「矜持と緑色の便箋──彼女への最期の挨拶」
私は看取り人としての、仕事ではない縁で旅立ちの場に立ち会うことになった。相手は、学生時代に「親友」と信じていた女性だ。
当時、私は彼女の言葉の端々に潜むマウントや支配欲に気づかず、ずっと彼女を頼りにしていた。しかし、私がワーキングホリデーでカナダへ行くと決めた時、彼女は「ろくに英語もできないくせに」と激しく私を責め、引き留めた。若さゆえにその忠告を無視して海を渡った私に、彼女から届いたのは絶縁を告げる「緑色の便箋」のエアメールだった。かつて彼女が「縁を切る時は緑色の手紙を出す」と言っていたことを、その時ようやく思い出した。彼女の親切も、私をコントロールするための手段に過ぎなかったのだと気づいたのは、ずっと後のことだ。
あれから何十年。彼女の容態が急変したと連絡を受けた。今さら会いに行くべきか迷っているうちに、彼女は意識を失ったという。結局、最後のお別れをしなければという義務感に突き動かされ、私は彼女のもとを訪れた。
部屋には、口を開け、かすかに息をする彼女の姿がある。
かつて私を支配し、思い通りにしようとした彼女には、もうその力はない。緑の便箋に込められた支配の儀式も、遠い記憶の彼方で色褪せている。
ベッドの傍らで、私はただ静かに彼女を見つめていた。私の看取りの矜持として、これまで旅立つ人には必ず「さよなら」と「ありがとう」を伝えてきた。けれど今、皮肉にも彼女に対してだけは、その言葉を紡ぐことができない。
許したいとも、許したくないとも言い切れない。彼女を憎む記憶も、感謝すべきかもしれない過去も、すべてが遠い彼方へ消えていく。私はただ、彼女が静かに旅立つのを見届けることで、自分自身をあの緑色の呪縛からようやく解放しようとしていた。




