ミミックの娘
あわあわするガウクを手で制して、「ゆっくりご飯食べててください。私が勝手に早く来ちゃっただけなんで」とミマネは言う。
慣れた様子でウェイターを呼ぶとカフェオレを注文した。
ミマネの飲み物が届くころには、ガウクもようやく落ち着きを取り戻していた。
「昨夜は良く眠れました?」
「ああ、うん。最高だったよ。ありがとう、いいホテルをお勧めしてくれて」
「ならよかったです。ここは長期滞在もいけますけど、別のホテルに移りたいとかアパート借りたいときは遠慮なく教えてください。いいとこ探すんで」
「あ、ありがとう。何から何まで……」
「これくらい当然ですよ。これから一緒にパーティー組むんだし」
「ああ、そのことなんだけど」
ガウクは姿勢を正す。
「実は、正式にパーティーを組む前に、ミマネさんに色々聞きたいことがあるんだ」
緊張しているガウクとは対照的に、ミマネは落ち着いている。
「もちろん」
優雅にカップをソーサーから持ち上げる。
「いいですよ、なんでも聞いてください」
「ありがとう」
ガウクは初めに、一番気になっていたことを聞くことにした。
「えっと、お父さんがミミックって言ってたよね?」
「それ」ミマネは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。「やっぱり、気になりますよね?」
「う、うん。でも、言いたくないなら言わなくていいよ! 家庭のことだし、何か複雑な事情があるんだろうし」
「いや、全然大丈夫ですよ。これから一緒に戦うことになるんだから、むしろ知ってもらってたほうが気が楽です」
ミマネは楽しそうに言う。
「しかも、全然複雑じゃないです。父が母に一目惚れして猛アタックして、母も父のことを好きになったってだけで。結婚もして、今も仲良く二人で一緒に暮らしてます」
ガウクは困惑する。
「人間と魔物が恋に落ちたってこと?」
「そうですね」
「そ、そんなことが可能なんだ?」
「可能なんですよ」
にわかには信じられないような話だった。
人間に友好的な魔物の話なんて聞いたためしがない。まして、恋をするだなんて。
「でも、いったいどういう経緯で? 2人はどうやって出会ったの?」
「それについては長い話になっちゃうんで、だいぶはしょりますけど」
ミマネはコーヒーカップをそっと手で包み込む。
「森で母を見かけた父が、その美しさに惚れ込んで家まで母を追いかけてきたっていうのが出会いですね。で、僕をどうかあなたのお婿さんにしてくれませんかって頼みこんだそうです」
カップの中では、カフェオレがゆっくりと渦を巻いている。ミマネは混ざり合う色を眺めながら語る。
「最初はまともに相手をしなかった母も、父の人間性──人間じゃないか。内面に惹かれて、付き合うことにしたそうです。もちろんOKするまでにはすごい時間がかかったらしいんですけど。それでも父はあきらめずに毎日、母の家に通い続けたとか」
「へええ……」
受け入れるお母さんもすごいな、とガウクは思った。よほど肝っ玉が座っているのか、それとも一途な想いは種の違いさえ超えるということなのか。
「ちなみにお父さんって、どんな人──魔物──なの? 性格とかは?」
「あ、めっちゃ普通の男です。見た目はほぼ完璧に人間だし。ミミックだから、変身は得意なんで」
ミマネはあっさり答える。
「中身も人間と変わらないです。性格はぽやぽやしててちょっと頼りないくらい。普通に仕事もしてるし、人間の友達もいます」
「そうなんだ」
ガウクの想像以上に、ミマネの父は人間の生活に馴染んでいるようだ。
一息ついたミマネは、カップを口元に持っていく。
その様子を見ながら、ガウクは思い切って次の質問をする。
「魔物の子どもってことで、嫌な思いをしたことってあった?」
ミマネの驚いた顔を見て、ガウクはすぐに後悔した。
「ごめん、突っ込んだこと聞きすぎだよな。失礼だな、俺」
「いや、構いません。ただちょっと不意を突かれたっていうか、そんな質問来るとは思ってなかったんで」
ミマネは小さく笑う。
「私がミミックの娘だって話をすると、大抵の人は私がどんな能力を持ってるのか知りたがるんです。私も変身できるのかとか、外見を変えることはできるのかとか。こういうこと聞かれたのは初めて」
それは意外だった。ミマネの能力よりも、ミマネがどんな人生を歩んできたかのほうがガウクにとっては気になる。むしろ、それだけが気になるといっても過言ではなかった。
「いじめられたり仲間外れにされたりってのはありましたよ」
ミマネはさらりと言う。
「野蛮な魔物の子どもに何されるかわかんないから、ミマネちゃんとは遊ぶなってママが言ってた。みたいな」
「ああ」ガウクは同情した。「やっぱり、そういうことがあるんだね。つらいね、それは」
「ちっちゃい時はきつかったですね。でも一番ダメージが大きかったのは、あれかな。魔王討伐の選抜パーティーに入れなかったことかな」
「選抜パーティー?」
「はい。昨日、ザカイが何か言ってたの、聞いたでしょう? 数年前に、魔王討伐の旅に出る選抜パーティーの募集があって。その試験を受けるために、私、王都まで行ったんです。駄目でしたけど」
衛兵の見下すような顔をガウクは思い出す。
「街の人はみんな、私が実力不足で試験に落ちたと思ってるみたいですけど。本当は違うんです」
「え? どういうこと?」
「門前払いされたんです。王都に到着した途端、門番みたいな人たちに囲まれて。『お前から魔物の力を感じる』って言われて、武器まで向けられました。まるで犯罪者みたいな扱いでしたね」
ミマネは目を細め、当時の記憶を思い出すような顔をした。
「それで大勢の人が見てる中、『ここはお前のような存在が来ていい場所ではない。今すぐ立ち去れ』って怒鳴られたんです。泣いて帰りましたよ。試験を受けるどころか王都に足を踏み入れることすらできなかったんです。なぜなら私に半分魔物の血が流れているから。それだけの理由で」
悔しそうな顔で、ミマネは言う。
「私、自信あったんですよ。絶対に受かるって。多分、両親もそう思ってたと思います。だから街に帰ってきたときは本当に恥ずかしかったし申し訳なかった。期待を裏切ってしまった気がして」
その気持ちはガウクにも痛いほど分かった。長い旅を経て結局目的を達成できなかった、自分の状況と重なる。
「二人には試験を受けられなかったことは内緒にしました。自分たちのせいで私が差別されたとか思って欲しくなかったから。それでみんな、私が選ばれなかったのはシンプルに私の実力不足だと思ってるんです。本当はそうじゃないのに」
「そっか……悔しいね、それは」
「はい。さすがに立ち直るのにしばらくかかりました。普段はあんまり引きずるタイプじゃないんですけど」
ミマネは何かを振り払うように頭をさっと振る。
「ま、でも嫌な思いしたって言ってもそのくらいですよ。私が魔物の子どもだってこと気にしないで普通に接してくれる友達もいっぱいいますし。今回の魔物狩りに参加することで、私の実力を証明できればいいんですけどね」
そう言ってきれいな笑顔を見せる。
そんなミマネを、ガウクは複雑な思いで見つめる。
「どうしてそんなに、魔物と戦うことに熱心なんだ?」
「え?」
ミマネはきょとんとした。
「だって──ミマネさんのお父さんは魔物だろう? お父さんの仲間を倒すの、複雑だったりしない?」
「いやー、全然?」
ミマネはけろっとした表情で言う。
「だって、お父さんは例外中の例外ですもん。お父さん自身も言ってましたし。『もし魔物に遭遇したら、友達になろうなんて考えちゃだめだよ』って。『僕みたいな魔物もいるけど、ほとんどの魔物は、話す前に殺そうとしてくるからね』って」
「そうなんだ……」
「それに」
ミマネはふと窓の外に視線をやる。
「魔物の娘だからむしろ余計に、ってところはあるかも」
外は晴れている。海と空の青さを背景に、子どもを連れた家族がのんびりと道を歩いていた。
「子どもの時に、どっかの知らないおばさんから言われたことがあるんですよ」
家族連れを見ながら、ミマネは先ほどまでと変わらない口調で言う。
「『お前は悪しき魔物の子どもだから、いずれは人間に害を及ぼす存在になる。そうなる前に死んだ方がいい』って。信じられます? 私、その時5歳とかですよ?」
ガウクは絶句した。
「それは」なんとか言葉を取り戻す。
「ひどいね。まともな大人が子どもに言う言葉じゃないね」
「でしょ? だから私、その時に決意したんですよ。私が魔王を倒して、勇者になってやるって」
勇者、と言う言葉にガウクはハッと反応する。
ミマネの声に、力がこもる。
「だって、私が勇者になったらもう誰もお父さんのこと『悪しき魔物』なんて呼ばなくなるでしょ。世界を救った英雄を育てた親なんだから」
ミマネの顔を朝日が照らす。
強い決意を湛えたその瞳は、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
「お母さんも。『魔物にたぶらかされた女』なんて、もう二度と誰にも言わせない。そう思って、その日から勇者になることが私の目標になったんです」
ガウクは圧倒された。
ミマネも、勇者になりたかったのだ。しかし、ガウクとはまったく違う理由で。
ミマネはふっと表情を緩めると、「ま、その夢はもう叶いませんけど。魔王死んじゃったんで」と言い、からりと笑う。
「でも、まだ戦うべき魔物はたくさん残ってますからね。世界を救う英雄からこの街を救う英雄へ、夢のギアチェンジを──って、ガウクさん!?」
ガウクは泣いていた。
両のまなこから滝のように涙を流して、声もなく号泣していた。
突然の大の男の本気泣きに、ミマネはドン引きした。
「嘘! なんで!?」
「いや……感動しちゃって……」
ガウクは溢れ出る涙を手でそっと拭う。
「こんな親思いの立派なお子さんを持って……ご両親はさぞ幸せだろうなって……」
周りから理不尽な扱いを受けてきたにも関わらず、世界を恨むことも、親を責めるようなこともしない。
卑屈になることなく夢を追いかけるミマネのまぶしさが、またしてもガウクの心を照らした。
そしてガウクに関してひとつ言えることがあるとすれば──誰かが不公平に扱われているのは絶対に許せない性分なのだ。
ミマネの話は、そんなガウクの心の奥底に眠る正義感に火をつけた。
「正直俺、パーティーに参加するのあんまり自信がなかったんだけど」
鼻をぐすぐすさせながら、ガウクが語る。
「でもミマネさんの話を聞いて腹が決まったよ。俺、全力でミマネさんを応援する。俺なんて、大した力にはなれないかもしれないけど」
ガウクはミマネの前に勢いよく右手を差し出す。
「一緒に街で一番の、最強のパーティーを作ろう! そして今まで酷いこと言ってきた人間みんな、見返してやろうね!」
「は、はあ。ありがとうございます……?」
ガウクの熱意に困惑気味のミマネは、とりあえずと言った感じでガウクの手を握る。
ぶんぶんと手を上下に振って握手した後、ガウクは目をうるませたままコーヒーマグを手にとる。
「はあ……おいウェイター、このコーヒーしょっぱすぎるよ……」
「それは多分カップにガウクさんの涙が大量に流れ込んだせいだと思いますけど……」
穏やかに始まったガウクの朝は、こうして感情の乱高下を経験することになったのだった。




