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最期の隣人——看取り屋の私が、見届けたもの  作者: Fos B


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10/13

特別編その2:胸に残る魔法の歌声と、確かな光の記憶

看取りの仕事で、目の前で静かに旅立とうとしている方を見守っているとき、ふと上司からもらった書類を思い出した。会社に届いた一通のメールを、上司がわざわざ印刷してくれたものだ。「転送するより紙で見たほうがいいかなって思って」と言われた。

 目の前のクライアントは落ち着いているので、少し休憩しようと仕事のパートナーに交代してもらい、自販機の前に行って上司からの書類をカバンから取り出した。

 メールの差し出し人は、私の20代の過酷な時期を支えてくれた、あの女性ボーカリストの息子さんからだった。

 あの日、私はプロとしてあるまじき私情を入れてしまった。自分としては少し情けない仕事だった。

 いつもは淡々と「さようなら」と「ありがとう」を告げるだけの私が、あのときだけは、どうしても抑えきれずに言葉を零してしまった――。

「私に力をくれてありがとう。もうあなたの歌を聴けないのは、本当に寂しいです」と、つぶやいたのだ。

 胸の奥で何かが壊れ、遠くへ消えていくような複雑な喪失感に包まれた。自分にとって大切な、大きな何かを失ったような気がした。あの日流したあの感情の正体は、いまだにわからないままだ…。

 私は震える手で、息子さんからのメールを印刷した紙を開いた。

『……以前、母が看取りでお世話になった息子です。父も私もどうしても外せない仕事があり、母に最後まで寄り添うことができませんでした。芸能人は親の死に目に会えないとよく言われていましたが、まさか本当に自分がそのようになるとは思っておりませんでした。

 母が生前、病気がわかってからは、最後の最後は家族以外には自分の姿を見せたくない、あの輝いていた自分を覚えていて欲しい、と願っていました。そのため、仕事関係の人たちは一切立ち合わせないでくれと言われていたので、事務所関係者やマネージャーさえも、最後は立ち会うことができませんでした。

 唯一立ち会えるはずの父と私も立ち会えず、母を一人だけで寂しくこの世から逝かせてしまうのかと思うと、たまりませんでした。

 でも、「看取り屋」と言う仕事を知り、母とは関係ない、他人だからこそ母も許してくれるんじゃないかと思い、依頼しました。一人で行かせるという、母のあの輝かしい人生にふさわしくない最後をしなくて済んで、本当によかったと思います。

 父と私が後から駆けつけたときには、母の微笑んでいる顔が見れて、とても心が救われました。後から報告書を読んで、母が最後に拳を振り上げて歌を歌い出すかのような大きなブレスを吸い込んだと聞き、最後まで母はやっぱり歌い手だったんだなぁと思いました。父と私は,あの輝いていた頃の母を心に刻むことができました。

 いろいろと批判する人もいると思いますが、父と私はあなたに最後、母を看取っていただいてよかったと思っています。また、母もそうだったと信じています……』

 読み終えて、私は思った。

 自分の仕事は、彼女の最期にとって意味があったんだ。若い頃に彼女に抱えた憧れや嫉妬、自分はちっぽけで何もないと長い間抱えてきた思い、それが今回の仕事を通じて少しだけ昇華された気がした。

 彼女が旅立たれた時、胸の奥で感じた大きな喪失感。

 それは、私の人生を彩ってくれた眩しい光だったのかもしれない。どんな過酷な日々でもヘッドホンから私を救い出してくれた魔法のような歌声だったのかもしれない。

 彼女がいなくなった今、そのすべての記憶が遠い過去の物語へと変わってしまったような、そんな寂しさだったのか。

 彼女の魂が、またどこかで歌っていると信じることしか、今の私にはできなかった。

 看取りという仕事は、常に「正解のない、言葉にできない別れ」の連続だ。

 私は缶コーヒーを飲み干すと、また先程のクライアントの元に向かった。彼女を一人で旅立たせないために…。

 数日後、私はまた別のクライアントの元へ向かっていた。そのカバンの中には、あの息子さんの手紙が常に入っている。

 私は手紙の温もりを胸に、今日もまた別の誰かの「最期の隣人」へと歩き出す――。


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