「最期の約束――海へ還るはずだった彼と、演じられた大衆演劇」
これまで数多くの最期を見届けてきた。赤の他人である私と、残り少ない命を繋ぐ彼ら。「さよなら」と「ありがとう」を伝える私のルーティンが、唯一、叶わなかったあの日。
その男性は私の父と同じくらいの年齢だった。彼から直接連絡をもらい、向かったのはある特養の施設。まだ元気そうな彼だったが、静かにこう言った。「家族も忙しいし、最期を一人で迎えるのは少し寂しくてね」。
そして彼は、窓の外を眺めながらこう呟いた。「お墓には入りたくないんだ。自由に広いところで、静かに漂っていたいから、海に撒いてもらおうと思って」。その時の横顔が、今も鮮明に焼き付いている。
ついに、その日がやってきた。
彼は眠っているようなとても静かなひとときで、部屋には彼の穏やかな息遣いしか聞こえていなかった。ところが、静寂は突然破られた。ガラリ、と扉が開く音とともに、妻と娘と息子、そして孫たちも大勢でドタバタと入ってきたのだ。
契約上、私は最期まで立ち会う必要がある。しかし、これほどのご家族が揃った今、本当のご家族だけで最後を過ごしたいだろうと思い、妻に「廊下に出てきましょうか」と声をかけた。すると彼女は「一緒に最後まであなたも見守ってほしい」と言った。私は扉の横に立ち、家族と静かに見守るつもりで息を殺した。
心電図が別れのリズムを刻み始めると、妻が彼の手を握り、「お父さーん!」「帰ってきてぇ!」と泣き叫びだした。孫の一人も「俺、野球がんばるからね、じいちゃん」と手を握り、彼に語りかけていた。
直後、心電図の音が『ピー』と高く鳴り響き、波形が一直線になった。その瞬間、彼の目から一粒の涙が静かにこぼれ落ちた。妻は「お父さーん!」と悲痛な声を上げた。
しかし、その刹那だった。機械が再び『ピッ、ピッ、ピッ』と規則正しいリズムを刻み出したのだ。
一瞬前まで泣き叫んでいた妻は、何事もなかったかのようにピタリと泣き止むと、冷静な声でこう呟いた。
「あら、まだ生きてるわね」
その光景に、私は一瞬頭が真っ白になった。まるで大衆演劇の舞台を見ているようだ。妻は女優になりきり、家族は「最期を看取る家族」を演じている。彼は、自分の死のあり方を「演出」されたのだ。
ああ、そうか。彼が一人で赤の他人に最期を託すしかなかった理由を、私はここで理解してしまった。彼らは、彼を看取る自分たちを「許されたかった」のだ。
彼が本当に息を引き取ったとき、私は彼に近づくことができなかった。最後の挨拶もできないまま、静かに部屋を去ろうとした私の耳に、妻と子供たちが口々に言う言葉が届いた。
「海に散骨なんて、何を考えてるのかしら。世間的に、周りの人たちに何をどう言えばいいの」
――彼が最期の最期まで、この人たちから逃げ出したかった理由が、そこにはあった。




