3.社畜は書類整理が得意なんです
この国へ来て一月。王太子付きの侍女になり数日。
監視と安全目的とはいえ、侍女として仕事を与えられたからには、期待以上の成果を出さなければならない。
朝は鳥が鳴く前に起き、薄暗い城内を蝋燭も持たずに淡々と床や窓を磨き上げる。食事は、みんなが食べ終わってから残ったものを頂き、休むことは許されず、水すら飲まずに働き続ける。──というのを就任初日にやらかし、案の定ディルクに呼び出された。
「貴方は侍女を奴隷だと?」
苦りきった顔で迫られた。
どうやら、早朝の薄暗い中で窓拭きをしていたところを偶然年配の使用人が目にしたらしく、ぼんやり浮かび上がった影に驚き飛び退いてしまった。その拍子に思いきり床に腰を打ち付け、動けなくなってしまったらしい。
料理長からは、人数分の温かい食事を用意してあるにも関わらず、冷めきった残り物を食べるのは料理人を侮辱していると言われ。侍女頭からは、他の子達の仕事が無くなると、方々から苦情があったらしい。
「貴方がこれまでどんな環境で過ごしてきたのかは知りませんが、ここにはここのルールがあるんです」
「すみません…」
この程度、私にとっては日常なのだが、やはり見る人によっては異常に見えるらしい。感覚が麻痺していて、普通が分からない。
「まあまあ、シャリーも悪気があった訳じゃないだろう。分からなければこれから知ればいいだけだ」
詰め寄るディルクを諭すようにマティアスが声をかけてくれたが「殿下は甘すぎます」とキツイ一言。
「分からない事を責めるだけでは、理由が分からないままだろ」
「それはそうですが……」
言い負かされる形になったディルクは、否応なしに納得させられた。
「君はまず、"普通"を学ばないといけないな」
***
マティアスの提言により、普通とはどういうものか体験する事になった。
まず、朝は朝日が昇ってからベッドを出る事。仕事の開始は朝食を食べてから。マティアス付きの侍女なので、他の仕事を受け持つのは禁止と言われた。
じゃあ、何をすればいいのかと訊ねると
「僕がお願いした時にだけ、お茶を淹れてくれればいい」
「ん?」
「目に付く範囲なら自由にしてくれて構わない」
「……」
いくら世間知らずだと言っても、お茶を淹れるだけが仕事だと言える訳がないことぐらいは分かる。
「王太子付きの侍女ってのはこんなもんだぞ?」
「……」
何食わぬ顔で言われたが、絶対ウソだ。だって、ディルクの表情が見たことない顔になってる。
大体、お茶汲みだけなんて窓際社員の成れの果てじゃん。いくらなんでも酷すぎる。
すぐさま抗議しようと、マティアスの側へ寄った。ふと、机の上にある書類が目に入る。
要望書や資源の管理書、国の財税や外交関係等の書類が、雑然となって積み上げられていた。
「え、何これ……」
「あぁ、すまない。少し立て込んでいてな」
「少し…?」
業務過多に見えるが?国を担う者ならばこれぐらいは普通なのだろうか…?正直、比べるものがないから分からないが、私が気になっているのは量じゃない。
この分類されずに、ただ山積みにされている紙の束が問題なのだ。
情報や種類がバラバラ。基準となる数字が迷子になってるから、比率が出せずに時間がかかる。
(効率が悪すぎる)
前世の経験が疼いて、ひっっっじょうに気持ちが悪い。
「ちょっとすみません。5分で終わらせるんで、一旦退いてもらっていいですか?」
マティアスを椅子から立たせ、一枚一枚書類を手際よく仕分けしていく。ブランクを感じさせない隙のない動きに、マティアスとディルクは唖然としていた。
「シャリー!貴方、なにをしているんです!?」
我に返ったディルクが口を挟んできたが、今更止めれるはずもない。
「すぐ片付くんで、その場で大人しくしてて下さい。……くれぐれも、手を出さないように」
自分のテリトリーを守る猫のように鋭い眼光で威嚇すると、気迫に押されたのかディルクが大人しくなった。これ幸いとばかりに手を動かし続けた。
マティアスの方は、見る見る片付いていく書類の山を、感心するように眺めるばかりで口は出して来ない。
そうして、五分後……私はやりきった。
「ほぉ…」
「これは」
綺麗に区別された書類を見た二人は、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
「なるほど、これは見やすくていいな」
「貴方にこんな特技があったなんて……」
今までは『やって当然』『やれて当然』だったので、褒められる事もなければ感謝された事もない。なので、目の前でこんなに喜ばれたり、評価されたりするとどう反応していいのか対応に困る。
(なんか、むず痒いな)
妙な気分だし、照れ臭さはあるが、悪い気はしない。
「ん?これはなんだ?」
マティアスが目にしているのは、他の元に混ざらないように机の端に避けてあった騎士団の決算報告書。
「あぁ、それなんですが、よく見てもらえますか?支出の額がおかしいんです」
「ん?」
騎士団は国を護る砦。その為、十分な予算が組まれている。素人が見ても余るほどの金額だと思うが、一昨年頃から、その支出に妙な動きがある。
内政に関わるつもりはなかったし、この国の事知らないので杞憂かもしれないが、ブラック企業勤めだった私の勘が警告している。お節介と思いつつ口を出してしまった。
マティアスとディルクは何度も見返し、険しい顔をしながら首を傾げていた。
「この短時間にこれを見つけたのか?」
マティアスは驚きが隠せないようだったが、ディルクは割と落ち着いている様子。
「しかし、あのアルベルトが見落とすでしょうか」
「我々でも気付かなかったのだ。ヤツも気付けなかったのだろう。……はたまた、知った上で見過ごしていたのか……どちらにせよ、確認しないことにはどうしようもないな」
表情を引き締め、睨みつけるように真剣な眼差しで言い返した。




