朝
ガウクは目を覚ます。
こんなに気持ちのいい目覚めは久しぶりだった。ホテルのふかふかのベッドは、実家のせんべい布団では味わえない最高の睡眠を提供してくれた。
身支度を整え、ホテルのレストランに行く。人影はまばらだ。ウェイターの爽やかな挨拶を受け、席に通される。海が見える、窓際の席だった。
ふわふわのオムレツを美味しくいただきながら、窓の外を見る。
空は青く、海は広く、朝食が美味しい。
「最高の朝だな……」
「そうですね。生きていることに感謝したくなるような朝ですね」
「そうそう、死ななくてよかったなって思わせてくれるような……ってウワーッ!?」
独り言に返事が返ってきたことに驚いたガウクは、危うくテーブルから転げ落ちそうになった。
きょろきょろと周囲を見回し、誰が返事をしたのか発見してほっとした声を出す。
「風の精霊! 驚かせないでくれよ」
声の主は、コーヒーの入ったマグカップのふちに腰掛けていた。
「おはようございます、ガウク」
風の精霊はガウクに微笑みかける。
「あなたがリラックスしているところを見れてなによりです」
「うん、さっきまではリラックスしてたけどね? 急に話しかけられたからびっくりしちゃったよ。っていうか、昨日はひどいじゃないか。怖いやつらに絡まれてる俺を1人にするなんて」
「その件については申し訳ありません。人が集まってくると、反射的に逃げ出しちゃうんです」
「まあ、精霊たちはそういう傾向があるってことは知ってるからいいんだけどさ……」
落ち着きを取り戻したガウクは、再び朝食を食べ始める。
「ところで、ガウク」風の精霊は嬉しそうに言う。
「おめでとうございます! 無事に仕事を見つけましたね!」
「へ? 仕事って──」
「魔物の残党狩りですよ! 昨日あの女性に誘われて、パーティーを組むことに決めたんでしょう?」
「ああ、それか……」
ガウクはうめき声をあげる。
結局あの後、ガウクはミマネの手を握り返した。
「断りきれなかったんだ。ミマネさんには借りがあるから。だって俺、昨日だけで2回もあの人に助けられちゃってるんだよ?」
「カツアゲのときと、魔物を利用した自殺未遂のときのことですね」
「そうそう……って、なんで魔物のこと知ってるの? もしかして、俺のことずっと見てた?」
「もちろんです。乗りかかった船ですから。いざとなったら、助ける気でいましたよ」
「ありがたいけど、俺のためにそんなにしなくても……」
「何を言っているんですか、ガウク。この街に来るよう勧めたのは私ですから。少なくともあなたが道端で野垂れ死んでしまわないようにするのが私の勤めです」
風の精霊はにっこりと笑って「ちなみに」と付け足す。
「もしまた魔物の群れに無謀に突っ込んでいくようなことがあったら、あなたを竜巻の中に閉じ込めて小一時間ぐるんぐるん回転させますからね。覚えておいてください」
「ひええ……バイオレンスの精霊……」
「いえ、風の精霊です」
そんなやりとりをしながら、穏やかに朝食は進んでいく。
「それで、今日の予定は? さっそく魔物を倒しにいくんですか?」
「ううん」
ガウクはフォークでポテトを突き刺す。
「パーティーを組むことに決めたってだけで、他のことはまだ何も決まってないんだ。魔物狩りに参加するには、あともう1人パーティーメンバーが必要だし。そのへんはミマネさんがなんとかしてくれるって言ってたけど」
昨日のミマネの笑顔を思い出す。ガウクに参加を了承してもらえて、とても嬉しそうだった。
「後でミマネさんと会うことになってる。今後の計画を立てるためにね」
「そうですか……それにしては、何だか浮かない顔をしていますね、ガウク。嬉しくはないのですか?」
風の精霊は首を傾げる。
「あなたが死ぬつもりでこの街に来たことは知っていますが。魔物狩りがそんなに嫌ですか? それとも、チームを組むことに不満が?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
ガウクはポテトを齧りつつ、否定する。
「ただ、気持ちの切り替えが上手くできないだけだ。展開が急すぎてさ。それと、俺なんかで本当にいいのかな?とか考えると気が引けちゃって」
長年魔王討伐の旅をしていたとはいえ、自分が凄腕でもなんでもないということはガウク自身が一番良く分かっている。ミマネの期待に応えられるかどうか、正直不安ではあった。
「ミマネさんは俺のことすごいと思ってくれたみたいだけど、俺なんて全然すごいやつじゃないし。期待を裏切りそうで怖いよ」
皿の上に残ったポテトを眺めて、溜め息をつく。
「若いのに、街を守るために戦いたいだなんて立派だよな。それにひきかえ俺は……」
またしてもネガティブ思考に陥り、どんよりとし始める。
「ガウク」
風の精霊はたしなめるような声を出す。
「他人と自分を比較しても仕方ありませんよ。それにあなたもまだまだ若いです。自分を卑下しないでください」
「いや、俺はもうだめだ。やっぱり死のう」
「ガウク!」
風の精霊は悲鳴に似た声をあげた。
「なぜあなたはいつもそんなに極端なんですか!」
「今日って、死ぬにはいい日だと思わない?」
「ついさっき、『最高の朝だな』とか言っていたでしょう!」
「いい朝だからこそだよ。こんな晴れたいい日にさ、ぱあっと一丁、命を散らすっていうのも悪くないんじゃないかな。なあ風の精霊」
ガウクの言葉は、沈黙に直面した。
「風の精霊?」
ついに怒らせてしまったのかと顔をあげると、そこには風の精霊の姿は無い。
代わりにいつの間にか向かいの席に座っていた人物を見て、ガウクは心臓が飛び出しそうになった。
「ミ、ミマネさん?」
「おはようございます」
昨日と変わらぬ真っ直ぐな眼差しが、ガウクを射抜く。
「すみません。予定より早いですけど、来ちゃいました」
固まるガウクに、ミマネが面白そうに言う。
「今、いったい誰と話してたんですか?」




