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壊滅の魔人 ~最後の一人まで、俺は人間を殺し続ける~  作者: ぶらっくそーど


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触らないと読めないから


 仲間が増えると、面倒なことも増える。


 ニクスは朝から晩まで喋り続けている。伝令路の整備、食料の分配、集落間の交渉。八本指で書き物をしながら、口では別の話をして、耳では報告を聞いている。こいつの頭の中はどうなってるんだ。


 ガルムは何か食べるか寝るかの二択しかない。巨体が集落の通路を塞いで、インセクト系の甲虫型が迂回させられていた。本人は気づいていない。


「レイド、午後の方針なんだけど」


「レイド、腹減った。何か食えるもんないか」


「レイド、南の集落への使者の人選を——」


「レイド、あっちに美味そうな人間がいたんだけど食っていいか」


「……」


 ミラは俺の隣で、小さくため息をついた。


「……忙しいね、レイド」


「ああ、忙しいな」


「最近、全然話してないよね。わたしたち」


 言われてやっと気づいた。確かに、ニクスが来てから俺の時間の大半がニクスとの打ち合わせとガルムの世話に取られていて、ミラと二人で話す時間がほとんどなくなっている。


「……悪い。少しだけ二人になるか」


「うん、ちょっとだけ」


 ニクスとガルムを置いて、集落の外の森に出た。



    ◇



「ふう……静かだ」


「でしょ? ニクスの声が聞こえない場所って、こんなに静かなんだよ」


 岩場に二人で腰を下ろした。森の中で、周りにはモンスターの気配だけがある。


「ねえ、レイド」


「何だ?」


「《殺気爆発》、もう少し上手く使えるようになりたいって言ってたでしょ。練習しない?」


「練習って、どうやるんだ?」


「わたしが刻印を読みながら、レイドが《殺気爆発》を出したり引いたりしてみるの。要するに、出力の調整。今は、全開か全閉しかないでしょ? あの勇者とまた戦うなら、加減ができないと持たないよ」


 確かに……勇者との戦いでは一回だけ殺気爆発を意識的に発動して、あとは力尽きかけた。オンとオフしかない。出力を絞ったり、部分的に発動したりする制御が必要だ。


「やってみよう」


「じゃあ、ちょっと失礼するね」


 ミラが俺の正面に来て、外套の前を開いた。


「……何してるんだ?」


「刻印を直接見ないと読めないの。服の上からじゃ、怨嗟の流れが分からない」


「いや、それは分かるけど……いきなり脱がすなよ」


「脱がしてないよ、開けただけ。……あ、レイドが恥ずかしいなら目を瞑ろうか?」


「お前が瞑ってどうするんだ。読めなくなるだろ」


「ふふっ、冗談だよ。じゃあ、始めるね」


 ミラの手が俺の胸に触れた。細い指で、赤く脈打つ名前の上をゆっくりなぞっていく。


「《殺気爆発》を、ほんの少しだけ出してみて。全力じゃなくて、一割くらい」


「一割って……加減が分からないんだが」


「じゃあ、体の中で怨嗟が燃えてるのを感じるでしょ? その炎を大きくするんじゃなくて、一箇所に集める感じ。右腕だけに集めてみて」


 目を閉じて、体の中に集中した。


 怨嗟の力が、常に漏出している……これを意識して、右腕だけに——


 とそう思った時、ミラの指が胸から腹に移動した。


「っ——おい」


「刻印の流れを追ってるだけだよ。……あ、今の。右腕に集まりかけた。もうちょっと」


「お前の手が動くと、集中できないんだが……」


「えー、わたしのせい?」


 わざとだろ。絶対わざとだ。


 もう一度集中した。右腕に怨嗟を集める。腕の刻印が強く光り始めた。


「あ、来た来た。右腕だけ出力が上がってる。やればできるじゃん」


「……できたのか」


「できた。今の感覚を覚えて。全身に流すと《殺気爆発》の全開、部分的に流すと局所強化。使い分けられるようになったら、全開にしなくても戦える」


 なるほど……局所強化か。右腕だけに集中すれば、《スラッシュ》一振りの火力を全開時に近づけられて、体への負担が全開より軽い。


「もう一回やってみて。今度は、左腕で」


「……お前の手、そこに置く必要あるか?」


「ある」


「嘘だろ」


「嘘じゃないよ。触れてた方が怨嗟の流れが読みやすいの。嫌?」


「嫌とは言ってないけど」


「じゃあいいでしょ」


 ミラの手が左の脇腹に移動した……くすぐったい。前も背中を触られたときにくすぐったかったが、今回は腹だから余計にたちが悪い。


「レイド、力が分散してる。くすぐったいのは分かるけど、集中して」


「お前が触るからだろ」


「触らないと読めないって言ったでしょ」


 やっぱりわざとだ。



    ◇



 しばらく訓練を続けて、右腕と左腕にそれぞれ怨嗟を集中させる感覚は掴めた。まだ不安定だが、全開と全閉の間に「中間」があることが分かった。これは大きい。


「けっこうやったな……そろそろ、休憩しよう」


 岩に並んで座ると、ミラが俺の肩にもたれかかってきた。もう慣れた——と言いたいが、毎回少しだけ心拍が上がるのは事実だ。


「ねえ、レイド」


「何だ?」


「ニクスに聞かれたんだよね。わたしとレイドの関係」


「……何て答えたんだ」


「バディだって言った。同胞だって」


「合ってるだろ」


「合ってるけどさ。ニクスが変な顔してた。『バディにしては距離が近いね』って」


「あいつに言われたくないな。ニクスの方がよっぽどべったり張り付いてくるだろ」


「それは仕事でしょ。わたしのは……仕事じゃないから」


 今の言葉……どういう意味なのか聞き返そうとしたら、ミラが目を合わせてきた。


 心拍数が、またひとつ早くなる。


「ねえ、レイド――前に聞いた()()の話、まだ考えてくれてないの?」


「……その話、まだ続いてたのか」


「わたし、()()()()()()って言ったでしょ。三百年は待てるよ」


「三百年も待つな」


「じゃあ、もっと早く答えてよ」


「……」


「……冗談、半分くらいは。……ねえ、レイド」


「……何だよ」


「にいさんが迎えに来る、ってフィーネが言ってたの、覚えてる?」


「ああ……忘れるわけがない」


「フィーネを取り返したら、あの子はどうなるの? レイドと一緒にモンスター側で暮らすの? それとも人間の世界に返すの?」


 考えたことがなかった。取り返すことだけ考えていて、その先を考えていなかった。


「……分からない」


「うん、分からないよね。でもいつか考えないといけないよ。フィーネは人間だから」


「……」


「わたしも、その時どうなるか分からないし。レイドがフィーネと一緒に人間の世界に戻ったら、わたしはここに残るしかないし」


「……ミラ」


「ごめん、変な話した。忘れて」


「忘れない。お前を置いていくつもりはない」


 口から出た言葉に、自分で驚いた。ミラが顔を上げて、俺を見た。


「……本気?」


「知らない。ただ……俺の気持ちを、そのまま言っただけだ」


「……ふうん」


 ミラは俺の胸に顔を埋めた。声が少しだけ震えていたような気がしたが、確かめなかった。


「……あったかい」


「前も言ってたな、それ」


「何回でも言うよ。……あったかいの、好きだから」


 ミラは俺の体をぎゅっと抱きしめた。体と体が、密着する。……ふにゅんと、小さくも柔らかい感触を感じる。離せと言いたかったけど、この空気でそんなことを言うほど俺も無粋な魔人じゃない。


 しばらく、何も言わずに座っていた。



    ◇



 集落に戻ると、ニクスが走ってきた。


「レイド! 大変だ!」


「どうしたんだ?」


「エイヴィアン系――怪鳥種の偵察から急報が入った! 人間の軍が来る……東の境界を超えて、モンスター領域に入ってきてる!」


「人間の軍……規模は?」


「百人以上。しかも、白い鎧の連中が混じってる。聖騎士だ!」


 聖騎士――属性を持つ、等級Ⅲの精鋭クラス。ローランの部隊とは別の隊が、モンスター領域に討伐遠征をしかけてきたか。


「方角は?」


「東から。……このまま来たら、三日以内にうちの集落に届く!」


 ミラが俺の肩から離れた。さっきまでの空気が一瞬で消えて、あの冷静な顔つきに戻ってる。


「レイド」


「ああ、分かってる」


 練習用の剣を握り直した。


 右腕に怨嗟を集中させる感覚を思い出す――さっき掴んだ制御。局所強化。


「ニクス、迎撃の準備だ。こっちから出る」


「了解。編成は?」


「全戦力、ただし集落の防衛に半分残せ。俺とガルムが前に出る――お前は後方で指揮しろ」


「聖騎士がいるよ。前回みたいに楽じゃない」


「知ってる。だから俺が行く」


 フィーネを待たせている間に、こっちで負けるわけにはいかない。


 来るなら来い――叩き潰してやる。


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