猫と噴水
「それで、三人目のパーティーメンバーはもう目星がついてるんだっけ?」
朝食の皿が下げられ目もようやく乾いたころ、ガウクはミマネに聞く。
「はい。今日これから会う約束してます」
「そっか。その人はパーティー参加には乗り気なの?」
「うーん、ちょっと説得が必要かもしれないですけど。でも多分大丈夫だと思います」
ミマネはじっとガウクを見つめる。
「あの、ところでなんですけど」
「ん?」
「私からも、ガウクさんに一個質問していいですか?」
「ああ! もちろんだよ」
ガウクは快諾する。
「俺ばっかり質問してたからね。どうぞどうぞ。なんでも聞いてよ」
「ガウクさんって、死ぬためにこの街に来たんですか?」
ガウクはコーヒーを勢いよく吹き出す。
「ど、どうして──」
息も絶え絶えになりながら、ミマネを見る。
「なんでそう思うの?」
いつもと同じ落ち着き払った様子で、ミマネは肩をすくめる。
「昨日からたまに怪しいこと言ってたじゃないですか。『最期に親切にしてもらえてよかった』とか『俺は死にたいけど、人に迷惑をかけたいわけじゃないんだ』とか」
確かに言った。
ガウクは今更ながら恥ずかしくなった。なんで俺は思ったことを全部口に出しちゃうんだろうか。
「観光客じゃないって言ってましたけど、かと言って魔物狩りに参加するつもりでこの街に来たわけでもなさそうでしたし。それに私がさっきここに来た時も、命を散らすとかなんとか言ってましたよね」
鋭い指摘だ。ガウクは大慌てで弁解する。
「いやいや! そんなことないよ。確かに昨日はちょっと変なこと言っちゃったかもしれないけど、俺はこの街で死のうとなんかしてないよ! 俺、元気! イエイ!」
ガウクは力こぶを作ってみせる。探るような視線でミマネに見つめられ、冷や汗が流れた。
「ふーん」
じっくりとガウクを観察したあと、ミマネは頬杖をつく。
「ま、いいですけど。たまにいるんですよ、自殺するためにこの街に来る人。海も近いし景色がいいから、死ぬのにもってこいなんでしょうね」
「そ、そうなんだ。困った人たちもいるもんだねえ」
「まあ、困るっていうか……悲しいですよね。たとえ知らない人でも、私はなにか力になれなかったのかな、とか思っちゃうし」
真剣な表情でガウクを見ると、「だから」と続ける。
「悩みとかあるなら全然聞くんで。出会ったばかりの人間に話す気にはなれないかもしれないですけど。一応、そのことは覚えておいてください」
真摯な言葉に、ガウクはまごつく。
「あ、ありがとう? いや俺は死ぬ気はないんだけどね?」
「ちなみにこの街の高い建物って、大抵は自殺防止の魔法がかけられてますから。飛び降りは無理なんで、それも覚えておいてくださいね」
「あ、そうなんだ……」
実はガウクはこの街に来てから既に何度か、「あの高さから落ちたら死ねるな」と想像していた。
まだ海がある。
ささやく心の声を、遠くに押しやる。
とりあえず死ぬのは保留で。ガウクは自分に言い聞かせる。
いつでも死ねる。でも、今日じゃない。
予定がなく特にやることがないガウクは、ミマネのメンバー勧誘について行くことにする。
二人はホテルのレストランを出て、待ち合わせ場所へと向かった。
「ところで、さっきは本当に誰と話してたんですか?」
「ああ、あれは風の精霊とちょっとね……」
♦︎ ♦︎ ♦︎
「海沿いから中心地にかけては完全に観光客向けのエリアになってます。もっと進んでいくと住宅街になってて、景色もガラッと変わります」
ミマネは軽い街案内をする。
歩きながら、ガウクは周囲の景色を眺める。
これまで見てきた建物はすべて真っ白な外壁をしていた。どの建物も丸い窓がついているのが特徴的だ。海の青によく映える街並みは、どこを切り取っても絵になる。
「昨日も言いましたけど、この街むちゃくちゃ広いんです。ガイドブックに書かれてない場所に行くと迷ったり呪われたりして危ないんで、気をつけてくださいね」
「え? 呪われる?」
「まあそのへんは気にしないでください。今私たちが向かってる広場は、中心地に近いところにあります。観光客に人気のスポットですよ」
広場に着いてすぐに、人気の理由が判明した。
広場の中心に、白い石造りの大きな噴水がある。歴史のありそうな立派なものだ。しかし、人々の注目を集めているのは噴水ではない。
白い大理石でできた一匹の猫。
大理石の猫は大きくあくびをする。その周りには何匹かの水猫が寄りそっているのも見えた。
「モモです。この街の名物猫」
ミマネが言う。
「伝えられるところによると、モモの飼い主は芸術家だったそうです。自分の愛する猫がいずれは死んでしまうという事実に耐えられなかった飼い主は、モモの魂を体から引き離して代わりに彫刻に注ぎ込んだんだとか」
「へええ……」
「こうして不死の体を手に入れたモモは、飼い主が死んで200年以上が過ぎた今でも主人が建てた噴水の下でくつろいでいる……ってことらしいですけどね。ま、本当かどうかは不明です」
固い石の体にずっと閉じ込められているのは猫にとって幸せなのだろうか。猫の心境に思いを馳せたガウクは少し憂鬱になる。
モモは飼い主に会えなくて寂しくないのだろうか。それとも、もう飼い主のことなんてとっくの昔に忘れてしまったのだろうか。
モモは、石にしてはあり得ない柔軟性で伸びをする。
ガウクの心配もつゆ知らず、猫は気持ちよさそうにまた眠りにつく。
メンバー候補はまだ来ていないようだ。二人はベンチに座って待つことにする。
「それで、今から会う人はどんな人なの? ミマネさんの友達?」
「や、友達っていうか、私の先生の旦那さんです」
「あ、そうなんだ?」
ガウクは少し驚いた。なんとなくミマネと同年代の人物を想像していたのだ。
「私の先生──ニイナ先生って言うんですけど。先生は、街の子どもに魔法の基礎を教える仕事してて。めっちゃいい先生だったんです。卒業してからもやりとりしてて、旦那さんとも知り合いになって」
「へえ。じゃあ旦那さんも先生なのかな?」
「いえ、王直属の対魔王特別部隊に所属してました。戦士として」
一瞬、沈黙が流れる。
「は!?」
ガウクは耳を疑った。
「王直属の? 対魔王特別部隊!?」
「はい」
〈特別部隊〉といえば、王から直々に任命された強者たちで編成されるパーティーだ。様々な部門に分かれている。
その中でも、対魔王特別部隊は他の部門とは一線を画す存在だった。過酷な試験を乗り越えたほんの僅かな者だけが選ばれる、魔王討伐のための精鋭部隊だ。
「な、なんでそんなエリートが──っていうか、その人がいるなら、俺いらなくない!?」
「いや、実は前にも一度誘って断られているんです。『俺は素人軍団を率いるつもりはない』って。だから、ガウクさんみたいな経験ある人と一緒なら大丈夫かなって」
「待って。『率いる』? もしかして、その人かなり地位が高かったりした?」
ミマネは真剣な顔でうなずく。
「はい。隊長をやってたって言ってました」
「特別部隊の隊長をやってたの!?」
「らしいですよ」
「おごご」
「『おごご』?」
「いやごめん、ちょっと動揺して。そっか、特別隊の元隊長ね……」
ガウクはおずおずとミマネを見る。
「……やっぱり、俺はパーティーに参加するの遠慮させてもらおうかな」
「は!? なんでですか!?」
「だってそんな強い人とパーティーなんか組めないよ! 俺は絶対に足を引っ張ることになると思うし」
自己評価が海の底より低いガウクは、自分が何かを失敗して怒られる想像をすでに何百通りも頭の中に思い浮かべていた。
「さっきは『街で一番のパーティーを作ろうね!』って言ってたじゃないですか! なんですかその手のひら返し!」
「特別隊ってむちゃくちゃ体育会系ですっごく上下関係厳しいって聞いたことあるよ!? 俺はそういうのマジで無理なんだって!」
「大丈夫ですって! 怖い人じゃないですから!」
そう言った直後、ミマネはスンッと真面目な顔になる。
「あ、でもチームのことを『パーティー』っていうと鼻で笑われるんでそこだけは気をつけてください。『俺たちはパーティーしない、隊を組む』っていうのがあの人たちのモットーらしいんで」
「ほらあ! なんかそういう組織特有の変なプライドがあるんじゃん!」
「大丈夫ですってば! 隊長だったのはもう昔の話だし、普通に気さくでいい人です!」
言い返そうとガウクが口を開いたところで、誰かの叫び声があがった。
「助けて!」
ガウクはさっと周囲を見回した。広場の向こうで、女の人が倒れている。
「引ったくり! そいつ捕まえて!」
見ると、ハンドバッグを抱えた男がこちらへ向かって走ってくる。
ミマネは立ち上がる。ガウクも急いで音叉を取り出す。
突然、真後ろから誰かが走ってくる音がした。
「えっ……」
すぐ横を走り抜けて引ったくり犯に突進するその人物を見て、ガウクは目を丸くする。
両足が義足──くの字に湾曲したランニングブレード──のその男は、ガウクの横を駆け抜けると、引ったくり犯にタックルをかました。
「うわあ!」
勢いよくぶつかられた引ったくり犯が悲鳴をあげる。手からハンドバッグが離れ、地面に飛んでいく。
そのまま二人はもつれるようにごろごろと地面を転がった。義足の男が体勢を整えるより早く、引ったくり犯はなんとかよろよろと立ち上がる。
ミマネが息を飲む。
「ナイフ!」
引ったくり犯が、いつの間にかナイフを取り出していた。刃は魔力をまとい、銀色のオーラがゆらめく。
「死ねえ!」
ナイフを振りかざし、義足の男に襲いかかる。
義足の男は素早く体を捻り、跳ね上がるようにして立ち上がった。
引ったくりがナイフで空気をスライスした。魔法でできた刃の波動が、銀色の火花を散らして義足の男の目の前に迫る。
義足の男は、事も無げに右手で攻撃を振り払う。姿勢を低くすると、もう一度引ったくりに向かって突進した。
先ほどとまったく同じ光景が繰り広げられる。義足の男に衝突された勢いで、引ったくり犯は宙に浮かぶ。
ただし、二人が倒れ込んだ先は地面ではなかった。
大きな水飛沫があがる。そして、猫の「ギャッ!」という鳴き声。
「モモ!」
ミマネが悲鳴をあげる。
水猫たちが逃げ惑う中、噴水に突っ込んだ二人はばしゃばしゃと音を立てながら揉み合った。
「この──」
義足の男に馬乗りになられた引ったくり犯は、必死にナイフで男を刺そうとする。義足の男はためらいなく、ナイフの刃を右手で直に掴んだ。
そこでガウクはようやく、男の右腕が義手だということに気がついた。義手は黒い魔法の輝きを放っている。男が義手にぐっと力を込めると、ナイフの刃はパキンと音を立てて折れた。
「動くな!」
引ったくり犯を抑えつけながら、男が怒鳴る。
「大人しくしろ。こんな浅瀬でおぼれたくないだろ?」
おぼれる、という言葉に怯えたらしい引ったくり犯はますます必死になって逃げようとする。
「アンセルさん!」
ミマネに声をかけられ、義足の男は振り向く。
「やあ、ミマネ」
ばたばたともがく引ったくり犯を片手で難なく押さえつけながら、男はのんびりと返事をした。
「悪いけど、手伝ってもらっていいか? ちょっと手が足りなくてな」
そう言うと、男は白い歯を見せて笑った。




