特別篇その3:忘れてしまった母と、罪悪感と痛みを抱えた娘の間に
目の前で、一人の女性がもうすぐ旅立たとうとしている。
規則正しく開いたままの口から、浅い呼吸が漏れている。視線は、天井をまっすぐ向いたままだ。施設のスタッフの話では、おそらく今日中に旅立ってしまうだろうとのことだった。何人もの最期を見届けてきたスタッフの言葉には、重みがある。
目の前の彼女は長年アルツハイマーを患い、ご本人がお元気な頃に「最後は管に繋がれたくない」と話していた通り、自然な形で最期を迎えている。
ここ数ヶ月で食が細くなり、ふっくらしていた体が一気に痩せ細った。一度肺炎で入院したものの回復し、施設に戻ってきたが、一ヶ月もしないうちに昏睡状態になってしまった。
いよいよという時になって、ご家族から「看取り屋」への依頼があり、私は娘さんと事前に打ち合わせをした。
彼女は私に、ぽつりぽつりと話し始めた。
「はじめ、母がアルツハイマーになったとき、姉夫婦がまだ初期の段階なのにグループホームに入れると決めたので、すごく驚いたんです」
もともと、母親は一人暮らしをしていた。病気を患う一年前、七十三歳までパートで働き、それを辞めてから一年経つか経たないかで発症してしまった。「ずっと働いてきたから、これからは少しゆっくりしたい」と言っていた矢先の出来事だった。
共働きをしている姉夫婦は、「自分たちは共働きで昼間家を空けるし、一人暮らしで火事でも出したり徘徊したりしたら周りに迷惑をかける。お互いのために、母をプロに任せたほうが安心だ」と言った。
それが当時の彼女には、どこか冷徹に思えた。
「自分たちで面倒を見なくていいのか」「親を捨てるような感覚」に襲われ、とても悩んだという。自分で引き取れず、介護もできないという罪悪感に押しつぶされそうだったそうだ。
その後、グループホームから特別養護老人ホームへ移ることができ、彼女もたびたび足を運んだ。その頃には、姉夫婦の言う通り施設できちんと面倒を見てもらえるほうが良かったと、考え方も変わっていったという。
まだ会話ができるうちは良かったが、だんだん家族のことも思い出も何もかも忘れ、子供のようになっていく母親。そんな母親の姿に会いに行くのも辛くなり、なかなか足が向かないうちに、世界規模の感染症が起きた。それが落ち着いた後も足が重く、気づけば「あと数日」という連絡が施設から届いたのだった。
旅立つまでもう日がないというのに、会う決心がつかない。姉夫婦も仕事を急に休めない状況だった。それでも、母親を一人で逝かせるのは忍びないと、こうして「看取り屋」に依頼に来たのだと彼女は言った。
「長年、母に会いに行けなかった。罪悪感でどうしても足が運べないんです。それに、病気だからどうしようもないと分かっていても、すべて忘れられてしまったことが辛くて、恨めしくて……なんで何もかも忘れてしまうんだって……」
絞り出すような彼女の告白に、私はなんて声をかけていいか分からなかった。
「私からは、正直なんて言っていいか……でも、ご自分のために無理をなさらないでください。無理をすれば、ご自身がどんどんすり減ってしまうと思います。偉そうなことは言えないんですけど……」
それしか言えなかった。
――ふと、目の前で旅立とうとしている彼女の、開いたままの瞳が急に上に動いた。
そして、大きく一度、息を吸い込んだ。
「あっ、旅立たれる」
そう思った瞬間、廊下との境の扉がガラッと勢いよく開いた。
娘さんが息を切らして部屋に入ってきたのだ。彼女はベッドに駆け寄ると、目の前のお母様の手をぎゅっと握りしめ、
「お母さん、お母さん!」
と、声を絞り出した。
一度止まりかけていたお母様の胸が、わずかに数回上下した。そして、開いたままの瞳から、一筋の涙がツーと流れた。
――そのまま、彼女は静かに旅立たれた。
私は心の中で、「お疲れ様でした。娘さんが間に合って、本当によかったですね。さようなら」と二人に頭を下げ、音を立てないように、そっと部屋をあとにして廊下へ出た。




