俺の枷《ギアス》は何だ
戦いの翌朝、集落は騒がしかった。
百二十人の遠征隊を被害ゼロで殲滅した話が、怪鳥種の伝令で森中に飛んでいる。ニクスが情報を流す速度は相変わらず異常で、昨夜のうちに三つの集落に戦果が届いたらしい。
「レイド、南の集落と西の集落から使者が来てるよ」
「使者?」
「あなたに会いたいって。百二十人の人間を……しかも聖騎士を五人、あっさり叩き潰した魔人に、興味があるんだって」
向こうから来た……ニクスが言ってた通りだ。名前を売れば、集落の方から近づいてくる。
使者は二体。南からはスケイル系の長身の個体で、直立した蛇みたいな見た目だった。西からはプラント系の樹人型で、体の半分が苔に覆われている。
「あなたが『魔人』か……話は聞いている。我々の集落も、人間の侵攻に苦しんでいる。手を組めるなら、是非とも組みたい」
蛇型のスケイル系が言った。おっさんみたいな渋い声だ。
「大丈夫、俺には拒む理由がない。詳しいことは、ニクスと詰めてくれ」
「了解した」
あっさり終わった。人間の外交みたいな腹の探り合いがない。必要だから組む、利害が一致するから手を結ぶ。モンスターの世界はシンプルでいい。
これで五つの集落が繋がった。
◇
午後になって、集落の外の岩場に座った。ミラも自然と隣に座った。
「ねえ、レイド。考え事?」
「ああ……枷のことを考えてる」
「お、いいね」
「勇者の銘には枷がある。『人類を脅かす存在と対峙するとき』。条件があるから、あの範囲内で世界のルールが味方する。俺にも枷が要る。でも、俺の枷が何なのかは分からない」
「……それ、自分で見つけないと意味がないんだよね」
「分かってる。でも手がかりがない」
「手がかりならあるよ。レイドの体に」
ミラが俺の腕を指差した。刻印だ。赤く脈打つ名前の群れ。四つの村の全員の名前が、俺の体を覆っている。
「これが銘の原型だって、前に言ったよね。この名前たちが、レイドの力の根源。じゃあ聞くけど——この名前は、レイドにとって何なの?」
「何って……殺された人たちの名前だ」
「それだけ?」
「……怒りだ。全員の怒りが、俺の中で燃えてる」
「うん。じゃあ、レイドは何のために戦ってるの?」
「フィーネを取り返すため。あいつらを殺すため」
「それを分けて」
「……分ける?」
「フィーネを取り返すのと、あいつらを殺すのは、別の力でしょ? 片方は守る力、片方は壊す力。レイドの核はその二つが溶け合ってるから魔人になれた。でも枷は、もっと狭くないといけない」
守ると壊す。フィーネを守りたい気持ちと、王国を壊したい怒りと。確かに二つある。
「どっちかを選べって言ってるのか」
「ううん。選ぶんじゃなくて、定義するの。『俺はこういう存在だ』って。その定義が枷になる。定義が狭ければ狭いほど、その範囲内で強くなる」
「……まだ分からない」
「すぐには分からないと思う。でもね、レイド。一つだけ言えることがある」
「何だ?」
「枷は嘘をつけないの。自分を偽った定義は銘にならない。レイドが本当に何者なのか——それが枷になる。だから今は考えるだけでいい。答えが出るのは、たぶん、本当に必要なとき」
本当に必要なとき……。
腕の名前を見た。マグ、ゴルド、ラッツ。みんなの名前が、いつか俺の銘の真価になる。でもそれがどんな形になるのかは、まだ見えない。
「……なあ、ミラ」
「何?」
「昨日の戦いで、人間を百二十人殺した」
「うん」
「俺が魔人になってから殺した人間は、もう数えきれない。騎士、兵士、聖騎士――何百人だ。でもさ、未だに慣れないんだよ」
「……慣れないの? それって、もしかして、まだ――」
「違う、優しさじゃない、後悔でもない。そういう意味での慣れないじゃなくて、むしろ……殺すたびに、腕の名前が熱くなる。こいつらの怒りが俺を動かしてる。俺一人の怒りだったら、とっくに慣れてたと思う。でも、この刻印は全員の怒りだから。何百人分の『許さない』が、毎回燃えるんだ」
「……」
「だから枷は、たぶんそこにある。この名前たちと、俺の関係の中に」
「……ねえ、レイド。わたしはモンスターだから、人間の怒りとか悲しみとか、完全には分からない。でもレイドが名前を見るたびに、顔が変わるのは分かるよ。あれは確かに、慣れてない顔だって」
「……ああ」
「慣れなくていいと思う。慣れたら、たぶん枷は見つからないから」
慣れたら見つからない。つまり、この痛みが俺の枷に繋がっている。
「……ありがとう、ミラ」
「珍しいね、お礼なんて」
「魔人だって、たまには言うさ」
「ふふっ。じゃあ、もう少しだけこうしてていい?」
「……好きにしてくれ」
ミラが肩にもたれかかった。ほんのりと温かい体温が、いつものように伝わってくる。
枷はまだ見えない。でも、どこにあるかは分かった気がする。この腕の名前と、この胸の中の怒りの、境界線の上に。
見つけるまで、止まらない。




