㉜要介護
人間歳を重ねれば、機能は落ちてゆくものである。
それを受け止めて、前向きに生きるか、抗って身体や頭脳を鍛えるか、目を逸らして髪を紫に染めるか、しらばっくれるか。
人それぞれである。
ネットではない、紙の文学誌に投稿していた頃、高齢者に対して厳しい作品を書いたことがある。
寸評としては、「あなたも年をとるんだから、邪険にしないで」のようなものであった。
※実際には「よくよく考えて作品を書きなさい」であるのだけれどね。
考え無しに作品を仕上げたと思われたことがショックであった。
いや実際にはショックではないんだけど、「高齢者への非難を高齢者が回答しては保身では?」と思ったのである。
だが、よくよく考えてみれば、彼らは自分たちのことである。
彼ら以外に高齢者のことを知る者はいないのである。
私は根本的な思想がおかしい。
例えば、高齢者優遇の世の中が間違っていると思っている。
たとえ自分がその優遇を受けられる年齢になったとしても、間違っていると言える。
ただ、くれるというなら貰うけどね。
だってよく考えてご覧?
核家族や高度経済成長、バブル、バブルの崩壊、失われた三十年に至るまで、その主役は今高齢者と呼ばれる方々が主役であった。
あんたがたの責任をなぜ、私が背負う必要があるというのだ?
なぜ、私よりも若い人たちがその人たちを養う必要があるというのだ?
もっと根本的なことを言う。
これは非常に問題発言になり得る。故に読み手も慎重になってもらえるとうれしい。
日本は第二次世界大戦で負けた。
その敗戦からの復興については、当時の人たちを尊敬するし、ここまでの社会を作り上げたことを素直に認めたい。
だが、しかし。
多くの若者は戦争の犠牲になった。
若者だけではない。
民間人も、技術者も、子ども達も。
多くの人たちが犠牲になった。
歴史に「もしも」などないのだが、もし、その人たちが生き残っていたのなら、と考えてしまう。
彼らは喜んで死んでいったわけではないと思う。
死にたくなかった者も大勢いたと思う。
戦争は残酷だ。
戦争に行かなかった者、戦後に生まれた者が高齢者となり、「今の首相は戦争を知らないくせに」と宣う。
ふざけるなと言いたい。
あんたらこそ、戦争に行っていないじゃないか。
銃も持たず、ジャングルでさまよわず、日本にいたじゃないか。
帰還兵の方々にはお疲れ様でしたといいたい。
私の祖父は、満州で終戦を迎えた。
当時は公務員であったようだ。
だが、祖父からただの一言も戦争の話を聞くことはできなかった。
本当の苦しみや悲しみは、当事者は口を噤むことが多いのだ。
もう、戦争を経験した人はほとんどいない。
日本には太平洋戦争の時に子どもだった者が高齢者となっている。
戦後の復興の一部を担ったかも知れないが、本当に活躍したのは、もうほとんど生きていないだろう。
そう、戦争を知らない子ども達、ではなく、「戦争も知らない高齢者たち」なのである。
その高齢者が高圧的な社会を作り、ぐだぐだな政党を選び、人気取りのような政治にしてきたのだ。
そして今では高齢者優遇をする政党が主体となる。
こんな国にしたのは、今施設に入っている高齢者であり、ブレーキとアクセルを踏み間違える高齢者であり、無人レジに文句を言う高齢者なのだ。
そりゃあ、そんな親に育てられた子どもは碌なもんじゃないよね。
今、Z世代と呼ばれる若者たちが主役になりつつある。
いいね。彼らには好きなように生きてもらいたい。
でもね、要介護の人たちがこれからまだまだ増えるんだよ。
認定制度のことを言っているんじゃないんだ。
今の時代についていけず、スマホで決済もできない人に対して、懇切丁寧に介護をするように応対しなきゃならない。
無駄な時間だよね。
しかも、一度説明しても、忘れる者もいる。
勘違いする者もいる。
今、カスタマーハラスメントも対策対象となったね。
いいんじゃないかな?
対策、対策。
根本的な「教育」もせず、高齢者向けに、高機能スマホを持たせる。
高齢者にはスマホはいらない気がするけどね。
GPSと電話、SNSかメール。
それだけでいい。
ネット? 動画配信?
家で見なさいよ。
病院の待合の椅子で大音量で見るんじゃない。
要介護の人が増えるというのは、若者に負担が増えるということを、私のような大人は忘れちゃいけないと強く思う。
AI?
ああ、あってもいいね。
うん、AIは高齢者の相手ぐらいで十分だ。
あ、だめだ。
水も電気も使う。
スタンドアロンのAI風でいいか。
うん。それでいいよ。
どうせ学ばないんだから。
アクセルは右、ブレーキは左だよ?
信号は黄色も止まれだよ?
全国共通だからね?
気を付けようね。
〔黄色信号は止まれだよ〕
まあ、AIもわざわざ修正必須ではないと言ってるが、一応とりあげておく。
交通法規上は、黄色も止まれである。
ただし、安全に停止できない場合~といった注釈がつく。
そんなのは承知している。
だが、一方で、その注釈を自分勝手に解釈し、安全に止まれないから突っ込む地方があるから言ってるんだよ。
北関東屈指の暴れん坊「茨城県」では、「茨城ダッシュ」という信号が変わった途端に、右折していく輩もいる。
昭和の時代に運転していた身としては、今はとても大人しくなったと言えるのだが、安全になって当たり前だと思っている。
ああ、そうだね。
そんな運転をしていたのも、「今の高齢者たち」だね。
さすが高齢者になっても「運転に自信がある」と言う人が多い世代だ。
まあ、高齢者だけでなく、壮年、青年・若者であっても「要介護予備軍」は大勢いるので、一掃されるといいね。
私は気を付けてるよ?
悪態はしっかり窓をしめて、笑いながら、「お前ふざけた運転してんじゃねえよ!」と言うにとどめているからね。
優しいね。私。




