《殺気浸蝕》
迎え撃つ――時を待たない。
ニクスの判断は明快だった。「集落で迎撃するより、境界付近で叩いた方がいい。集落が戦場になったら非戦闘員が巻き込まれる」。俺もその判断に従った。
編成はこうだ。
前衛にガルムと俺。ゴーレム系が二体、盾役で前に出る。
中衛にインセクト系の甲虫型が六体。
後方にニクスと伝令用の怪鳥種。
ミラは俺の横。ワーム系は地中を並走して、必要なときに下から崩す。
東に向かって走った。
◇
半日ほど走ったところで、ミラが声を上げた。
「レイド、左に外れて。三百歩くらい北に、何かあるよ」
「何かって?」
「『残留怨嗟』……強い。……村の跡だと思う」
走る足を止めた。北に逸れると、森の中に開けた場所があった。
また、焼け跡だった。
もう何度目だか分からない。草に埋もれた家の土台、崩れた壁、朽ちた柵。ここも「処分」された村の一つだ。書類にあった七つのうちの、四つ目。
「回収する?」
「ああ、直ぐにやろう」
村の中心に立って、目を閉じた。怨嗟を引き寄せる感覚は慣れた。手を伸ばして、地面に染みた怒りを引き上げる。
――流れ込んできた。
知らない名前が腕に刻まれていく。十五、二十——三十人近い。小さな村だが、怨嗟の密度が濃い。
何年も弔われずに腐っていた怒りが、一気に体の中に注がれていく。
名前が定着し終わったとき、体の奥で何かが弾けた。
前にもあった——ホルン村のとき、アンロックスキルが開きかけた感覚。今回はそれが更に進んで、もう一段深い場所で何かが回った。
「ミラ」
「うん、読んでるよ……あ、これ」
「どうした?」
「読める範囲のアンロック――その最後の一つが、開いた」
「それ……読めるか?」
「読める……スキル、《殺気浸蝕》」
「《殺気浸蝕》?」
「対象に殺気を流し込んで、内側から蝕むスキル。《殺気縛鎖》は外から縛るけど、これは中に入る。体の中を殺気で侵食して、防御も鎧も関係なく、中身を壊す」
防御も鎧も関係なく、中身を壊す。
「《殺気強圧》は?」
「しきい値、また上がってる。もう一段吸ったら、Ⅲに届くかも。今回はまだⅡの範囲内だけど、上限に近い」
まだⅡ……でもあと一つか二つ吸えばⅢ、そして分かる範囲のスキルが全部開いた。
「色々と試したいことはあるけど、行くぞ――人間が来てる」
「うん」
◇
境界付近の丘陵地帯に出ると、東から土煙が見えた。
「来たね」
ミラは目を細めた。
「百二十人前後――歩兵が八十、弓兵が二十、騎馬が十。そして……白い鎧が五。聖騎士だ」
聖騎士が五人。ローランの部隊とは別の隊。等級Ⅲが五人もいれば、普通のモンスターの集落なら壊滅する規模だ。
「ニクス、こいつらは何で来た。俺を狙ってるのか」
「いや、たぶん違う。人間はもともと、定期的にモンスター領域に遠征してくるんだよ。集落を潰して、同胞を捕獲して、領域を削り取る。ホルデの依頼の半分はそれへの対処。今に始まったことじゃない」
「じゃあ、俺とは関係ないのか」
「関係なくはない。規模が普段より大きいし、聖騎士まで投入してる。たぶんイグナスが、魔人がこっちで力を蓄える前にモンスターの集落を潰しておこうって判断したんだと思う。レイドの居場所を特定したんじゃなくて、境界沿いを広く圧迫してるのかな」
なるほど。俺を直接狙ったわけじゃないが、だからって俺にとって無関係な話じゃない。
「ニクス、作戦は?」
「変えないよ。レイドとガルムが正面から突っ込んで、歩兵と弓兵を蹴散らす。インセクト系が側面から騎馬を引きずり倒す。聖騎士はレイドが引き受けて。ぼくらじゃ聖属性に対抗できない」
「了解」
「あと、ワーム系に一つ仕込みをさせてある。合図したら地面が割れるから、そこにいないように」
「お前の合図で俺が落ちたら笑えないぞ」
「大丈夫、レイドの位置はミラが見てるから」
丘の向こうに、人間の隊列が見えた。
銀色の鎧の列、その中に混じる白い鎧。旗を掲げている。王国の紋章だ。
「モンスターの領域に踏み込んできた、か」
そう呟くと、怒りが湧き上がってきた。
こいつらは俺たちの領域に攻めてきた。……同胞の住む場所を潰しに来た。フェルン村を焼いたのと同じ奴らだ、俺のやることは変わらない。
全員殺すために、立ち上がった。丘の上に、姿を晒した。
向こうの隊列がざわめいた。こっちを見ている。
「あいつだ! 人型のモンスター……『魔人』!!」
「報告通りの特徴……全身の刻印!!」
「討伐対象確認! 全軍、戦闘態勢!!」
「伝令を走らせろ!! 至急、王国に『魔人』の所在を――」
《スラッシュ》で、伝令係と指揮を飛ばす男の首を跳ねた。
何言ってるんだ? 行かせるわけないだろ。
お前たちは全員、ここで殺されるんだよ。
「……撃て……総員、撃てええええええぇ!!!」
「「「オオオオオオオオオオオォ!!!」」」
それが引き金なって、いよいよ戦いが始まった。
まず弓兵が弓を引いた。歩兵は盾を構えた。騎馬は剣を抜いた。百二十人の人間共が、一斉に俺に向かって殺意を向けてくる。
だが――足りない。
「ガルム」
「おう!」
「行くぞ――皆殺しだ」
ダッと、一気に丘を駆け下りた。
――直ぐに矢が飛んできた。二十本、三十本。全部、俺の肌で折れた。ガルムの皮膚でも弾かれた。ゴーレム系の石の体にも刺さらなかった。アーチャークラスのスキルだろうが、矢が効く相手は、この部隊にはいない。
「効かねえ! スキル《アローショット》が効かねえぞ!」
「歩兵、前に出ろ! 急いで盾を——!!」
「スキル——《スラッシュ》」
右腕に怨嗟を集中させた。さっき訓練した、局所強化。
全開じゃない、右腕だけに絞った一撃。
――振った。
「が……っ!!?」
その瞬間に、盾の列が消し飛んだ。盾ごと、盾の後ろの兵ごと、その後ろにいた弓兵ごと。斬撃が地面を抉りながら百歩先まで走って、通り道にいた人間を上と下に分けた。二十人近くが一振りで散らばった。地面に赤い川ができている。きたねえ水路だ。
まあでも、局所強化でこれか。全開なら、何が起きるか分からないな。
「ひっ——化け物!! 化け物……来るなぁ!!!」
「おい、逃げるな!! 隊列を保てぇ!!!」
逃げ惑う人間共に、ガルムが左翼から突っ込んだ。走り抜けるだけで歩兵が吹き飛ぶ。掴んだ兵の脳天を地面にガリガリと引きずり回して、叩きつけて、鎧ごと潰した。バチャッ! と、赤い染みが草原に広がる。
側面からは、インセクト系の甲虫モンスターが騎馬に食いついていた。六本の脚で馬の足を掴んで引き倒し、落馬した騎士を甲殻で押し潰す。ブチュッ、ブチャッ、断末魔と混ざっていい音を奏でている。馬は暴れて逃げ出して、隊列が崩れた。
まあ、馬はいいか。動物だし、殺す必要はないだろう。
そうして逃げ出す人間を、《スラッシュ》で木っ端みじんにしながら眺めていることしばらく――結局の所、一分もかからなかった。百二十人のうち、歩兵と弓兵はもう壊滅している。
立っているのは騎馬の残りと——
「来たか……聖騎士」
五人の白い鎧が、崩壊した隊列の中を悠然と歩いてきた。
周りの兵が死んでいるのに、動揺がない。こいつらだけ、別格の存在か。
「各員、聖陣を——!」
「バカか、組ませるわけないだろ。――《殺気縛鎖》」
五人に俺の殺気を飛ばした。
三人は膝をついて硬直した。一人は弾いた——聖属性の防御で殺気を蹴散らしている。残りの一人は、聖属性を纏って《殺気縛鎖》を弾き返した。
三人しか縛れなかった。聖騎士相手だと、殺気系のスキルが減衰するのか。
「聖陣!!」
縛れなかった二人が聖陣を張った。
白い光が二人の間を走って、俺に向かって収束する。ローランのときと同じ——聖属性集中攻撃。
「スキル——《ホーリーセイバー》!!」
先頭の聖騎士が光の剣を振った。鬱陶しい白い斬撃が飛んでくる。
真っ正面から受けたが——温い。
ローランの聖陣を喰らったときは、普通に痛かった。でも、怨嗟を吸収したことで、《殺気強圧Ⅱ》のしきい値が上がっている。四つ目の村の怨嗟が効いている。
「嘘だろ……聖陣による一撃が通じてない……!?」
「前は痛かったんだがな……今回は、この程度か」
もう用済みだ、全員殺そう。
俺は一歩前に踏み込んだ――右腕に局所強化。
怨嗟を右腕だけに集中させて、練習用の剣を振り上げる。
「スキル——《スラッシュ》」
「あ……がぁ……っ!!?」
聖騎士の聖陣ごと斬り裂いた。白い光の壁が砕けて、後ろにいた聖騎士の鎧が胸から裂けた。中身が飛び散って、白い鎧が赤く染まる。
もう一人の聖騎士は、悲鳴を上げて後退した。
「ま、待て、待て待て待て待て! 俺たちは、王国の正義のために戦っていて——!」
そう言えばだが、新しいスキルがあるんだった。
《殺気浸蝕》――ちょうどいい、こいつで試そう。
俺は手を伸ばして、逃げようとした聖騎士の顔面に触れた。
「ぎ……っ!?」
殺気を、流し込んだ。
それと同時に、聖騎士の体が激しく痙攣し出した。
鎧の隙間から黒いモヤが漏れ出して、中の人間が内側から壊されていく。口から血が溢れて、目が裏返って、白い鎧の中でぐちゃぐちゃに崩れた。
外傷なし――鎧も無傷。でも、中身だけが全部、全部潰れている。
「ねえレイド、今のが新しいスキル?」
「ああ、スキル《殺気浸蝕》――触れた相手の中に殺気を流し込む。防御も鎧も関係ない。中身を直接破壊する」
「……えげつないね」
「こいつらのやってきたことを思うと、そうでもないぞ」
「確かに。正しい報いだね」
「そういうことだ」
《殺気縛鎖》で動けない三人の聖騎士が、まだ地面に膝をついている。目だけが動いて、俺を見ている。恐怖で涙が流れていた。
「レイド、この人間たちはどうする?」
「もう伝令係も必要ないしな。さっさと殺そう、時間の無駄だ」
「……っ!!!」
聖騎士たちが目で何かを――まあ、命乞いか。を訴えてきたけど、俺が聞く耳を持つわけがない。
「スキル——《殺気浸蝕》」
三人に順番に触れた。一人ずつ、中身を壊していく。見た目は全然変わってないのに、まず臓器が破壊されて、心臓がぐちゃぐちゃになって、骨という骨がひしゃげ折られて、血管が破裂して死ぬ。
さてと……これで百二十人、全滅だ。
「ニクス、終わったよ」
「うん……百二十人全員の死亡を確認。こちらの被害はゼロ」
被害ゼロ。百二十人の討伐遠征隊を、被害ゼロで殲滅した。
「……ね、レイド」
「何だ、ミラ?」
「強くなってるよ。確実に」
ミラの声が、わくわくと聞こえてきそうなほど嬉しそうだった。
強くなってる――そうだな。
局所強化で聖騎士を圧倒して、新しいスキルで内側から壊した。前のローラン戦とは段違いだ。
でも、まだ足りない。あの勇者には、まだまだ届かない。
「次の村を探そう。あと三つ残ってる。全部回収する」
「そうこなくっちゃね、レイドは」
「嬉しそうだな」
「だって、わたしの未来の旦那様でしょ?」
「いや……だから、まだそういう関係になるつもりは……」
「あ、今『まだ』って言ったね」
「……行くぞ、ミラ」
「あー、ごまかしちゃうんだぁー!」
俺はご機嫌にスキップするミラを傍目に歩き出した。
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▼ レイド ― ステータス
【種族】魔人
【等級】測定不能
【名前】————(表示不可)
【クラス】剣士(残留思念)/???
◇ 剣士系スキル(残留思念)
《スラッシュ》……斬撃(初級)
《スラスト》……突き(初級)
《スイープ》……全方位一掃(初級)
《ラッシュ》……連撃(初級)
※ 出力は固有スキル《殺気爆発》の影響により最上位級
◇ 固有スキル
《殺気強圧Ⅱ》……常時発動スキル。一定以下の攻撃を無効化、一定以上の攻撃を低減
《殺気爆発》……バフスキル。全ステータス、魔力、スキル威力を大幅増加(局所強化の制御を習得)
《殺気縛鎖》……対象指定の拘束スキル。射程内の対象の身体の自由を長時間奪う。自然解除なし(複数対象可・消耗あり)
《殺気浸蝕》……接触型の侵食スキル。触れた対象の内部に殺気を流し込み、防御を無視して内側から破壊する
(他、数個の不明スキルあり)
※四つ目の処分済み村の怨嗟を吸収。《殺気浸蝕》が開放。《殺気強圧Ⅱ》のしきい値がさらに上昇(聖陣の一撃が「温い」レベルに低減)。《殺気爆発》の局所強化を使用可能に。王国の討伐遠征隊120人を被害ゼロで殲滅完了。
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