第8話 冒険者としての第一歩
『やたら固い癖に痛がる盾』を売却し、受け取った金貨二枚を財布代わりの革袋に入れると、俺は衛兵たちと共に店を後にした。
街に出てみると、事の成り行きを見守っていたのだろう野次馬たちが集まっていたが、衛兵に視線を向けられると慌てたように周囲から去って行く。
そう言えば、あの盾の絶叫の所為でひと騒動起きてしまったんだったな……と思い出し、俺は衛兵たちに向かって頭を下げた。
「この度はすみません。俺があんな盾を持ち込んだせいで……」
「うん? ああ、その事なら構わない。ここは交易の中継点である以上、日頃から様々な物が集まる街だ。アレくらいは慣れっこさ」
その言葉にホッと安心し、顔を上げると……──彼がスッと差し出した掌が目に入る。
「……えっと……?」
「まぁ、それはそれとしてだ。キミが先程の交渉に入れたのも、あの盾が売れたのも、私の情報があったからだ。そう思わないかね?」
あ、これはチップを要求されてるな、と直感する。
確かに彼があの場で口にした『貴族相手に売れる』という情報が無ければ、あの盾は買取拒否をされていた可能性が高いのは事実だ。
ここは、ちょっとした道案内にもチップとして銅貨一枚を払う街。彼の要求はきっと当たり前なのだろうが……
「ち、因みにいくら程になりますかね……?」
(目の前で金貨の取引があったんだ。どのくらい吹っ掛けられるのか分からんぞ……?)
流石に警戒しながら、恐る恐る要求を聞いてみる。
すると──
「そうだな……交渉の立会人のような仕事にもなっただろうし──銅貨一〇枚ほどでどうかな?」
銅貨一〇枚か……取引前だとそれなりの金に感じたが、今の俺にとっては『そのくらいで済むのなら』と納得できる金額だ。
日本円で言うと大体五〇〇円くらい。商売の街なだけあって、衛兵も小遣い稼ぎが上手いらしい。
「……うむ、確かに。──よーし、お前ら! 今夜は飲むぞぉ!」
「「「「おぉー!」」」」
俺が袋から手渡した銅貨を受けとった衛兵は、明るく仲間達に呼びかけながら軽快な足取りで去って行った。
(これで手持ちは金貨二枚と、銅貨九枚か……)
俺は手持ちの金額に少し面倒なことになりそうな予感を胸にしつつ、冒険者になる手続きを再開する為にギルドへと足を向けたのだった。
「──って事で、お金は用意して来たんですけど……」
「……因みに、銀貨はお持ちでないのでしょうか?」
「はい……」
カウンターにパチリと置いた金貨に、受付嬢は目をパチクリさせた後に確認をして来たのだが……生憎とこれしか無いのだと袋の中身を開いて見せる。
「……承りました。お釣りをご用意いたしますので、少々お待ちください」
受付嬢はそう言うと、溜め息でも吐きたそうな表情で立ち上がり──奥の棚からお釣りを持って帰って来た。
「代筆サービスをご利用なさるとの事でしたので、こちらお釣りの銀貨九九枚と銅貨七七枚となります。ご確認ください」
「お、おぉぅ……」
(なるほど、通貨は金貨一枚=銀貨一〇〇枚、銀貨一枚=銅貨一〇〇枚の百進法か)
受付カウンターに積まれた硬貨の山に、この世界の通貨のレートを整理する。
一リルがだいたい五〇円である事を考えると、あの盾は丁度一〇〇万円で売れた計算になる訳か。
硬貨を数えながら袋にジャラジャラと入れて行き、パンパンになった袋を懐にしまうと、服の上からでもその輪郭がハッキリと浮かび上がった。
(……今、俺ってそんな大金を持ち歩いてるって事だよな……?)
そう自覚すると、周囲から見られているような錯覚すら感じてしまう。
中世って現代日本と比べて滅茶苦茶治安悪いイメージあるし、何か良い財布を【創造】で作れないだろうか。
(『盗られても手元にすぐにワープ』とかは、既にありそうだし……『異空間に収納』とかもいくつか知ってる。『自分以外が持つと滅茶苦茶重くなる』も見た事ある能力だから、多分無理……思った以上に難しいな、【創造】って)
この能力の厄介な所は、俺が『これってアレのパクリじゃん』って少しでも感じた物は作れないところだ。
分かりやすく言えば『Aという能力』が付いた武器なら、剣だろうと槍だろうと同じ物と判断される。
『斬撃を飛ばす剣』が既にあるなら、『斬撃を飛ばす斧』も創れないという事だ。
『剣』が作れるメリットはあるが、『ただの剣』すらも創れないこの能力を便利と取るか不便と取るか……難しいところだよなぁ。
「──……します」
「……え?」
「ですから、代筆しますのでお名前をお願いします」
「あ、すみません! 『ケンジ』って言います……」
俺が思考に浸っている間、何度も呼びかけてくれていたのだろう。羽ペンを片手に眉を顰める受付嬢に、慌てて謝罪と名前を伝えると、彼女はサラサラと契約書に俺の名前を書き込んだ。
「──こちらのお名前で正しいか、ご確認ください」
『ケンジ』。
差し出された契約書に記入された文字がそう読める事を確認し、「大丈夫です」と答えながら書類を返す。
受付の女性は俺の名前が記された契約書を手に立ち上がると、「暫くお待ちください」と断ってから奥へと消えて行った。
その背中を見送り、先程の書類に記入された名前を振り返る。
(『ケンジ』って……こっちの世界じゃ、あんな字になるんだなぁ……)
『ケンジ』……『ケンジ』か……と、こちらの世界での自分の名前を確かめるように、カウンターの上を指で繰り返しなぞって感覚を馴染ませる。
何となく、自分の名前くらいは書けるようになっておきたかったのだ。
小学生の頃にやった、ひらがなの書き取りを思い出すな……なんて事を考えていると、やがて受付嬢が彼女の肩ほどの幅を持つ、底の浅い箱を抱えて戻って来た。
「──お待たせいたしました。こちら、ケンジ様の『ギルドタグ』となっております。冒険者としての身分や階級を示す大切な物になりますので、紛失や損壊には十分にお気を付けください」
そんな説明と共にカウンターに置かれた箱の中から、ドッグタグを思わせる首飾りを手渡される。
二枚一組のプレートの片方には『ケンジ』と俺の名前が記載されており、もう片方のプレートには『三等新芽級』と刻まれているのが読めた。
「冒険者の階級は駆け出しを示す『三等新芽級』から始まり、依頼達成で二等、一等と昇格します。そして一等新芽級になると年に一度の試験を受けられるようになり、合格すると……」
「──更に上の等級になれるんですね……!」
「……お察しの通りです」
思わず声を被せてしまった。
最初こそ情けない姿を見せてしまって落ち込みもしたが、ここに来て急な王道展開に興奮が隠せなかったのだ。
だってワクワクするだろ。もしもこの先活躍して行く事が出来れば、いつか俺も伝説の──
「新芽級の上は『ヤヌル級』『メヌリナ級』『ダント級』と続き、最上級の『ジョンモ級』ともなれば、稀ですが王族からの依頼が舞い込む事もあります。『一等ジョンモ級』を目指して頑張ってください」
(……なんて?)
一瞬、我が耳を疑った。
『えっ、最上級ってジョンモなのか?』『一等ジョンモって何だ?』といった疑問が脳内を駆け巡るが、それらが言葉に出ないようにぐっと堪える。
(落ち着け……! 途中にあった『メヌリナ級』って言葉は『メヌリナの木陰』って名前でも聞いた事がある! 多分コレ、植物や木の名前なんだ!)
響きは何とも気になるが、地面から顔を出した新芽が大きくなり大木へと育つ……多分、そんなニュアンス。
よりにもよって最上級が『ジョンモ』という、どこか気の抜ける響きになってしまっているのが玉に瑕だが、それ以外はロマンがある。ちゃんとある……筈。
その後は冒険者としての最低限のマナーや、依頼を受ける際の注意点といった軽い説明を受け、俺は晴れて『三等新芽級』の冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。




