↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】王国騎士団をやめて冒険者になったのに、護衛していた王女がパーティーに加入してきました  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/15

第12話 その呼び方は、いつからですか

「久しぶりだな、アイザック」


 名前を呼ばれただけで、肩の力が抜けた。

 リュネル支部の馬車置場で、栗色の髪を高く結んだ女が手を上げている。

 レオナ・アシュフォード。五年前に同じ混成班で働いた騎士だ。北方駐屯隊の小隊長になったと、打ち合わせの通知にはあった。


「隊長になったんだな」

「君が副隊長になったと聞いたときは、部下が大変そうだと思ったんだが。自分でやると、なかなか難しい」

「俺の部下は、そんなに苦労していたか」

「本人に聞いたら、はいとは言わないだろう」


 言い返す前に笑ってしまった。

 レオナも笑い、俺の右肩へ目をやる。


「支部の連絡で、怪我をしたと聞いた。握手は左か?」

「握る分には問題ない」

「その問題ないを信用すると、あとで困る」


 俺が出した右手を見ながら、彼女は左手を差し出した。

 仕方なく左で握る。昔より掌が硬くなっていた。

 その向こうで、ソフィが俺たちの手を見ていた。

 目が合うと、襟の留め具へ指をやる。


 今朝、王都を出て、北行きの荷車と同じ歩調でここまで来た。

 夕方の打ち合わせが済めば、今日は宿へ入る。一日歩いたあとだというのに、ソフィの背筋は急に伸びていた。


「今の仲間だ。ソフィと、リタ」

「レオナだ。同じ道を行く間、よろしく」


 ソフィは会釈し、リタは短く手を上げた。そのまま、荷台の一番上を指す。


「あの箱、覆いからはみ出してる。雨を吸うよ」

「助かる。直させよう」


 レオナが兵を呼んだ。

 俺も荷台へ手をかける。すぐに、両側から声が来た。


「肩」

「担当者がいる」


 ソフィとレオナだった。

 二人は顔を見合わせる。


「止めないと、始めるのよ」

「止めても、軽い方ならと言い出す」


 今まさに、その箱なら軽い、と言うところだった。

 俺は手を引っ込めた。

 リタが自分の荷袋を持ち直す。


「よかったね。説明する手間が減った」


 俺が減らしたいのは、注意される回数の方だ。


     ◇


 小部屋の鍵を職員が取りに行く間、ソフィが俺の隣へ来た。


「その呼び方は、いつから?」

「名前か。生まれたときからだ」

「レオナさんが、あなたを呼ぶ方の話よ!」


 リタが荷袋へ顔を伏せた。

 俺はソフィの方へ向き直る。留め具を直す指が、さっきと同じ場所で止まっていた。


「五年前、街道救援で一緒になったときからだ。君の専属護衛になる前だな」

「その頃から、ああいうふうに話すのね」

「ああ。同じ隊にずっといたわけではないが、遠慮をする相手ではない」


 ソフィは小さくうなずいた。

 それから、確かめるように俺を見る。


「……わたしも、呼び捨てにしているのに」


 聞こえなかったことにできる声の大きさだった。

 しなかった。


「君に呼ばれたら、ちゃんと返事をしているだろう」

「ええ。用件も、すぐ聞いてくれるわ」


「用がないときは?」

「それは、次に用ができたときに――」

「だから、用がないときの話をしているの!」


 リタの肩が荷袋の向こうで揺れた。


「名前を呼ばれたら、まず無事か、痛いところがあるか、予定が変わったかを聞く癖がある」

「全部、用件ね」

「癖だ」

「直せる?」


 すぐにうなずくには、妙に難しい質問だった。


「……練習はする」

「では、わたしが呼ぶから。アイザック」

「何だ」

「ほら!」


 今度は、リタが声を殺しきれず笑った。


 返す言葉が止まった。

 そこへ職員が鍵を持ってきた。リタが真っ先に扉を開ける。

 ソフィは俺を追い越すとき、少しだけ頬を膨らませていた。


     ◇


 扉を閉め、ソフィ本人の了解を得て、レオナへ巡察状を渡した。

 本名を聞いたレオナの目が、彼女と書面の間を一度往復する。


「承知しました。隊へ伝えるのは、担当と行程に必要なことだけにします」

「人前では、ソフィでお願い」

「分かった。では、ソフィ。北へ行くのは、君も望んでいることなんだな?」


 ソフィはうなずいた。


「リタのお兄さんを探したいし、村へ届いたものの出所も知りたい。危険が増えたら、戻ることも三人で相談するわ」


 固定結界は張れるが、動く馬車を長く包むことは難しい。そう自分から伝えると、レオナは夜営地の支点を一緒に見てほしいと頼んだ。

 俺が説明を足す前に、二人の話がまとまる。


「なるほど。今は、君が全部答える必要はないんだな」


 レオナが俺へ言った。


「そうなの。この人のお返事を待つと、話が別のところへ行く場合もあるから」


 ソフィはこちらを見ずに言う。

 さっきの言葉には、まだ返事ができていなかった。


 レオナ隊は救援物資の護送、俺たちは調査隊の捜索。

 同じ道では見張りと斥候情報を共有し、隊に別命令が来ればそこで分かれる。互いの任務を確認して、地図を広げた。

 第三排出口の古い保守台帳なら、グランフェルの修理工房に残っている可能性があるという。


「地図から消えた理由までは知らない。工房で控えを探し、現物と比べた方がいい」


 レオナは工房街を指した。

 リタが自分の図へ印を写す。俺たちが王都で見つけた番号に、訪ねる先ができた。

 北の橋に通行制限があるという話は、彼女が最新の巡回図を宿へ持ってきてから詰めることになった。


     ◇


 食堂で、レオナが壁際の椅子を引いた。


「ここでいいだろう、アイザック。入口が見える」

「ああ。覚えていたのか」

「別の席だと、会話の途中で何度も後ろを確認するからな」


 ありがたく座ろうとすると、ソフィがその隣の椅子へ手を置いた。


「では、わたしはここに」


 向かいにも席は空いていた。

 俺が椅子を引くと、彼女は礼を言い、膝が触れないくらいのところへ腰を下ろした。

 レオナは俺たちの向かいに座る。リタもその隣へ来た。


 黒パンとスープが運ばれると、ソフィはパンを割り、迷わず椀へ浸した。


「旅に慣れたね」


 レオナが言う。


「パンを武器にしない程度には」

「彼は道具の用途に厳しいからな」

「本人は、書類を食事の邪魔に使うことがあるけれど」


 俺は匙を置いた。


「昨日の朝食には、持っていかなかった」

「ええ。ちゃんと覚えているわ」


 ソフィがこちらを見て笑った。

 俺も、菓子を半分に割って渡してくれた手を思い出す。

 向かいでレオナが、一度、匙を止めた。


「昨日は休みだったのか」

「ああ」

「それで二人で朝食。……君も、少し変わったな」


 レオナはそう言い、スープを飲んだ。

 変わったのは、どの辺りだろうと考える前に、昔の話が始まった。


「昔はひどかった。混成班へ来た初日に、全部の荷札を書き直していたんだ。文字が揃っていないからと」

「積み違いを防ぐためだ」

「それで最後の一箱を積み忘れかけた」


 リタが顔を上げた。


「何の箱?」

「……荷札だ」


 ソフィが布で口元を押さえた。

 笑いが収まる前に、レオナが続ける。


「私が積んでおいた。礼を言われるかと思ったら、次から目録へ先に印を付けてくれ、と」

「礼も言っただろう」

「二番目にね」


 ソフィがとうとう声を出して笑った。

 俺の隣へ座ったせいで、笑うたびに肩が触れる。

 荷札の失敗を、今夜だけは訂正しなくてもいい気がした。


「わたしの知らない話ばかりで、少し悔しいわ」


 笑い終えたソフィが言った。

 レオナは匙を椀へ置き、彼女の方へ体を向ける。


「今の彼の失敗は、君に聞くべきかな」

「全部話すと、スープが冷めるわ」

「一つずつ頼む」

「報告を求めるな」


 俺が言うと、リタまでこちらを見た。


「いつも求めてる人が言う?」


 否定できない。

 ソフィは俺の顔を見てから、少し考えた。


「昨日は、次の休みに何をしたいか聞いたら、装備の点検と言ったの」

「だろうな」

「でも、そのあと、一緒に行きたい店を選んでくれたわ」


 レオナの口元の笑みが、少しだけ静かになった。


「それは、私の知らない話だ」


 ソフィが俺を見る。

 答えを試されているようで、俺は椀を置いた。


「あの店は、俺も行きたかった」

「ええ。知っているわ」


 さっきより近いところで、彼女が笑った。

 レオナはしばらく俺を見たあと、パンを割った。


「今の君と働くのも、楽しみだな」


 からかう調子とは少し違っていた。

 俺はうなずいた。彼女が五年前と同じままでもないことは、部下へ声をかける姿を見れば分かる。

 食卓の話は、北でうまいものが食える宿へ移った。


     ◇


 食後は宿の談話室を借りた。

 ソフィが椅子に座り、靴を脱いで踵を確かめる。赤くなりかけた場所へ布を当て、靴下の皺を伸ばした。

 俺が手当ての袋を出す前に、終わっていた。


「任せられることが増えた?」


 巡回図を持って戻ったレオナが、小声で聞いた。


「俺が、任せるのを覚えている途中だ」

「それは大仕事だな」


 彼女は笑って、図を広げた。

 ベルカより北にある吊り橋へ、印が付いている。荷車の軸幅と、載せてよい重さに制限があるという。

 リタが自分たちの車の幅と比べ、首を横に振った。


「このままでは通らないね」

「小車の手配はしてある。荷を分けて渡し、向こうの車へ積み替える予定だ」


 レオナが説明する。受け取る人手も、現地で確かめる必要があった。

 リタは渡す順を、ソフィは濡らしてはいけない品を見ていく。

 明日はベルカへ。橋は、その先だ。

 出発時刻を決めると、レオナは部下の待つ別の宿へ戻り、リタも自分の部屋へ上がった。


 残った地図を畳んでいると、隣から声がした。


「アイザック」

「何だ。靴がまだ痛むか?」

「それは、自分で手当てしたわ」


 顔を上げる。

 ソフィは靴を履き終え、こちらを見ていた。


「用がないときにも、呼んでいいでしょう?」


 小部屋の前で言われたことを、ようやく思い出した。

 俺は地図を袋へ入れた。


「ああ。嬉しい」


 ソフィが瞬きをする。


「そういう返事も、できるのね」

「用件を聞く方が、慣れている」

「嬉しい、の方も練習しておいて」


 言われて、俺は少し笑った。

 それから彼女の名を呼んだ。


「ソフィ」

「なあに?」


 すぐに顔がこちらへ向く。

 伝える用事は、特にない。

 困った。用がなくても呼びたいというのは、こういうことか。


「……明日の朝は」

「起床時刻なら、もう聞いたわよ」


 ソフィが吹き出した。


「違う。明日の朝、起きたら……おはようと言う」

「それは、ずいぶん大きな練習ね」

「失敗しないように、今から決めておく」

「決めなくても言っていいのよ」


 俺も笑い、言いかけた予定を飲み込んだ。

 それぞれの部屋へ向かう短い廊下を、二人で並んで歩く。

 今夜は、もう少し長い廊下でもよかった。


不定期更新中。更新を見逃さないようお気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。