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冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します  作者: 甘寧


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2.彼女は聖女じゃない

 城の中が眠りにつく頃、マティアスは蝋燭の灯りの下で書類に目を通していた。


 コンコン……


「失礼します」


 軽いノックと共に入って来たのは、ディルクだった。

 お茶の入ったカップを目の前に置くと、黙ったままマティアスを見た。


「……なんだ?」

「エルヴマ国から聖女が逃げ出したようです」

「そのようだな」


 昨日、耳に入った一報。

 マティアスは他人事ように返事を返し、視線すら上げようとしない。


「あの娘によく似た聖女ですが……これは偶然でしょうか?」


 手配書として送られてきた姿絵は、先日マティアスが助けた娘、シャリーと瓜二つだった。と言うか、本人そのもの。見間違える方がおかしいレベルだ。


「自分に似た者は世界に三人いるらしいぞ」

「殿下!」


 なおも誤魔化そうとするマティアスに、ディルクが堪らず声を張り上げた。


 このままあの娘を匿えば、国同士の問題になり得るやもしれない。相手は悪評高いエルヴマ国だ。あの手この手で因縁を付けて来るに違いない。


(シャリーには申し訳ありませんが、早めに手を打たなければ)


 顰めた顔で今後の対応について考え込んでいると、蝋燭の火が激しく揺れ動いた。顔を上げてみると、ジッと睨みつけるマティアスと目が合った。


「ディルク、余計な詮索は止めろ。彼女に手を出したら、流石のお前でも容赦しないぞ」


 柔らかな火を映す瞳は恐ろしい程に美しいが、確実に怒気を含んでいる。


(あの娘の何処をそんなに気に入っているのか……)


 言葉にはしないが、不満は顔に滲んでいる。


「お前も見ただろ?ここへ運んできた時の彼女の姿を」


 マティアスがシャリーを抱えた時、まずその身体の軽さに驚いた。顔はやつれ、顔色は酷く悪かった。目の下には色濃く付いた隈が、彼女が受けてきた仕打ちを物語っているようだった。


(今も変わらぬ扱いを受けてきたのか……あんなにも脆い体で……)


 そう思うに至るには、ちゃんとした理由があった。


 実は一度だけ、彼女を目にした事がある。


 あれは一昨年、数年に一度開かれる国際会議の開催地がエルヴマ国だった。エルヴマの国王は聖女を装飾品のように側に置き、得意げに見せつけていた。その聖女というのが彼女だった。


 顔色は青白く、生気を失った瞳からは感情すらも消えているように感じた。人形のように主人の元に置かれ、黙ったままジッと動かない。


 同情するには十分すぎる扱いだった。


 数時間後。会議を終え、続々と席を立ちその場を後にしていく他国の王達。僕は一番最後に席を立った。

 広間を出た瞬間、パーン!と頬を打つ音が響き渡った。慌てて扉を閉めようとする衛兵らの隙間から、彼女が床に倒れているのが見えた。

 国王が何を言っているのかは分からなかったが、理不尽に怒鳴られていることだけは分かった。


 地面に頭を擦り付ける彼女の頭に足を乗せ、更に怒鳴りつける国王を見て、初めて殺意と言うものが芽生えた。


 国へ戻ってきた僕は、秘密裏に彼女の事を調べ、どうにか助けられないか策を練っていた。


 ()()()も、安全に気付かれることなく完璧に逃げ切れるよう、逃走経路を調べに国境付近まで出向いた矢先、崖下で倒れている彼女を見つけた。


 すぐに駆け寄り、真っ先に息がある事を確かめた。幸いな事に息はあり、骨も折れていないようだった。


 ──とはいえ、重傷には変わりない。


 今まで酷い目に合ってきたのだ。心身共にゆっくり休める環境を整えたはずだったが、彼女は傷が癒えてくると、自分の居場所を求めるように仕事を要求して来た。


 何度も侍女を泣かしているので、遂には「どうにかしてくれ」と侍女頭から苦言を呈されてしまった。


 まず、彼女を手放すという選択肢はなかった。そうなると、残されるのは一つのみ。


 そこで、彼女に『王太子付きの侍女』と言う職を用意した。当然、ディルクからは反感を貰うのは想定していたが、彼女からも貰うとは想定外だった。


 ()()()()()理由を付けて、なんとか引き止める事が出来た。


「彼女自身が聖女でないと言っているんだ。それ以上の理由はないだろ?」


 彼女を冷遇し、道具のように扱う奴らの元には帰さない。


「……知りませんよ?」

「周りを黙らせる事には慣れてる」


 覚悟は出来ていると言わんばかりの清々しい表情だった。


 これには、ディルクも呆れたように息を吐いた。


(まったく、我が主は…)


 この人の事だ。最初から(はら)は決まっていたのだろう。


「私がクビになったら、退職金は奮発して下さいね」

「任せておけ。生涯暮らせる分はくれてやる」


 軽口を叩きながら、空になったカップに茶を注ぎ入れた。

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