↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】王国騎士団をやめて冒険者になったのに、護衛していた王女がパーティーに加入してきました  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/15

第14話 近いのは、採寸のせいです

 工房の扉には、三枚の札が掛かっていた。

 修理受付。危険物は先に申告。代金の相談は作業前に。

 翌朝、紹介状を持って訪ねた俺たちは、三枚とも読んでから扉を開けた。


 旧鉱山の記録を照合し、午後には入口を見に行く。そう説明すると、工房主は俺の顔より先に、胸の留め具へ目を落とした。


「それで坑道へ入るおつもりですか」

「不都合があるか」

「あります。引っ掛かると、首が締まります」


 歓迎の言葉としては切実だった。

 短い藍黒の髪の女が、机から巻尺を取る。ノエル・ベルネット。昨日、支部で紹介を受けた、この工房の主だ。

 作業着の袖は肘の手前で留められ、指先には黒い染みがあった。


「先に、こちらを見せてください。触れても?」

「ああ」


 外套の留め具が外れる。

 右肩に傷があると伝えると、ノエルは無理なく腕を動かせる範囲を確かめ、二つの数値を書き分けた。腕を下ろすのを待って、胸の革帯へ巻尺を回す。


「今の動きに合わせます。治ったら、もう一度調整しましょう」

「助かる」

「では、一度、息を大きく吸ってください」


 言われたとおりにすると、彼女の顔がすぐ目の前へ来た。

 灰青の目は、巻尺の目盛りを追っている。

 隣で、ソフィの靴音が止まった。


「……近くで測るものなのね」

「留め具に指が届きませんので」


 ノエルは答え、今度はソフィの袖へ目を向けた。


「そちらも、機械へ寄せるには長いですね」

「折って留めるだけでは、緩むかしら」

「肘を曲げると、少しずつ。帯があれば――」

「俺は、息を吐いてもいいか」


 ノエルが俺の顔へ目を戻した。


「失礼しました。採寸は終わりました」

「では、離れても寸法は変わらないわね」


 ソフィが言った。

 俺が息を吐くのと、彼女が自分の口元を押さえるのは同時だった。


「作業の邪魔をするつもりではなくて」

「大丈夫です。次はそちらを測りますので」


 巻尺を外したノエルが、ソフィの前へ移る。

 同じ距離に立たれると、ソフィは急に背筋を伸ばした。


「肩の力を抜いてください」

「抜いているわ」

「もう少し」


 俺は少し笑ってしまった。

 ソフィがこちらを向く。


「見られると、余計に力が入るのよ」


 視線を外そうとすると、ノエルがソフィへ言った。


「そのまま前を向いていただければ」


 俺たちは二人とも黙った。

 リタが作業台の端で、声を殺して笑っていた。


     ◇


 第三排出口の記録を頼むと、ノエルは奥から、背の割れた帳簿を運んできた。前の工房主が残した控えだという。

 俺は持参した行政台帳の写しを隣へ置いた。

 設備番号。その下の工事依頼番号。

 ノエルの指が、二枚の間を行き来する。


「この仕事は、終えていません」


 工房の欄には、危険につき中止。代金未収。

 欄外に、導管内部の圧力が落ちない、という細い字があった。

 行政の台帳には、同じ依頼番号で修理費支払済み。

 俺は日付も手元へ書き写した。


「前の主に聞けるか」

「亡くなっています。だから、うちの紙だけで決めないでください」


 ノエルは帳簿を閉じなかった。

 俺が書き終えるのを待って、古い配管図も広げる。


「現物を見るなら、わたしも行きます。記録が違うのか、工事が別に行われたのか、確かめたいので」


 彼女の指が、第三排出口を示した。

 索引では廃止。修理代は支払済み。そして工房には届いていないという。

 誰が何をしたのかは、まだ、この記録だけでは決められない。


「役所へ問い合わせても、支払いは済んでいると。ここで受け取っていないと言っても、同じ返事でした」


 ノエルは一度、帳簿の背を押さえた。


「帳面の話をしている間にも、機械は傷みます。次に壊れたときは、ひどくなる前に呼んでもらえる工房にしたいんです」


 俺は頷き、支部へ出すための写しを頼んだ。


「俺たちが見たことも残す。まずは、午後の入口へ同行してもらえるか」

「はい。料金のお話をしても?」

「扉にも書いてあったな」


 ノエルが少し笑った。


「読んでいただけて助かります」


 装備の調整と、半日の同行を分けた見積もりが出た。

 リタが捜索費の残りと照らし、俺たちへうなずく。

 今日は許可のある入口と外の通路まで。追加の測定は別に相談し、日没までに戻る。危険を見つけたら彼女の判断で止め、再確認するまで進まない。


「依頼人が急いでいても、ね」


 ソフィが最後の一文を指した。


「はい。急ぐ方は、よくそこを飛ばします」


 俺は最後まで読んで署名した。

 ノエルが紙を受け取り、道具袋を作業台へ載せる。その口を縫った糸は、左右で色が違っていた。


     ◇


 俺たちが控えを写す間に、ノエルは棚の交換部品を使い、帯の長さと留め具を合わせ直してくれた。

 ソフィも自分の袖を折り返し、二重に通した帯を見せる。


「ここを戻すと、緩められるのね」

「はい。では、肘を曲げてみてください」


 曲げても、袖口は手首へ落ちてこない。

 ソフィが俺へ腕を見せた。


「どうかしら」

「動かしやすそうだ」

「それは今、確かめたわ」


 彼女の目を見て、言い直す。


「似合っている」


 ソフィはもう一度、袖へ目を落とした。


「……ありがとう。これなら、邪魔にせず着られるわ」


 ノエルは予備の帯を巻き、リタへ渡していた。

 その横でソフィが指を動かす。袖口に邪魔されず動く指を、俺はつい目で追った。


 新しい金具には、小さな継ぎ目がある。

 ノエルが見本の金具を紐へ掛け、引くと、帯を残して金具が外れた。


「金具が何かに引っ掛かったとき、強く引かれるとここが外れます」

「守るために、外れるようにするのね」


 ソフィが確かめるように言った。

 俺の外套にも、同じ仕組みの留め具が付いている。


「外し方は覚えましたか」

「二度教わった。大丈夫だ」

「では、三度目は料金を――」


 俺が顔を上げると、ノエルの口元が少し動いた。


「冗談です。分からなくなったら聞いてください」


 リタが笑い、俺はもう一度だけ留め具を見た。


 ノエルが配管図を包みに奥へ入ると、ソフィが俺の前へ来た。


「襟が、裏返っているわ。左側」

「直してもらえるか」


 彼女がうなずき、襟へ指をかける。

 すぐ下にある顔を見て、俺は動きを止めた。

 ソフィが布を返す。指が離れかけ、俺の顔を見て止まる。


「採寸のときより、おとなしいのね」

「君が近いからだ」

「さっきも、このくらいだったわよ」


 同じではなかった。

 目盛りを読まれていたときと、こちらの返事を待たれている今とでは。


「君だと、気になる」


 ソフィの指が、襟から離れた。


「……離れた方がいい?」

「いや」


 答えると、彼女が目を細めた。

 俺も、今度は目をそらさなかった。


「襟は、とっくに直っているわ」

「そうか」


 彼女は笑い、俺の隣へ戻った。

 ノエルが包みを持ってくるまで、俺は直された襟へ触れずにいた。


     ◇


 午後、ノエルと一緒に支部へ戻り、頁の発見者と合流した。

 細身の現場員は名乗ると、折り畳んだ略図を開く。


「外搬入口の、この柱です。工具箱は右側。蓋の左へ、斜めの割れが入っていました」

「その奥は?」

「格子が閉じていました。呼んでも返事がなくて。あのとき、もっと探していれば……」


 リタが略図を両手で受け取った。


「拾って届けてくれたんだね。まず、それを聞きたかった」


 男はうなずき、もう一度、柱を指した。

 支部で立ち入れる範囲を確認し、案内を頼む。入口と外側の保守通路まで。閉鎖線を越える許可ではない。


 町を出て、荷を押しながら坂を上る。

 外搬入口に着いたとき、日はまだ高かった。空の軌道が、山の腹へ吸い込まれている。

 工具箱は略図どおり、右の柱の陰にあった。


 蓋の割れを、持参した発見記録と比べる。リタが蓋を開くと、男は内側の革の仕切りを指した。


「ここへ挟まっていました。雨上がりでしたが、中の紙は大部分が乾いていて」


 送られてきた記録にも、仕切りの位置が描かれていた。

 俺は現物の傷と位置を写す。リタは空の仕切りを見たまま、しばらく動かなかった。


「兄さんの字が、ここにあったんだね」


 男が静かにうなずいた。

 本人が置いたのか、誰かが運んだのかは、まだ分からない。

 それでもリタは、写しを挟んだ板を両手で持ち直した。


 俺たちは格子と封の状態も記録し、開けずに外側の保守通路へ戻った。

 ソフィがリタへ水筒を渡す。リタが一口飲んだところで、先を歩いていたノエルが止まった。


「少し、静かにしていただけますか」


 風が鳴っている。

 足元の導管が、一定の間隔で小さく震えた。

 ノエルは糸の端へ軽い紙を結び、通気穴へ近づける。紙は穴の方へ吸われ、それから短く押し戻された。


「自然の風か」

「それだけとは思えません。何が押しているかは、測ってみないと」


 彼女は持ってきた古い配管図を広げた。

 外搬入口の下を通った線が、第三排出口へ続いている。


「図のとおりなら、こちらへ抜けるはずです」


 今、見てきた入口と、地図から消えた出口。

 ノエルの指が、二つの場所を一本の線で結んだ。

 ソフィも壁へ手をかざす。触れずに、すぐ引いた。


「奥から、押されている感じがするわ」

「明日は、計器で確かめましょう。今日はここまでです」


 ノエルは穴を塞がず、図へ位置を書き込んだ。

 戻ったら支部へ知らせ、翌朝の測定を手配する。俺たちはうなずき、来た道へ向き直った。

 背中で、細い金属音が続いた。

 止まっているはずの鉱山が、息をしていた。


不定期更新中。更新を見逃さないようお気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。