小話 クルージングボート編(前編)
舞台は今から三十数年前のアメリカ、マサチューセッツ州、ボストン。
海岸に面するボストンは、藍色の海にずらりと並ぶ白いマストの奥に聳える街である。堅実な建築様式でどっしりと構えたビル群は、橙色の空に浮かぶ紫色の雲によく映えて、海辺に沈む夕日に当たりさえすれば、煉瓦のように赤く煌めき趣深い情緒を醸し出す。
ボストンはその景観の通り、アメリカの中でも特に古い歴史を持つ都市であり、歴史が積み上げてきた治安の良さでも評価が高い。古き良きアメリカの建物が残る歴史都市としても名高く、海岸と繋がるチャールズ川沿いにおいてはマサチューセッツ工科大学、ケンブリッジ大学、そしてハーバード大学と、世界最高峰の研究施設が整った大学が連なり、学園都市としての権威も誇らせていた。
今回は、そんな瀟洒な街で起こる筈がないと思われていた、そして長く語り継がれることになる「ボストン銃撃事件」について取り上げた物語だ。
***
メープルの紅葉が色とりどりの暖色の影を落とし、心地よい風に揺らめきながら表と裏の色味の違いを鮮やかに見せている。その下では、木の葉を掻き分けながら歩く若者たちがいた。
場所はチャールズ川から二つ通りを隔てたところに建つ、ハーバード大学の一角。足場で囲まれていたキャンパスの工事がようやく終わり、取り払われた白壁は、真新しくも古風な建築様式をそのまま引き継いだ構内へと生まれ変わっていた。
今年、法学部三年生になり、初めてそのキャンパスに通うことになる選りすぐりの学生――、クルージングボード部のメンバーたちは、オレンジ色の葉々の隙間から覗く太陽の光に照り返る目を輝かせ、路外の芝生を横切りながら建物を見渡している。
「うわー! 綺麗だねー!」
「いよいよ、明後日からここで学ぶのか! 楽しみだなー!」
「宿舎から遠くなっちゃったのは、不便だけどね」
「あら、私は近くなってありがたいわよ」
意気揚々とした声を弾かせる中、先頭に経った女子学生が振り返る。流行りのボリューミーヘアの前髪を搔きあげ、円満の笑みで振り返る金髪の女性。正面から受け止める友人たちが一斉に笑顔を開かせる。
「あっ、そっか! ルーシーは今年から実家通いだっけ」
「そ、パパの骨董屋なんだ」
「いーなー。これからは徒歩なんだ。色々とお金も浮くわよね」
「まーね。だから今学期からは、自転車売って新しいボートの足しに使おうかなって」
「あっは! 海岸行くのに自転車が必要でしょうが!」
「あー! 海に行く分には不便になったよね!」
笑うルーシーは、友人たちに取り囲まれながら颯爽とラッパ口のジーンズを履く長い足を振り上げる。校舎の上げ下げ窓からはカセットが流しっぱなしになっており、スパイス・ガールズの「ワナビー」が聞こえ、そのPVのように長い髪を靡かせる女子群の少し後ろでは、男子学生が揃ってポケットに手を突っ込みながら囁いていた。
「ちっ、今年から実家かよ、俺らのマドンナ様。あーあ、宿舎にいる間に付き合えると思ったのに……頭も合わせて操もお固いってか」
「そういや、お前、デート行ってなかったけ? 家まで案内してもらったんだろ?」
「うん、あー、まあ、でも、運悪く親父さんとばったり会っちゃってさ。なんかもう、すっごい剣幕で俺を睨むし、骨董店の長剣の柄も握るような勢いだったからよ。もう参っちまって。あの親父、絶対ただ者じゃねえよお!」
と、言って焦る彼を、温い笑いが覆いつくした。
「それはともかく、あーあー、またハードル高くなっちまったなあ。よしっ、じゃあ次は半年の間に付き合えた奴が全員から十ドルな」
「結婚まで行けたらニ十ドルで」
「ご祝儀かっ!」
男子にままある下世話な会話。しかし、同じ男子でも少し離れたところでは、彼らよりも頭一つ突っ飛出ている黒人の学生が嫌そうに眉を顰めて影を踏み歩く。すると、その隣へと音もなく、短く切りそろえた灰色の髪を靡かせながら青白い肌の学生も並ぶ。
「元気がないな、ウェッブ」
瞳孔が目立つ灰色の瞳を上目遣いにして彼は問いかけた。その男子学生はラフな恰好で練り歩く前の彼らとは異なり、長い足を黒いスラックスで纏い、上質なツイードジャケットの裾を靡かせつつ、痩せた身体を覆い隠すための純白の編み込みニットと、Vネックからはみ出る先の鋭いカットの襟を魅せている。既に読み終えたのであろう幾つもの分厚い法書を下ろした片手に抱え持ち姿勢良く歩く姿は、背後でそよぐメープルと散っていく紅葉の景色に良く映えていた。
「ああ、今学期まで奴らとつるんでいたけど……もう良い加減やめようかなって思ってよ」
一方で、問いかけられた黒人の学生――、ウェッブは彼を見下ろしながら気兼ねなく答え、大きな黒い瞳を夕焼けの空に向けては、気怠そうにため息をついていた。
「宿舎でもどこでも、娯楽の話かガールフレンドの話かそればっか。もう良い加減飽き飽きたぜ。これからのこととか、将来の夢のこととか、俺はもっと真面目なことを語り合いてえんだ。……それが出来るのは今、お前とだけだぜ。アーサー」
ウェッブは隣の青年、アーサーへと目配せる。すると、ほっそりとした頬の輪郭と鼻筋を斜め下にと向けて、うん、と、アーサーは目を伏せて頷くことで答えた。その顔立ちはまだやせ細ったものではなく、生まれつきのそして若々しい透き通った肌を夕焼けに翳し映す。気の置けない親友の答えに、ウェッブは片眉をあげてふっと笑みを零したが、途端に真顔にさせる声が間近に迫った。
「とか言って、お前は何になりたいとか決まっているのか?」
「うわああ!」
咄嗟に振り返れば、また瞳孔の大きな瞳とかっちりと合う。日焼けした肌にバネのある黒髪を掻きあげた、ウェッブと謙遜しない上背を持つ丹精な顔立ちの男。こちらも紺色のお揃いコーデに身に纏っているが、ぐんと前めのりに顔を突き出す猫背から、アーサーに比べて粗雑なところがまだ隠されていない。
「び、びびったー! ダブルエー!」
慌ててのぞけったウェッブを鼻で嗤い、馴染みの愛称で呼ばれたダブルエーこと、イギリスからやってきた同級生、アダム・ホールダネスはアーサーと反対側に並んで歩いた。煽りで首をあげた拍子に、ウェッブを挟んで彼はアーサーをも睨みつけたが、アーサーは前を向いたまま一切反応を示さない。
「夢のことは俺とも話したじゃないか。そのくせにお前、黙りこくっちまったろ。あれは一体どうしたってんだ?」
雑に彼の肩を小突く態度に、ウェッブは眉間に皺寄せて、まだ髭も生えていない横顔をホールダネスへと向けて悪態を吐く。
「うるっせえなあ! だからそれを決めるためにも、話してえんだよ!」
「それにしちゃ、俺の話は全然聞いてくれなかったじゃねえか」
「だって、お前……! 将来の安寧とか、出世のためだとか、それこそ夢のねえ話ばっかりしやがって……!」
血気溢れんばかりに拳をわなわな震わせるウェッブに、そりゃ意外と、ホールダネスは口笛を吹いた。
「へえ、てっきり、生い立ちからしてもお前も俺と同じで、こっち側だと思っていたんだが。ハーバード大学だって、これからの権威付けに入学したようなもんじゃねえの?」
「な……!」
「それとも、そっちのお坊ちゃんみてえに、お前もなまっぬるい夢を語るガラだったかよ?」
と、嘲りながらウェッブの背中ごしに隠れるアーサーへと指を突き付けた。そこでアーサーは初めてダブルエーの方へ眼差しを向け、互いに黒い瞳孔を開いて睨みあう。
「……私は将来、政治家になりたいと思っている」
やがて、紅葉の舞い散る中で己の夢を語った。
「最初は弁護士になってキャリアを積み……、いずれは議会に入りたい。そして、この世界を少しでも……良くしたいんだ」
少し目線を落として前を向いたアーサーに対してタブルエーは両手を腰に宛てて目を伏せると、片方の口端を歪ませて息を吐いた。
「ハッ、さすが貴族サマのおっしゃることは違いますねえ」
対して、目配せもなく答えないアーサーに、眉間に皺寄せたダブルエーは更に悪態をつこうと再び前めのりに迫ろうとしたが、ウェッブが割り込んで阻む。
「おい、良い加減にしろよ! 貴族だろうが何だろうが関係ないだろ! ここはアメリカだ! お前の国じゃねえよ!」
全うなことを言ったつもりだったが、何かに刺さったのか突然彼は鈍色に白眼を剥き、ウェッブの目前で固まったのだ。小刻みに震えだす唇が影の中で無気味な戦慄を過らせる。突然の変貌にウェッブも思わず戸惑いに息を呑んだが、はっとダブルエーは汗を散らすと、下手糞な笑顔で誤魔化し適当な笑い声をあげて顔を背けた。
「ははっはあはっは、お前、無理すんじゃねよ」
会話にならない言葉をまくし立て、ウェッブの肩を乱雑に叩くと慌ただしく駆けだし、学生たちの群れへと逃げるように紛れてしまった。
「な、なんだあ。あいつ」
呆然とするウェッブの一方、アーサーは何事もなく淡々と前に見据えて後に続くだけだ。
「すまねえ……アーサー……」
「大丈夫、気にしていない。お前も何も悪いことしていないさ」
通り過ぎる間際にアーサーもウェッブの背中を優しく叩いて答える。その気遣いが余計に申し訳なくて、ウェッブは最後尾の影に紛れて萎縮する。それはまた、ダブルエーへあながち否定しきれないことへの恥でもあった。
ウェッブもダブルエーと同じく、遠いアフリカの異国の地に産まれ、決して裕福とはいえない28人兄弟の中で唯一、三浪してまで大学に行く援助を受けた長男という立場である。
他の兄弟たちの夢や選択肢を奪った上での入学。
家族のために報いたいと、最初は意気揚々とキャンパスの地を踏んだが、家族の元から離れて二年、ボストンの地で過ごす毎に、その思いは次第に変わりゆく。どんなに優遇された立場であっても、そのために自分を犠牲にしたくはない。本当はあるがままに、アーサーやダブルエーのように、そして他の周りが当然としてあるように、自分の人生のためにこの知識や経験を活かしたいと願うようになったのだ。
しかし、今更そう思ったところで、どう具体的に夢を決めれば良いのか分からなくなってくる。「どこでもいい、これから家族に安定した仕送りをしてくれれば」という期待で送り込まれ、現に今までそう思ってきたウェッブに突然大きく阻まれたガラスの壁。そこから見据える彼らの背中がやけに遠くに思える。
「ホント、どうすればいいんだろうな……」
手慰みに頭を掻いてみても、その耳に届くのは無粋な同級生たちの喧噪だった。
「な、なにあれ。何やってんの?」
「うわあ 日差しの強い中でお疲れ様なこったな」
「あーあ 俺絶対あんな風にはなりたくねえ」
「そのためにも 早く良いトコロに就けるように勉強しねえとな」
嘲りの波が漂う中、学生たちが目を向ける先へとウェッブも辟易しつつふとして顔をあげた。すると、紅葉通りの向かい、新緑の影を落とすもみの木の下で、用務員の服を着た小柄な男がこちらに背を向け、甲斐甲斐しくスコップを手に持ち、土を掘っているのである。
ホールダネスは同級生の肩を抱きながら彼を侮蔑の目で見下ろし、一方でアーサーは一瞥しつつも、特に何を思うでもなく再び前を向く。しかし、その中でウェッブだけは、彼だけが知りえる懸念に眉を顰めたのである。
やがてウェッブは、学生の列から離れて用務員の方へと駆け寄っていく。
「どうした、ウェッブ」
アーサーが振り向いて声をかけたが、ウェッブは見遣ることもなく「先に行ってくれ」と一言添えて通り過ぎててしまった。それにアーサーも気にすることなく「そうか」と、淡泊に答えて別れることになったのが――、このときの二人はまだ気付かなかった。ここで離れたことが、やがて大きな別れ道になることを。その選択が、ウェッブの夢を決める大きな出来事になるのを。
***
「おい」
小柄ながらもがっしりとした広い肩を、ウェッブは「ぐわし」と鷲掴む。
「わ、わ、っ、急になんスカ、学生さん!」
すると用務員は振り返り、おどおどとした目でウェッブを見上げる。クリクリとした明るいブラウンの瞳、金髪が微かに入り混じるフサフサとした茶色い髪。それを土塊と汗で汚している自分より数歳年上であろう男。彼とのファーストインパクト、そしてこれから何十年との付き合いになる、もう一人の親友との出会いだった。
「おい、お前、用務員じゃないだろ」
しかしこのときは知る由もなく、ウェッブは唐突に野太い声で始めのカウンターを決める。
「えっ?」
案の定、男は剽軽な声をあげて肩を竦めた。
「フッ、ハーバードのエリート学生が、用務員の顔など所詮覚えちゃないだろとふんだか。舐めてんじゃねえよ。俺はここいらの用務員とは全員顔なじみなんだ」
そして怯んだ男の襟首を一気に掴み引き寄せる。
「ほうら、本物だったら派遣会社の印、薔薇の社章がここに縫い付けてあるはず。でも、ねえよなあ? 一体どういうつもりだ?」
「えっえっ」
親指を己の胸に突きつけ、本気の凄みで押してくるウェッブに、男は短い声をあげて軍手でスコップの柄を握るばかりだ。
「ほおー? そーやって、押しだんまるつもりなら、今から不法侵入の疑いで警察に突きだすぞ!」
「うぬわあああ! 待ってくれえええ!」
胸元から携帯電話を取り出そうとするウェッブを、慌てて男が腕を掴んで留めた。思っていたよりも強い力で一瞬ウェッブもギョッとする。
「俺は怪しいもんじゃねえよ! これを見てくれよ!」
一方男も胸元から取り出し、退くウェッブに突きつけたのはパカッと縦に開かれた紺色手帳。銀色のエンブレムに続き、漆黒の八角帽子を被り、同じ色の制服と黒タイでガッチリと纏めた男と目が合う。
「な、なんでえ……! お前、お前が警官だったのかよ!」
「おうよ。俺はフェルナンデス、バート・フェルナンデス巡査。初任からボストン警察にいる歴とした警察官よ」
のぞけるウェッブに対し、プリントされた名前を指差しながら男、フェルナンデスは名乗った。
「ここの不法侵入はなー、いわば極秘調査ってやつだ。訳は勿論、職務上の都合で言わねえ。だから、見なかったことにしてくんねえかあ? 頼むよお?」
と、焦る気持ちをあえて剽軽に言うことで落ち着かせようと、フェルナンデスは片目を瞑って肩をすくめる。その人懐っこい風情にウェッブも一時は絆されかけるも、伊達にハーバード大学の学生ではない聡明な頭は、咄嗟に懸念に片眉をあげた。
「ん? なら何故、わざわざ自分ン家に電話するのを嫌がったんだ……?」
「んげえ」
さすればこの男、途端に両手を熊の手にして、滑稽に顔を強張らせる。
「てめえ……、まっさか、これも警察の職務から外れた、勝手に一人でしたことじゃねぇだろうな……!」
「んげええ」
ウェッブは呆れのため息をつくと目を瞑り、再び携帯を取り出す。
「警察呼ぶ」
「わあああ! だから待ってくれってえええ! ちゃんと話すからあああ!」
周りの学生たちが腫れ物を見るような目で通り過ぎている視線など露知らず、穴ぼこの周りで二人の騒がしい攻防はしばらく続いたのだった。
※※※
「なにい? 亡くなったおばあさんの心残りを晴らしたいから、だってえ?」
白壁の講堂が映える芝生の上にしゃがみ込み、ウェッブは穴掘りを続けるフェルナンデスを見下ろしながら頬杖をついた。
「ああ、あそこに建ってる赤い屋根の家、あるだろ? そこに住んでた家主さんのことだよ」
ひとしきり大きな力でスコップを突きながら、フェルナンデスは親指を背後へと差す。白い軍手の親指をウェッブが辿れば、構内の境目である銀色のフェンスの向こう、道路を挟んだ斜め西の方角に余裕のある庭で奥行をもたせ、整えられた垣根に囲まれた二階建ての大きな家が建っていた。背後の鉄階段付きの煉瓦ビルよりも趣きのある、古からボストンで脈々と築かれてきたであろう――、当に地主の家と言わんばかりの物々しい貫禄。唇のすぼめたウェッブは赤い屋根の舳からうかがえる、大窓の白いカーテンに目を惹かれた。
「な? 如何にも金持ちって家だろう? だから、色んな詐欺師どもがよってたかって仕掛けてきてさ、それを巡るトラブルも多かったんだよ。俺は奴らへの牽制と、騙されかけて傷ついた人たちのフォローアップのためにも、あの家とは家族ぐるみの付き合いをしてたんだ」
「へえ、警察ってそこまで丁寧にしてくれるもんなのか?」
「……まあねえ」
「ん、おい、まさかお前。それも職務外に勝手にやってることじゃねえのか?」
フェルナンデスは黙って土を掘り続けた。唖然とするウェッブを脇目に、やがてフェルナンデスは事の仔細を以下のように伝える。
それからしばらく経って、前の家主であったおばあさんが亡くなられた。フェルナンデスは臨終に立ち会うことは出来なかったが、孫たちの案内を受けて、目を覚ますことはないというが、せめて形だけもと最期の挨拶をしにいった。
そして、大窓のある住み慣れた部屋で適切な終末医療を経て、穏やかな臨終を向かえようと白いベットに眠るおばあちゃんの側に立つ。すると、孫たちが電話を受けて階下に降りる間際、ふとしておばあちゃんはもごもごと口を動かしながら、奇妙な譫言を語りだしたという。
「はあ……臨終前のご老人だろ? ままあることだぜ?」
「知ってるよ。だから俺に気づいて話したってことではないんだろうけど……。それにしても奇妙だったんだ」
互いに心当たりを忍ばせる目配せをした後、フェルナンデスはそのときの譫言を滔々と語り出した。
グイードさん グイードおじさん なんでなの
どうしてそんなに慌てているの
あの おっきい もみの木の下で
一体 何を埋めてるの
一体 何を埋めてるの
「……だって」
「な、なんだそりゃ……」
唐突に出てきた童歌のような幼言葉、淡々とした抑揚が不気味さを引き立たせ、ウェッブは口元を覆った。
「ああ。おかしいだろ。臨終前のご老人が言うような口ぶりじゃねえ。だっとしたら……多分、その人のずっとずっと昔から抱えていた疑問。不可解な出来事をぼんやり呟いたことなんだと思う」
「つまり……子どものころにあった……記憶……?」
「ああ、だとしたら、そのもみの木ってのは、これのことなんじゃないかって思うんだ」
そしてフェルナンデスは、巨大な幹を仰ぎ見た。
「かつてここは、戦前まで雑木林で人気のないところだった。キャンパスが開かれたとしても、こういうでっかいもみの木は根っこが深くて掘り出せなかったはず。だったら、そのグイードおじさんって奴は、ここに何かを埋めたんじゃないかって思ってな。それがまだ、今でも残っていると思ってるんだよ」
根拠は問わずともウェッブは覚った。誰かがこっそりと隠すように埋めるとに白昼堂々する訳がない。ならば、『グイードおじさん』が何かを埋めたのは深夜だろうと察する。
そのとき、家主は子どもだったから深夜に外に出て、様子を目撃することなど出来なかっただろう。その矛盾が一致する唯一の状況は、『彼女が自邸のベットから窓を覗いたときに目撃した』だけだ。
「だから、あの家から見えるもみの木を探して、今、掘ってるって訳?」
「ああ」
一通りの説明をフェルナンデスは再びスコップを勢いよく振り上げた。心地よく先が土に突き刺す音を聞きながら、ウェッブは腑に落ちるもすぐに懸念に前めのりに詰め寄る。
「もう一度聞くぜ。その家主さんはもう死んだんだよな?」
「ああ」
「謎を解いてくれって、ご家族に頼まれたわけでも?」
「ないよ。だってその呟き、俺しか聞いてねんだし」
何を当たり前なことを、と、言わんばかりに振り返るフェルナンデスを、同じ表情でウェッブは口を開いては思わず腑抜けた声をあげて言ってしまった。
「いや……ばっかじゃねえの……?」
「なんっで、だよ!」
突然の言われようにフェルナンデスもスコップを突き刺して怒る。それでもウェッブは汗を拭いつつ懸念の目線を向ける。
「え、だって……やってる意味ってのがないんじゃん……。唯一知りたかった家主もいないってのに……。それじゃあ、例えそれっぽいのを見つけても、墓の前にしか報告することしか出来ねえだろ……」
「ん? それが大事なんだろ?」
すると、今度は唇をすぼめてフェルナンデスじゃ剽軽に首を傾けた。それにウェッブは抑えた手指の隙間から目を開く。
「大事って……、それでばあさんが聞けるわけでもないってのに……」
「たからって、そのままやり過ごすことなんて出来ないよ。分からないまま家主さんがこれからも冷たい土の中で眠り続けるなんて、あまりにも可哀想じゃないか」
当然としたもの言いで眉を下げると、フェルナンデスは再び屈んで土を掘り出した。それにウェッブは真ん丸と目を丸くする。
「なんて、こったい」
思わず出た言葉だった。エリート学生に囲まれてきたウェッブにとって、それは久しぶりに聞く朴訥で暖かい言葉だっだ。やれ、利益だ、効率だ、権益だに塗れず、代わりに泥に塗れて汗滴る頬を軍手で拭う警察官。
周りは嘲笑で通り過ぎていくが、それをも構わず逞しく盛り上げていく彼に、最初窄んでいた唇は次第にゆっくりと水平になってあがっていく。
その途端、フェルナンデスの隣で大きな影が土煙をあげて着地する。今度はフェルナンデスがぎょっとして身を退くと、穴の中でターミーネーターよろしく、のばした拳を地面につけて立て膝をついたウェッブが微かに輝きを帯びた瞳でフェルナンデスを見上げたのだ。
「お前……」
「交代だ」
すると、膝をついたままウェッブは素早く彼のスコップを掴んだ。
「ここまで掘ってりゃ疲れたろ。次は俺が掘る。お前に付き合ってやるよ」
照れ隠しに曖昧な笑顔をするウェッブに、最初は戸惑いに目をぱちくりとさせたフェルナンデスだったがーー、やがて、彼の方は円満の笑みで口角を上げては深い笑窪を形作って答えた。
「ありがとう。でも、その前に、お前の名前を教えてくれないか」
「あ、ああ。そうだったな」
握手代わりにと、互いに太い指でスコップの柄を握りしめ合う。
「俺の名前は、アルバ、アルバ・ウェッブ」
「バート・フェルナンデスだ。改めてよろしく」
大きな瞳で捉え合い、互いの名前を膨らんだ胸に刻み込む。こうして、フェルナンデスからスコップを受け取ったウェッブは、歯を食いしばりながらも、久しぶりに湧き出る力にのせて大きくスコップを振り上げた。そして――、
***
「で、結局、何も見つからなかったと?」
学生寮の談話室。臙脂色のソファに腰掛けて、膝に肘をつけるウェッブは項垂れていた。
「ばっかだなあ。そんな曖昧な戯言から、物が丁度良く見つかるわけがないだろうが。その馬鹿警官はともかく、まんまとお前がのせられるなんて……意外だったぜ」
机を挟んだ向かいでは、長い脚を組み合わせて肘当てによりかかるダブルエーが、至極真っ当な突っ込みを入れて呆れ気味に息を吐いている。
「うるせえなあ……なんか、なんか当たってるかもねえって思ったんだよ」
「まった、らしくねえこと言いやがって。ハーバード大法学部75席が聞いて呆れるぜ」
「……この前の定期テストで82席に下がった」
「ああ、もう、お前はさああ」
今度は哀れみを含んだ声で『次席』は肘をついた手をピラピラと振る。
「いや、でもなあ……でも、なんかなあ、デタラメ言ってるようには感じられなかったんだよなあ……」
「とか言って、見つからなかったんだろうが!」
ぐずるウェッブを前に、もうこの話は終わりと言わんばかりにダブルエーが締めようとする。そのとき、誕生日席でノートパソコンのキーボードを叩いていた『首席』が突然、会話に割り込んできた。
「それ、『三人の学生』じゃないのか?」
ウェッブが目線だけで脇を見ると、アーサーが画面に釘付けながらも、素早くタイピングしながら答えたのだ。
「三人の学生……? え?」
自分たちをぐるぐる指さして首傾げるウェッブに、アーサーが片眉を上げて右目でウェッブを見遣ると、ダブルエーが助け舟を出した。
「シャーロック・ホームズに出てくる短編のタイトルだよ」
「へえ、さすがイギリス人」
ダブルエーは膝上に足首を乗せて鼻を鳴らす。
「でも、数あるホームズ事件の中でも、単純でくっだらねえ話だぜ。いわゆるイギリスの大学で起きたカンニング事件ってやつだけどよ。で、結局は問題用紙が窓から見える背を持ったたった一人の学生が犯人だったってオチなわけ」
剽軽に肩を竦める彼に、ウェッブも拳を唇に付けて思わず吹き出していた。
「ぐっふ、なあにそれ。小学生が書いた話でもあるまいに」
「だろ? で、それがどうしたって?」
今度はダブルエーが両腕を背もたれの縁につけながら、前を向いて問いかける。それにアーサーも目線を交わさず画面に鼻を向けながら答えた。
「つまり、その事件は視線の高さの違いが要になっただろう。今回も同じことが言えるんじゃないかってことだ」
「目線の高さの違い?」
「先の話を聞いていると、その警察官は家主の部屋から見えたもみの木を頼りにしたと言っていたが……、それは当時、彼女が目撃したくすの木と本当に同じ木だったんだろうか……?」
ウェッブとダブルエーは揃って顔を見合わせた。
「そも、ウェッブ、子どものときの部屋と、実家に帰ったときに暮らしている部屋。同じだったか?」
「そういや……違う!」
「だろう。私も違う。成人してからは祖父の書斎を受け継いだからな」
そこでアーサーもキーボード打つ手を止めて顔をあげ、ウェッブへと指を指す。
「だから、子どもの頃に謎の男が何かを隠したもみの木というのは、きっと今いた部屋とは違う。子どもだったら多分、一階部分から見た角度だったんじゃないのか」
土掘りで疲れ果てていた頭に、清流がなだれ込んできたような快感がウェッブに巡ってきた。
「そ、そうか! それが目線の違いってやつか! なら、家に問い合わせて、その当時の部屋から構内を覗き込みゃ……!」
「今度こそ、正しいもみの木が見つかる筈だろうな」
「よ、よし……! こうしちゃいられねえ……! ありがとう! アーサー!」
「お、おい。ウェッブ」
「ちょっくら行ってくるぜ!」
拳を作った手のひらを天井に掲げ、鼻息荒く立ち上がったウェッブに、ダブルエーも手を掲げて諫めようとするが、彼の指先を軽く弾くように、ウェッブはカーディガンの裾を靡かせて部屋を飛び出してしまった。その先は出入り口の廊下。きっと、玄関カウンターにある赤電話でこれから警察官に入れ知恵してくるに違いない。
巡る光景にため息をついて顔を覆うダブルエー。すると、ひとしきりの嵐が過ぎ去った応接間へ、女子寮の入り口から、引っ越し間近のルーシーが入り込んでくる。
「あ、アーサー。そこにいたんだ。相変わらず勉強熱心ね」
「いや……。さすがに人前で勉強はしないさ。……メールでネット相手とチェスをしていただけだよ」
難なく答えるアーサーに、ダブルエーは「おうふ」と腑抜けた声をあげてソファの上でずっこけるが、ルーシーは待ってましたと言わんばかりに深青の瞳を輝かせる。
「勝ったの?」
「勿論」
「さすがね、やっぱそういうところパパにそっくり。素敵だわ」
後ろ手に指を組み交わしながら、いつもより嫋やかな声色で小首を傾げて彼へと歩み寄る。金髪によく映える流行りの真珠のピアスがきらりと瞬いた。
「ああ、それよりも、ルーシー。引っ越しの準備は大丈夫か」
それにアーサーも同級生としての気のおけない態度で顔を向けると、ルーシーは両端の口角をぐっとあげる。
「うううん、それななかなか難しくって。男手が必要みたいなんだ。だから……」
一間、彼女のにじり寄るような迫りに、アーサーは目線を天井に向けて、沈黙を埋めるように口を開く。
「あー……、体力にそんな自信はないのだが……手伝った方が……いいか……?」
「いいの!? やったー!」
とんだ猿芝居だなと、ダブルエーは退屈な芝居を眺め見ながら何度目かのため息をついた。
「女子寮に入ることになるが、いいのか?」
「いいの、いいの! あたしから言っておくから!」
大根役者は冷やかな観客のことなどそっちのけで、好きな人に意識と瞳を目いっぱいに、腕をぐいと組み合わせる。そして当人以外理由知らずな思い人を、我が城へ引きずるように出ていくのだった。
それをソファごしに眺めるダブルエーは前を向き直し、組んだ足の向かいにある石暖炉に燃える薪火を見下ろしつつ、「なんだかなあ」と、独り言つ。
ダブルエーはアーサーをライバル視していた。学業の成績と先生からの評価とチェスの腕前はあと一歩及ばずだったが、彼よりは少し高い上背と美貌を活かした友だちと人脈づくりにかけては優っていると自覚していた。しかし、その妄想に立つシーソーバランスを突然崩してきたのは、あのルーシーだ。法学部一のマドンナと持て囃される美貌の女学生が、何の物好きかアーサーに好意を寄せたのである。
ダブルエーは窓から飛び寄ってきた白梟のアウルを、擦り寄せた手の甲で撫でながら再び目を伏せる。
ダブルエーもアーサーに負けたくない一身で多くの男子学生と同じく、彼女に言い寄っていたことがある。しかし、撃沈に伏せる烏合衆と異なり、彼はルーシーの笑顔の奥底にある狂気に次第に尻込みしてしまった。
何故なら彼女、やたらと「パパ」を引き合いに出す。何かにつけて「パパ」、「パパ」、「パパ」と言葉を引っ繰り出し、すぐにその話に持っていこうとする。幾らまだ学生とはいえ、成人した女性にしては不自然なほどの父親への執着。時にアーサーにも向けた恍惚の笑みで「パパ」を語る美しい横顔には戦慄をも覚え、自然と避けてしまったのだ。
あの歪な親子関係は一体何なんだろう。
顎に折り曲げた指を据えて、ダブルエーは無意識の内に、アーサーへの対抗心から勝手な推理を始めていた。
おそらく、「血の繋がりのある親子」ではないのだろう。と、カリフォルニア帰りのディズニーキャラクターのぬいぐるみと対してまずそう思った。
それはまた、彼女が物心ついてから手を取り合った親子なのだろうと察する。もしかしたら彼女が強く望んだことで、彼もまた父になることを決めたのかもしれない。普通の親子よりは年の差はなく、また、その父親は男ぶりが良いのかもしれない。だからルーシーは幼いながらも、彼に密かな初恋を覚えた。
しかし、それでもあまりに隔てた年の差で、恋は叶わないことをも同時に知った聡明な彼女は、せめて『父親』になってもらうことで、彼を手に入れ、他の女たちの手から弾かせようとしたのかもしれない。ときに自分が子どもであること利用して、彼らの庇護欲を煽るような口ぶりと態度で引き寄せたのではないか。
そして、アーサーへの好意もまた、父親の面影を映したに過ぎないと思い起こせば、自然と「哀れな奴め」と、灰色の瞳に歪んだ笑みを零す。アーサーの腕に擦り寄せるルーシーの胸の弾みを思い出しながら、ダブルエーは肘当てにつけた腕に寄りかかる顔を支えながら呟く。
「……誰かの代わりになるなんて、ごめんだぜ」
薪木が割れた音で紛れる呟きを脇に立つアウルだけが、窓からちらつく落葉の影を真っ白な羽毛に翳し、真っ黄色な瞳で受けとめていた。
やがて、フェルナンデスとの電話を終えたウェッブは、先のことなど露知らず、ドタバタと慌ただしく談話室に駆け込む。
「おーい! ダブルエー! 明日の午後に一号館脇に集合な!」
書き取ったメモを意気揚々として掲げるウェッブに、ホールダネスは隣のアウルと同じように真ん丸と目を開いた。
「え、は、何?」
「アーサーの推理がドンピシャだったんだぜ! バートを通じて確認してもらったら、ものの見事に別のもみの木がヒットした! 明日、バートと一緒に掘るぞお!」
「は……? え……? 俺も?」
「あったりめえだろ! で、アーサー! アーサーはどうした!?」
「あぁ、ベリャーエフなら、ルーシーの部屋に……」
「ンだよ、真っ昼間から! おい、アーサー! アーサーァー!」
「わああああ待てえええええ! そっちは女子寮だそおおお!」
前が見えなくなった巨体を必死に押さえつけるダブルエー。その後にアーサーがタンスを持ち上げようとしてずっこけ、女子寮の階段から転がり落ちていく。その衝動にイチョウが舞い散ったような様を、アウルはそっと見上げて首を竦めたのだった。
***
翌日。構内一号館脇のイチョウ下にて、そこでも男の怒声に黄色い葉っぱを更に散らされる。
「バァッキャロオォー!」
スコップを突き刺してウェッブが拳を振るう先には、ダブルエーが掘り出した穴の縁で四つん這いになって荒い息をあげていた。
「はあ……はあ……、ウェッブ……これ無理……これ以上無理……」
「まだ二十分も経ってねえんだけどお!? お前冗談をやってる場合じゃ」
しかし、秋の時節に関わらず汗をしとどに流すダブルエーは、本当に苦しそうだった。
「いや……ムリ……本当に、無理……」
スコップを手放しゼイゼイ息を吐くホールダネスを眼下にウェッブは、手を翳しながら辺りを見渡す。
「そーいや、さっき、水休憩に行くっつったアーサーも全く帰ってきやしねえーぞー! 一体どうしたー!」
まさか途中で芝生の上に倒れ、医務室に運ばれていたとはさすがに思わなかっただろう。
「ウェッブ……すまない……、俺も休む……」
「え、な、マジで!?」
別の木によりかかりながら、ダブルエーはふらつきながら立ち去ろうとする。皺寄せて土にまみれた体躯から、実に情けないとウェッブは呆れ気味に汗を拭った。
確かに、こんなにも穴掘りが辛いとは思わなかった。
始めこそは意気揚々と三人でスコップの先を突き合わせたというのに、太腿が沈むくらいの深さになってからは、崩れていく土を掘り返すのがしんどくなっていく。掘れども掘れどもまるで埋まっていくような焦燥感と疲労感が巡りゆく内に、いつの間にか仲間たちは撤退していた。
しかしまあ、と、ウェッブもまた、秋なのに滴る汗を拭う。腕から覗き見て、ふらふらと構内を彷徨うダブルエーに、あれが本当に学内の羨望を集めた次席なのかと唖然とする。先に脱落した首席と合わせて――、今までどこか遠い存在のような二人がこんなにみっともないのかと首を擡げた。
「おーい、アルバアー!」
すると今度は、フェルナンデスが森林の向こうから真新しいスコップを肩に持ってやってきた。とうにバレているというのにまた用務員服で変装し、意気揚々と手を振っている。二回目の出会い。そのときにウェッブは自然と笑顔になって仰ぎ見た。
「バート!」
「遅くなってすまなかったな。交代だ」
颯爽と穴縁に立っては、前の言い返しとばかりににっと口角をあげて、手を差し伸べる。その姿をウェッブもまた同じような口のあがりで答える。眼差しは先と変わって輝かしく、彼を頼もしげに見上げていた。
「ありがてえぜ!」
勢いよく握り合ってはフェルナンデスが引っ張る力によってウェッブは穴から引き出される。190cmの体躯にも関わらず引き上げた腕の張りに驚くウェッブを脇目に、フェルナンデスの方は勢いよく滑り込み、スコップを振り上げる。スコップの角に靴底をつけながら、息継ぐ拍子に掘り起こしていく速さと深さは、先の二人とはまるで違い、その二人分の力を請け負った勢いだ。飛び散る土塊を頬に受けながら、ウェッブはしばし彼の剛腕に惹かれていた。
あるかも分からない手がかりを元に、既に亡くなった人の菩提を弔いたいという願いのために、ここまで辛い仕事を一人でやり遂げようとした男。改めて感じ入る愚直さと誠実さに、汗散る様が輝いて見えて、目を凝らすウェッブの厚い胸に感じたことのない灯が宿っていく。
ガツンッ
やがて柔い土に相応しくない固い音が秋空に劈いた。
「おっ」
「なっ」
何かを捉える前に互いの顔を見やる。そこから慌ててウェッブが穴を覗き込んでみると、傾いたスコップが掘り起こす土の中から、薄汚れた麻布の端が飛び出てきたのだ。
「な、に!?」
「ついに!?」
フェルナンデスはスコップを放り投げ、今度は手で土周りを取り払った。ウェッブも続いて穴に飛び降り同じように続ける。黒い手と白い手が交互に土を払っていくと、麻布の輪郭が顕になっていく。長さはおよそ80cm前後。自然に埋もれていたものでは決してないだろう。
「もしや、もしや、もしやあ!?」
「そうだな、かもしれねえ! よし、アルバ、そっちの端を持て。俺は反対側を持つ。いっせーのっせで持ち上げるぞ!」
「了、解い!」
遂に見つけた代物に、ともに大きな目を瞬かせて声を張り上げる。まだ出会って久しいはずの二人が、絶妙なコンビネーションでもって同時に端に指を掛けた。
「いっせーのっせ!」
「そおりゃあ!」
麻布の塊は茶色い土を引きずりながら宙を浮いた。仄暗い穴の中から青藍な空に抜き出た黒い形を持ち上げる二人は、白い歯を見せて大口を開ける。
「や、やったあー!」
「あの家主さんの言ってることは本当だったんだー!」
互いに空いた腕で肩を掴みながら健闘を讃えて身を揺らした。
「さあて、そン中にゃ、何が入ってんだ! 確認しようぜ!」
「ああ! 貸せ! 俺がやる!」
「おうよお!」
ウェッブがガッツポーズで腕を振り上げて手を離した拍子に、フェルナンデスが両腕でしっかりて抱え持つ。すると、ふと胸に収まった瞬間に感じとった重みから、唐突にデジャヴが過った。しかしそれは、今この場において相応しくないものだった。
「え……?」
途端、フェルナンデスだけが真顔になる。
「なんだ、どうした?」
片眉をあげて問いかけるウェッブにフェルナンデスは答えず、徐ろに丸められた麻布の端を摘んで、音もなく振りほどいていく。するとその勢いに乗せて、ひとりでに麻布が解けていくと、パサリと小さく開かれたと同時に、フェルナンデスの目前に中身が唐突に突きつけられる。
目を剥く茶色い瞳は、真っ黒な二つの穴と目が合う。一方でウェッブは、するりと滑る丸く白い丸に刻まれた三つの筋、それが交わる中心の裂け目に釘付けとなる。
それぞれに寸時にめぐり渡った正体に身を固めるも、今だ彼らは言葉に出来ずにあんぐりと口を開けるばかり。しかし、滴る汗を鼻筋に受けながら、フェルナンデスが次に捉えたのは、穴の間の少し下に並ぶ二つの細長い筋。そこから遂に――、情動が巡る前に唇が震えて声がせせり上がった。
「ああああ、ああああ!」
震える腕を掲げ持ちながら叫ぶ彼の顔を通してウェッブも事実を知れば、咄嗟に後ろと飛び上がり、尻もちをついて地を揺らす。
「ぎゃあああああぁああああ!」
「うああああああ!」
野太い男の絶叫がハーバード大学の構内に木霊する。
二人が必死の思いで取り出したもの。それは麻布で包まれた、乳児の白骨死体だった。
(後編へ続く)




