと経済が回らない?
本当にそうかな?
資源のない国で、内需を満たすのは、どこかの国から無理やり掘り出したり、安い値段で仕入れたりして運んでくる必要がある。
そして、それをわざわざ燃料を使って運ぶ。
まあ、海運、空輸なども外貨の獲得や日本製品の販売に寄与しているんだろうけど、立ち止まって見て欲しい。
まずは国内を回すことじゃないかな?
食料の生産、必要な製品を必要な数だけ作る。
電気自動車?
どうしてわざわざ燃料を使ってタービンを回し発電したものを、さらに別の電池に移し替え、充電し、ロスを生みながら走る必要があるんだい?
蒸気でいいじゃないか。
石炭でも、木炭でもいいじゃないか。
石油からできる「副」産物を使ったっていいじゃないか。
採掘が難しいのかも知れないが、千葉にも茨城にもガス田はある。
無駄に補助金を出すより、無駄な燃料費を使うより、そっちに投資すればいいじゃないか。
ああ、また話が逸れる。
今日本に住んでいるから、文化を築いてきたからここは日本だ。
まあ、いいよね。それは。
だが、戦争の結果、渡す渡さないってのは、それ以前の歴史も文化もクソもない。
すべての場所がどこかの国のものである必要はないだろう?
南極も月も人類のものなんだろう?
なら、一旦白紙に戻せばいいんじゃないかな?
だってさ、元々その島には誰も住んでいなかったんだよ?
人類が生まれる前、パンゲアやその他の時代には人類はいなかったこともあるんだ。
どうして人間だけ領有が認められるんだい?
どうしてセーブジアースのような驕った考えができるんだろう?
SDGs?
持続可能? 人間のための持続だろう?
もっと謙虚になりなさいよ。
ほんの数万年、数十万年前は「うほほ」って言ってたんだ。
あなたの先祖も私の祖先もね。
* * *
今日は二話構成なのです。
引き続きお楽しみください。
●宗教について
誰が何を信じようが、別にいいんじゃないかな?
私にそれを押し付けない限りはね。
ただ、私は宗教に対して懐疑的である。
なぜかって?
先の話の続きになるが、「うほほ」の時代、神は何をしていたんだろうね?
恐竜にもいろんな宗派があったのかな?
布教はどうしたんだろうね?
その前の原始生命時代。
神は何をしていたんだろうね?
まあ、私にはわからないよ。
私は凡人だからね。
ただ、神がいるなら、何の罪もない子どもを殺すことはしなさんなよ。
よく聞くのは、神の御業か、悪魔の仕業か。
ん? 全知全能なんだろう?
だったら悪魔をとめなさいよ。
人間にこの世の幸福をしっかりと見せて、悪の道に進まないように、本当の意味で正しい道を示して御覧なさいよ、と思う。
乗り越えられない苦難は与えない?
苦行を乗り越えれば極楽に行ける?
そんなものを与えずに、正しく導いてみなさいよ。
できるでしょ?
神なんだから。
それとも、出来ないのかな?
原始生命にも、恐竜にも、「うほほ」の連中にもできなかったように、人間もまだレベルが足りてないのかな?
もしそうなら、悲しいね。
いや、別に私は悲しくないけどね。
ついでに言うが、私は元々はキリスト教(プロテスタント系)の家庭に育った。
だが、私はキリスト教を信じる気にはならなかった。
信じるに足るほど、神は私に何も示してくれなかったし、嫌われることばかりするからね。
まあ、今では、この世のすべての物に魂が宿ると考えているよ。
殺生はなるべくしない。
出来る善行はなるべく行う。
感謝してご飯を食べる。
それじゃあダメなのかね?
お布施や献金しないと、認めてもらえないのかね?
もしそうだとすると昔の人は可哀そうだ。
今の時代から見れば、かなり価値の低い金額を納めていたんだもん。
きっと天国にも極楽にも行けないんじゃないかな?
今の通貨の価値だって、時代が進めばどんどん意味がなくなるよね?
ああ、そうだ。
大きな石をくりぬいた通貨は神に受け取ってもらえたのかな?
貝殻は納めてもらえたのかな?
金属で神は満足するのかね?
お金を使う手段を持たないのに。
どうしてお金が必要なんだろうね?
不思議でならない。




