召喚魔法士、ガウク
わあああああん、という音が空に鳴り響いた。
アクタの群れはぴたりと動きを止める。
ガウクは音叉を空中に高々と掲げる。
白く輝く小さな光の粒たちが、二股に分かれた音叉の先端に集まってくる。
同時に、ガウクの近くにふわふわと漂う生き物が現れだした。
ミマネは目を凝らす。
その生き物は半透明の体をしていた。円筒形で、頭部に2本の角がある。体の横には翼のようなものが付いており、ぱたぱたと羽ばたく。ミマネが見守る中、1体、2体と数は増えていく。
ミマネはその生き物に見覚えがあった。クリオネだ。
図鑑で見たものとほぼ同じ形をしているが、大きさだけが違う。図鑑で見たものはほんの指先ほどしかなかったが、今目の前にいるのはその何十倍もの大きさがある。
突然、小さな子どもがおしゃべりをしている声が聞こえた。
楽しそうにはしゃぐ声だった。くぐもっていて、何を言っているのかまでは聞き取れない。まるで壁を一枚隔てた向こう側からこちらへ話しかけているようだった。
その声はミマネをぞっとさせた。
なぜか、聞いてはいけないものを聞いているような気がした。
クリオネは白い魔法の輝きを放ちながら空中を泳ぐ。
音叉の先に集まった光の玉は、いつのまにか合体して白く輝く大きな一つの球になっていた。
鳴り続けていた音叉の音が止む。
辺りは一瞬、静寂に包まれた。
「よし、みんな」
ガウクが穏やかな口調で言った。
「遊ぼうか。ボールを追いかけてね。いくよ?」
ガウクは思い切り腕を振り、音叉の先に集まった光の球を魔物の群れめがけて叩き込んだ。
わああああっ、と子どもたちの歓声があがった。
クリオネたちは光の球を機敏な動きで追いかける。
球は最初のアクタにぶち当たると、急カーブして左に曲がり、ガウクたちを取り囲むアクタの群れに沿うように大きな円を描いて進む。
球が触れると、アクタの体はボロボロになって一瞬で消滅する。
球の軌道から外れたアクタに、クリオネが近づく。
クリオネの頭部がぱっかりと開く。中から出てきた6本の触手が、目にも止まらぬ速さでアクタを襲う。
バッカルコーン。ミマネは図鑑に書いてあったことを思い出した。
“6本の触手はバッカルコーンと呼ばれ、そのかわいい姿からは想像のつかない獰猛さで狩りをする……“
アクタを捕食したクリオネは、また元気よく球を追いかけに戻る。
球は大きな螺旋を描いて上昇していく。地上のアクタも上空のアクタも、球にぶつかって消滅するか、クリオネたちに食べられるかどちらかの運命を辿った。
バラバラになったアクタたちの残骸が、空から降ってくる。地面に落ちたそれは黒いどろどろの塊になり、じゅうっと音を立てて溶けていく。
ほんの1分も満たないうちに、魔物の群れは一掃されていた。
ミマネは空を見上げる。
いつの間にか雲は消え、晴れた空がそこには広がっていた。
青空を背景にクリオネたちが旋回する。
その光景は、まるで天使たちが戯れているかのようだった。
白く輝いていた球は、上空でふっと姿を消した。目標を失ったクリオネたちは左右へ散らばりしばらくふよふよと漂っていたが、やがて白い魔法のきらめきとともに消えていく。
最後の一体が消えていくとき、子どもの笑い声が遠くから聞こえた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「……あなたは」
ミマネがつぶやく。
「ただの観光客じゃなかったんですね」
空からはクリオネたちが消えた名残の白い魔法のきらめきが、ちらちらと降り注いでいる。
地面に散乱したかつては魔物だったものの黒い塊からは、黒い蒸気が立ち昇っている。
戦闘の跡が色濃く残る草原の上で、2人は向き合って立っていた。
「この魔法は初めて見ました」
ミマネは空から落ちてくる白いきらめきを眺めながら言う。
「あのクリオネたちはなんだったの? あなたの使い魔ですか?」
「いや、違うよ。あれは霊魂なんだ」
「霊魂?」
「うん。俺は召喚魔法士なんだ。魂とか、霊とか、この世界に肉体を持たないものを一時的にこの世界に呼び出せる」
ガウクは音叉を振ってみせる。
「さっき呼び出したのは、仲良しの精霊たちっていうのが1番近いかな? 俺が子どものころからの付き合いだから。呼べば大抵は来てくれる」
幼いころ、よく一緒に遊んだことをガウクは思い出す。球を追いかけては自分のところに戻ってきてくれるのが嬉しくて、自分の中の魔法が尽きるまでひたすら白く輝くボールを作っては投げていた。
「実を言うと、あれが死んだクリオネの魂なのか、あるいはクリオネに姿が似ているまったく別の何かなのかは俺にも分からない。俺たちとは違う世界に住んでいるってことは確かだけど。でも悪い存在ではないよ」
「へえ……すごいですね」
ミマネは今までとは違う視線でガウクを見つめる。
ガウクは居心地が悪そうに身じろぎする。
「いや、俺なんて本当になんでもないんだ。前は魔王討伐のために旅をしていたけど、今は本当になんにもしてない、ただの一般人だよ」
「魔王討伐の旅?」
ミマネが驚いた声をあげる。
「魔王討伐の選抜パーティーに所属していたってことですか? 何年前から旅をしていたの? どこまで行ったの?」
矢継ぎ早の質問に、ガウクは驚く。
「あ、ええと、俺は特別に選ばれたわけじゃなくて、一般応募で参加したんだ。集まったやつらでその場でパーティーを組んでさ。もう10年以上の前の話だよ」
そのころはいたるところで冒険者の募集が盛んに行われていた時期だった。魔王討伐ブームと言ってもいいくらいだった。
「なんだかんだでいいパーティーだったよ──解散もメンバー変更もなしに、ずっと一緒に旅をしていたからね」
ガウクは仲間たちの顔を懐かしく思い出す。
「最終的には、廃都市エスカまで行ったんだったかな。いやあ、本当にいいチームだったな──」
「廃都市エスカ!?」
ミマネが驚愕する。
「それって、魔王の拠点まであと一歩ぐらいの場所じゃないですか!?」
「うん、まあ一応……でも実際はそこから魔王に辿り着くまでがかなり大変だったらしいよ。俺たちが試す前に魔王が倒されちゃったから、本当のところはわからないけど」
あっさり言うガウクに、ミマネは信じられないものを見るような表情になる。
「俺たちがエスカに到着するまでに、少なくとも1000パーティーはすでにエスカを通過していたと思うよ。そもそも俺たちはエスカに行くまで10年以上かかったのに、他のパーティーは2年とかで来ちゃうんだもんな。参っちゃうよね」
ガウクは恥ずかしそうに頭をかく。
なぜかメンバー全員がやたらとサイドクエストが好きだったせいもあるが、それにしてもガウクたちの旅の歩みは遅かった。
「俺たちは大したことない弱小パーティーだったからさ、そこまで辿り着けただけでありがたいと思うべきなのかもしれないけど。まあ、そんなわけで……」
ガウクは次に何を言うべきか迷う。
俺の自殺計画に巻き込んでごめん、か?
助けに来てくれてありがとう、か?
それともあなたの言葉があまりにも深く胸を打ったので死ぬのを一旦キャンセルしました、か? それは重すぎるか?
一方、ミマネは話を聞きながら深く考え込んでいたようだ。
やがてなにかを決意した表情になると、ガウクをまっすぐ見つめる。
「あの」
声をかけられ、ガウクは身構える。
「はい! なんでしょう!」
「お名前、聞いてもいいですか?」
「あ、ああ。ガウクっていいます」
「ガウクさん」
ミマネは力強い視線でガウクを見据える。
「私と一緒に、パーティーを組みませんか?」
「え?」
ガウクは不意を突かれた。
「パーティーって──」
「最近、この街に近づいてくる魔物の数が増えていることはご存知ですよね? その対策として、街が魔物と戦える人を募集していることも?」
「ああ、知ってるけど──」
「魔物との戦闘経験がある人なら、すぐに参加を許可されます。でも、これまでに魔物と戦ったことがない私みたいな一般人は、参加するにはある条件がいるんです」
「条件?」
「はい。1つは、少なくとも3人以上のパーティーを組んで応募すること。もう1つは、メンバーのうちに必ず1人は魔物との戦闘経験がある人を入れること。この2つが必須条件です」
「それって──」
ガウクはようやく状況を飲み込めてきた。
ミマネは力強くうなずく。
「そうです。ガウクさんならピッタリです。さっきの戦いっぷりを見ても間違いないです。お願いします。一緒にパーティーを組んでください」
そう言ってミマネは深く頭を下げる。
ガウクはうろたえた。
「ちょっと待って!話は分かったけど、急には決められないよ。第一、俺たちさっき会ったばかりでお互いのことまだよく知らないし」
「じゃ、自己紹介します。ミマネです。22歳、血液型D型、はね馬座、趣味はネイル。好きな食べ物は魚全般、嫌いな食べ物はないです。最後に付き合った彼氏がクソすぎてしばらくは恋愛とかもういいやって感じです」
「そんな怒涛のように個人情報を言われても!」
「得意な魔法は変身術で、一度見たことのある人とか動物には完璧に変身できます」
「おお、それはすごい」
「あと、父親がミミックです」
「ああそうなんだ、お父さんが──って、ええ!?」
ガウクはポカンと口を開けてミマネを見つめる。
ミマネは動じない。
「私のお父さん、ミミックなんです。魔物の。私の体には、魔物の血が半分流れているんです」
ミマネの言葉に驚きながらも、ガウクは腑に落ちた。
だから魔導具なしでも変身術が使えたのか。
通常、人間は道具を介さなければ魔法を使うことはできない。そのため人間が魔法を使うためには魔導具や魔導書、杖などの道具が欠かせない。
一方で魔物は道具なしでも魔法を使うことができる。手から直接攻撃魔法を放ったり何もない空間から武器を出現させたりできるのは、魔物だけだ。
ミマネが魔導具なしで虎やライオンに変身できたのは、彼女に半分魔物の血が流れているからだったのだ。
ミマネは淡々と話し続ける。
「私は魔物との戦闘経験はないですけど、腕にはかなりの自信があります。学校では筆記も実技もいつもトップの成績でした。前衛も後衛もやれます。どんなポジションでも文句は言いません」
情報の波に圧倒されたガウクは、ただミマネの顔を見つめる。
ミマネは澄んだ瞳で、まっすぐガウクを見返した。
「今、この街は魔物によって危険に晒されています。街を守るためには、あなたの力が必要なんです。だから──」
ミマネは右手をガウクに向かって差し出す。
「お願いします。私と一緒に、街を守るのを手伝ってくれませんか?」
ガウクは、差し出された手を戸惑いながら見下ろした。




