ここが居場所(朗読用)主人公:女性
主人公:女性
男性が読んでも構いません
帰りが遅くなってしまった。
あと少しで、帰宅ラッシュの夫と待合せられるから待って居よう。
帰る前に一緒にイルミネーション見て帰ろう。
夫にメッセージを送り駅の西口の脇で待つことにした。
思いのほかもう寒いんだ。
クリーニングに出していたロングコートを、すぐに出せるようにしなくっちゃ。
そんなことを思いながら、白い息と共に踵を上げ下げする様に体を動かす。
繁華街に向かうだろう男性の二人の笑い声が聞こえた。
うち一人の耳にあるシルバーのフープピアス。
彼のピアスが闇の中に浮かび上がる。
動きに合わせるようにシルバーが尾ひれを付けるように糸を引いた。
シルバーのピアス。
ふと白いテーブルに合鍵と共に置かれた、ピアスを思い出す。
うら寒い暗い部屋。テーブルの上で鍵とピアスが鈍く浮かび上がっていた。
左耳のピアスが似合うあの恋人と出会ったのは、学生時代。
冬の入口に出逢い、一瞬で激しい恋に落ちた。
何にも代えがたいほど、すぐにお互い夢中になった。
それほど私たちには磁力が存在したのだ。
恋に落ちるのは、あんなに簡単だったのに。
お互いの想いが激しすぎたのだろうか。
続けることは、あまりにも大変だった。
火が付いたような喧嘩をして、やはり火が付いたように仲直りのために愛し合う。
二人が社会人になり、すぐに一緒に住んだのがいけなかったのか。
すぐに私たちは、お互いを傷つけ合いボロボロになった。それでも離れられなかった。
強すぎた磁力。反発するなという方が難しかったのかもしれない。
思えば、普段の生活だって大変だったのに。
心が恋人のせいで安定しないだなんて。
なのに彼を無くしてしまう日常の方が、考えられなかった。
出逢った冬の彼の誕生日。私はシルバーのフープピアスをプレゼント。
喜んだ恋人はすぐに目の前で付けていたピアスを外し、付け替えた。
彼の耳にずっと付いていたから、徐々にくすんでいく。
「たまにはきれいに洗ってあげてよ」私が冗談めかして言う。
「外したくない」ベーっと舌を出して、洗いたくないと言った。
「磨くのが面倒なだけでしょう」という私。
「この色でも好きなんだ」そう言って彼はこうも続ける。
「それしか持ってないじゃない?」同僚から揶揄うように言われたという。
「じゃあ尚更、クリーニングに出したりして。その間に他の物、たまには付けたらいいじゃない」
私の提案にやはり恋人は首を横に振る。
「出逢った年の誕生日に貰ったんだもん。外したくなんかないよ」
そんな風に言われてしまえば、私だってもう何も言えなくなってしまう。
少し口を尖らせて「じゃあ、仕方ないね」という私に彼は笑った。
そんなピアスがある日、彼の耳からポロリと落ちた。
「キャッチが悪くなっているのかもしれない」「そうだね。修理に出そうかな」
私たちの声は、少しだけ息をひそめた。
元々、喧嘩が多かった。
今思えばあの日以来、もっと喧嘩が絶えなくなっていった気がする。
彼のピアスを修理に出した年の事だ。
その日休みのはずの彼は、仕事を終えた私を家で待っていてくれるはずだった。
空いているはずの鍵がかかっており、扉を開けて入ると電気は付いていない。
部屋は冷え冷えとしていた。
電気の付いていない部屋。部屋の白テーブルには家の鍵と、綺麗になって戻って来たピアス。
二つの銀色が、私には浮かび上がるように見えた。すぐに二つの輪郭が滲んでいく。
その年の冬は、彼と共にいた時に感じた傷とは全く違う痛みだけが胸を刺した。
あの別れた冬は、心がもぎ取られてしまった。
二度と立ち直れないと思っていたというのに。
あれから冬を重ねるごとに、心はゆっくりとかさぶたを作る。
気付けば心は大きな傷跡だけ残して、生まれ変わっていた。
駅へと走って行く人に驚いて、私は糸を引いていた過去の記憶から舞い戻る。
すぐに改札の方からざわめきを感じた。
駅を覗くと人波に紛れた夫の姿が目に入る。
夫は私を見つけると、周囲より少しだけ歩調を早めた。
「おかえり」と、言いながら私は夫の腕に絡みつく。
「こら」と、照れたような声を出し彼は私の腕から逃れてしまう。
少しだけ頬を膨らませる私が「けち」。
「分かりましたよ」そう言った夫は、黒い薄手の革の手袋をした手をぐーぱーと握ったり開いたり。
私は彼の指に自分の指を絡めるようにする。
「イルミネーション見に行こう」夫の台詞に「うん」と、返事をして一緒に歩きだす。
そう、私の居場所はここ。
暖かい夫の横だ。
ボイストランド、台本置き場にも掲載しています。




