↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】王国騎士団をやめて冒険者になったのに、護衛していた王女がパーティーに加入してきました  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/15

第9話 今度は、わたしがあなたを守る

 魔物が、俺たちと同じ方向へ走っていた。

 街道の脇を森狼が抜け、斜面を岩角鬼の影が横切る。馬の匂いにも、人間の姿にも振り向かない。

 すべて、ベルカ村を目指していた。


 正午に王都を出て、途中で馬を替えながら走ること八時間。

 闇の先に、三つの塔の灯りが見えたとき、ソフィが短く息を吐いた。


「まだ、残っている」


 リタが先へ出て、畑の裏道へ曲がった。

 俺たちは後に続く。村の門は半分閉められ、内側から丸太が運ばれていた。


「ギルドの先行班だ。開けてくれ!」


 隙間から、見知った冒険者が顔を出した。

 工房番を運んだ二人の片方だ。

 門をくぐると、遠くで何かが防壁にぶつかった。

 ソフィの肩が跳ねる。それでも馬を降り、自分の荷を取った。


「いつからだ」

「昼前に強い波が来た。封印を削られて、魔物が集まり始めた。増員が来ていなけりゃ、持たなかったよ」


 負傷した工房番は集会所へ移したという。

 住民も順に避難させている。まだ寝たきりの老人を運びきれていない家があった。

 俺は現地班に門の守りを任せ、避難を手伝える自警団員に手押し車を集めるよう頼んだ。

 門の脇では、老女が小さな椅子を抱えて動かずにいた。ここへ置いていけば家まで壊れるような気がするのだと言う。

 俺は左手で椅子を受け取り、自警団員に手を借りて荷車へ載せた。


「これはあとで運ぶ。先に広場へ行ってくれ。置いた場所は、俺が覚えている」


 老女は椅子の背を一度撫で、差し出された自警団員の手を取った。

 何を置いていくかは、ここで暮らしていない俺が思うほど簡単な話ではない。


「荷物は後だ。人から運ぶ」


 トマが、使い慣れた荷車を引いてきた。

 ニコは家の戸へ、炭で大きな丸をつけていた。


「ここ、誰も残ってない!」

「分かった。次も頼む」


 ソフィが村の中心へ走った。

 俺に返事を求めて振り返ることはなかった。


     ◇


 現地班と塔の補強を続けるうちに、日付が変わった。未明になっても、光は薄くなるばかりだった。

 採石場から響く低い振動に、灰色の脈が呼応している。

 現地班が見つけた運び込み口を、リタが地図へ写した。そこには黒楢商会の荷車が入ったという。


「止めるなら、上の作業場から。正面の道は魔物で塞がってる」


 俺が地図へ指を置いたとき、外で悲鳴が上がった。

 塔の一つが大きく明滅する。

 それまで塔の補強に回っていたソフィが立ち上がり、三塔の間へ新たな光を走らせた。

 薄い幕が村を囲む。ぶつかってきた狼が、その向こうで跳ね返った。


「今のうちに、残りの人を!」


 村人が動いた。

 トマが車を押し、ニコが避難済みの印を増やす。支柱を持つ者、門の綱を引く者。

 あの横穴と同じ光が、それぞれの足元へつながった。

 ソフィのこめかみに汗が浮いた。


「長くは無理よ。全員集まったら、中心の広場まで狭めるわ」

「頼む。俺たちは共鳴器を止める」


 地図をリタへ渡す。

 ソフィが俺の剣帯を指した。


「標の防壁は、一度だけ。必要なら合図して。でも、長い時間は守れない」

「分かっている」


 光の印へ触れた。まだ使っていない、小さな一回分。


「助けたら、貸し一つよ」


 ソフィが言った。


「帳簿には書かなくていいわ」

「覚えておく」


 彼女の目が、少し丸くなる。

 俺はその顔を見てから、村の外へ向かった。

 門へ向かいかけた俺を、ソフィが呼び止めた。


「右肩。さっきより下がっているわ」


 俺は手を握り、開いた。


「上には振れない。突きと低い斬りだけだ。リタにも伝える」

「分かった。……帰ってから、また包帯を替えましょう」


 俺は今度こそ、隠さずにうなずいた。

 いつもは俺が、帰ったあとの手順を決めていた。誰かがこちらの帰りを予定へ入れている。そのことが、剣帯の小さな印より重く感じられた。


     ◇


 リタの選んだ細道を、半刻近く登った。採石場の上層へ出ると、頬を冷たい風が打った。

 露天の作業場からは、村の光が見下ろせる。

 手前に荷車。奥に鉄枠で組まれた共鳴器。

 灰晶の塊が、一定の間隔で明るくなっていた。


「二つある。片方は、下の坑口にも」


 リタが指二本を立てる。

 上の装置を壊すため、彼女が弓を引いた。

 そのとき、足元の石に赤い線が浮いた。


「止まって!」


 俺は横へ跳んだ。

 遅かった。

 光の輪が左足首へ絡み、地面に引き戻す。


「騎士は足を固めると弱いんだ」


 岩の陰から、大柄な傭兵が出てきた。

 幅の広い剣。足元の拘束術と、間合いを詰めさせない構え。

 俺の包帯を見て、男が笑った。


「肩まで使えないのかよ」


 刃が来る。

 右腕を上げず、剣を低く構えて受け流す。二撃目で手がしびれた。

 拘束の線は石の下へ続いている。足元を割れば解けるが、そのために腰を落とせば頭を斬られる。

 リタが位置を変えようとしたところへ、別の見張りが走った。


「こっち、少しかかる!」

「了解」


 傭兵の剣が、俺の逃げられない側へ回る。

 正面から止めれば、右肩が持たない。

 視界の端で、村の光が揺れた。

 俺は剣帯の標へ左手を当てる。

 魔力を一度だけ通す。


 頼む、ソフィ。


 彼女には、何が起きているか見えない。

 声も届かない。

 それでも、今頼んだのは、守らなければならない王女ではなかった。


 左足を支点に、動かせる右足を半歩だけ前へ出す。敵の刃へ、体を預けた。


 白い光が俺を囲んだ。

 剣帯の標が砕け、細かな光が腰からほどける。

 甲高い金属音が、採石場の壁を打った。

 刃先は、目の前にある。研ぎ跡も、欠けた箇所も見える。その先にあるはずの痛みだけが、来ない。


 白い面へ、刃の形に光が散った。

 傭兵の手首が跳ねる。俺を斬るために乗せた体重が、行き場を失った。

 守られたのだ。

 ここにいない、彼女に。


 工房で肩に傷を負ったあと、包帯を巻き終えた手が膝へ戻ったのを思い出した。

 防げたのよ、と彼女は言った。

 あのとき信じられなかった手へ、今は背中を預けている。


 村を振り返らなかった。

 届いた一瞬を、確かめるために使うつもりはない。


 俺は腰を落とし、拘束線の走る石へ剣を突き立てた。

 亀裂が入る。

 足首が自由になった。


 光はもう消えている。弾かれた剣が戻る前に、横へ抜けた。

 脇では、リタに回り込んだ見張りが膝をついていた。彼女はそちらから弓を返し、傭兵の手の甲を射抜く。俺は腰の高さで剣を横へ払い、男の刃を外へ押しやった。

 柄を胸へ打ち込む。男が崩れた。


 見下ろした村には、まだ光がある。

 俺のところへ一枚を送り、その上で残してくれた光だった。

 剣帯に残ったのは、ただの革の手触りだった。


「来たね」


 リタが、走りながら言った。


「ああ」


 それ以上の返事をすると、声が揺れそうだった。


     ◇


 上の共鳴器は、リタが制御具を射抜いて止めた。

 残る振動をたどり、坑口へ下りる。

 そこに、見覚えのある清潔な靴があった。

 今は、泥と石粉にまみれている。


「マティアス」


 男が振り向いた。

 背後には、灰晶を詰めた最後の共鳴器。その横に深い坑道が口を開けている。


「私を追っても、何も変わらない」


 声が、会議室より高かった。


「私は貴族ではない。いくら街道を通しても、手柄を持っていくのは上の者だ。少しくらい取り戻して、何が悪い」

「村を病気にしてか」

「整備には金が要る!」


 俺が一歩進むと、男は共鳴器の側へ退いた。


「危険を増やせば予算が出る。見捨てられた土地なら買える。そういう仕組みを作ったのは、私じゃない」


 ソフィが家々を回って書いた地図を思い出した。

 二重丸の家。眠れない母親。父親を呼びに走った少年。


「お前が増やした危険で、そこで暮らす人間が死ぬ」


 マティアスは答えず、指輪を回した。

 その指も震えていた。


「灰冠は、民の手へ結界を戻す技術だと言った。王家に頼らず使えると」


 初めて聞く名だった。

 欠けた冠の蝋が、頭に浮かぶ。


「お前に技術を売った連中か」

「あいつらだって、私に実験をさせただけだ……」


 リタが坑道側へ回った。

 逃げ道が消える。マティアスの目が、装置の取っ手へ動いた。


「触るな!」


 遅かった。

 男が取っ手を倒した。止めたかったのか、俺たちを止めたかったのか。

 灰晶が一斉に光った。


 地面の下から、音が返った。

 村で何度も聞いた、重い、規則的な音。

 今度は、すぐ足の下にいる。


 壁に三本の裂け目が走る。

 そこから、指が出た。

 俺の胴より太い、岩の指。


 リタの矢が最後の共鳴器を射抜いた。灰晶が砕け、装置の光が落ちる。

 だが、目覚めたものは止まらなかった。


「戻れ! 崩れる!」


 リタが上の足場へ跳んだ。

 マティアスは立ち尽くしていた。その頭上で、岩が離れる。

 俺は男を横へ突き飛ばした。

 右肩に痛みが走り、踏ん張った足元が消えた。


 突き飛ばした先の縁も崩れ、男がこちらへ滑り落ちてきた。俺は襟を左手でつかむ。

 二人分の重さを受け止める床は、もうなかった。


「アイザック!」


 リタの声が遠くなる。

 剣帯へ手を伸ばしかけ、そこに何もないことを思い出した。

 防壁は、使い切った。

 二枚目は来ない。


 それでも、村には彼女がいる。

 俺の帰る場所を、まだ守っている。


 ソフィア。


 今度は俺が、そこへ戻る番だ。

 そう思った直後、頭上の光が岩で塞がれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。