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徒然怒る  作者: きじとら
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⑰【再挑戦】免許返納について


 実はだいぶ前にこの話題を取り上げようと思った。

 だが、執拗なAIの修正指摘に腹を立て、結局原稿そのものをボツにしたことがある。

 

 今回は再挑戦である。

 絶対に負けないのである。

 

 さて、この問題は多くの人物が関与し、生活に影響が出る人もいるため、センシティブな話題である。

 だからといって、私の怒りを止めるには至らないのである。

 

 まず、私は運転者の年齢区分を半分(または三等分)したときに、高齢者に分けられる年齢かも知れない。

 実はもっと若いかも知れないが、年齢が問題ではないのだ。

 

 いや、今回影響のある人から見れば、若い奴に言われたくはないという気持ちが働くので、便宜上高齢者に区分しておく。

 その方が無難であるからだ。

 

 まあ、意見に年齢も性別も関係ないので気にしないでいこう。

 

 私はタイトルで「免許返納」とつけているが、返納推進派ではない。

 それだけは間違えないでいただきたい。

 

 ただ、正しく運転操作ができ、正しく判断できる人物は運転しても良いだろうと思っている。

 むしろ人の手を借りずに頑張っていると賞賛してもよい。

 

 だが、逆は許さないのである。

 正しく運転操作もできず、判断もできないくせに、免許にこだわっている者は返納ではなく「剥奪」でよいと思っている。

 

 これは何も高齢者に限ったことではない。

 交通ルールを覚えられない、日本語を正しく理解していない、他人の迷惑を省みない、任意保険にも入らない、こういった人物すべてを指すのである。

 

 ただ、高齢者にはこれにもう一つ付け加えたい。

 自分の運転技術を過信している。である。

 なぜ高齢者に限ったかと言えば、年齢が高くなるにつれ、自分の運転に自信を持つ割合が多い、というデータがあるのだ。

 

 勿論、性格などもあろう。

 だが、年齢で増えるというのはおかしい。

 

 そう、経験が自信につながっていると思い違いをしているのだ。

 

 自分の認知機能の衰えを正しくとらえることができていない時点で、すでに判断力欠如と言わざるを得ない。

 それならそれで「運転に不安である」と答えれば、私も理解しやすい。

 だが、逆なのである。

 

 事情はわかる。

 過疎地域や地方などで、公共交通機関が少ない、または負担が大きいケースもあろう。

 であるならば、コストはかかるが自分で運転し、気兼ねなく目的地へ行って帰ってくる手段は必要なのだろう。

 

 ただ、それでも考えてもらいたい。

 自損事故で、誰にも迷惑をかけず、どの建築物も壊さずに運転者だけが被害を受けるなら、お好きにどうぞ、と言いたいところではあるが、そうではない。

 

 事故というのは、ほとんどが物損であり、人身なのである。

 物損の場合、壊したら直さなければならない。

 また、自損であっても自走できるならともかく、レッカーが必要な場合もあれば、渋滞を引き起こすこともあるだろう。

 もうその時点で大迷惑である。

 

 人身にいたっては最悪だ。

 高齢者が自分の運転のせいで怪我をしようが、どうなろうが、運転をする以上リスクはあると承知のはずなので構わない。

 よもや、自分は事故を起こすことは絶対にないなどとは思ってもいまい。

 いたとするなら、運転する資格どころか、普段の生活でも碌なことにはならないので、今すぐ考えを改めた方がよい。

 

 あ、無人島で、公道もなく、好き勝手する分にはお好きにどうぞ。

 また、広大な私有地で、自分の好きなものを乗りこなすのはどんどんやればいい。

 その代わり、警察や消防に助けを求めるのはできるだけ控えていただきたい。

 

 いつか書くかもしれないが、冬山登山、登山届を出さずに登ろうとする方々と同じである。

 

 なぜ好きに行動しているのに、税金で助ける必要があるのか?

 

 まあ、それを言うと、ほとんどの行動が「自分の好きな行動の結果」になり得るので、今は言及すまい。

 

 ああ、怒りというのは文章を壊すのである。

 普段から支離滅裂なこのエッセイがいつも以上に破綻しつつある。

 

 修復しよう。

 

 年齢の価値。

 人の命は平等であろう。

 それは誰に問うても同じだと思いたい。

 

 だが、年齢についてはどうだろうか。

 別に長く生きたから価値があるとか、若いから可能性があるので価値が高いとか言ってるわけではない。

 だが、判例でも、若い人が亡くなったり、重度の障害を負った場合の賠償金は高くなる。

 その人が生涯稼ぐであろう金額の可能性の問題になるからだ。

 

 私は高齢者はすべからく後進に道を譲るべきと考える。

 

 いつまでも若いつもりで、同じ席に座り続けるから、後進が続かないのである。

 潔く次代に任せ、アドバイスに徹する。

 それこそが人間が古来より培ってきた「世代交代」なのではないか?

 

 その正しい世代交代を消し去り、自分が主役と言い張ることこそが「高齢者問題」なのではないか?

 

 勿論、立派な方も多いのは存じている。

 だが、それ以上に必死に椅子にしがみついたり、若い人のフリをする高齢者のなんと多いことか。

 

 白髪でいることがそんなに恥ずかしいのか?

 落ち着いた服装はそんなに自分を下げるのか?

 

 いつまでもそんな見苦しいことをしているから、後進は歳をとりたくない、歳をとる前に死にたいなどとなるのではないか?

 

 自分ではカッコいい、若い、時代にマッチしているなどと思っているのかも知れないが、ひどいぞ?

 本当に見苦しいとしかいいようがない。

 

 免許と話がずれていると感じるかも知れないが、本質は同じなのである。

 

 良いか?

 安全運転をするのは大いに結構。

 だが、事故やあぶない運転で渋滞を引き起こしたり、ちょっとした接触で他人のものを傷つけたりするのは、例え保険会社が補填したとしても、被害者にとっては「受けなくていい被害」なのである。

 ましてや、保険を使うと時には翌年以降の保険料が馬鹿みたいに高くなる。

 9:1の場合、1を実費にするケースだってある。

 

 なぜ、高齢者のために、そんな無駄な金を払わなければならない?

 

 免許の更新だってそうだ。

 

 警察署や免許センターで、担当者の話を理解できずに、正しく並べない人物が列を乱す。

 もう、その時点で免許失格にすればよい。

 

 そんな人間が、なぜ信号を守れるというのか?

 譲り合いや弱者優先の運転が出来るというのか?

 

 すべての人間とは言わないが、高齢者教習用の勉強だけをして更新する者もいる。

 彼らは詰め込み教育の元祖なのである。

 そんなのは朝飯前だ。

 だが、一度路上に出れば、新しいルールも覚えておらず、マイルールで運転する。

 

 免許をとるのに年齢制限があるなら、免許を続けるのにも年齢制限を設けなければ意味がないだろう。

 制限を超えて運転を継続したいのであれば、正しく法規を理解し、人並以上の運転技術と判断力、そして緊急時の対応ができなければ、継続させてはいけないとすればよい。

 

 まあ、それでも無免許で運転する者もいるだろうな。

 

 何より、一度授かった「資格」を喪失することが、怖いのだろう。

 自分は老いたと指摘されるのが恐ろしいのであろう。

 

 もう、その時点で間違っている。

 

 人は老いる。

 いつかは自分の足で立てなくなるのだ。

 

 なのに、なぜ運転は出来ると思う?

 

 老いることを受け入れなければならない。

 もっと、若者があこがれる、「人として」立派な高齢者になるべきである。

 

 見た目や免許の有無ではないのだ。

 

 生きざまなのである。

 

 運転免許と同様に「医師免許」もあるが、これについてもおなじことが言える。

 まあ、今は触れないでおこう。

 敵を増やすだけだからだ。

 

 免許返納というタイトルではあるが、今から法令の変更を待っていては埒があかない。

 

 なので、高齢者に訴えかける。

 免許を返す必要はない。

 ただ、もう二度と運転しない、と自分に誓えばいい。

 

 そうすれば、免許返納する必要などないのである。

 

 今こそ若者の手本たるべし。

 高齢者。

 

 そうでなければ、年金を払いたいとは思わないぞ?

 

 書き足りないことも多い。

 また、これによる影響への対策もある。

 

 だが、今回はここまでなのである。

 

 

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