第7話 金稼ぎ
冒険者ギルド(以下、甲)とは、契約した冒険者(以下、乙)に対する依頼の募集から斡旋を行う互助組織である。
甲は乙に対して依頼の強制をする事は無く、乙は自らの意思のみによって依頼を受けるものとする。
本契約における『依頼』とは、甲が掲示する討伐・採取・護衛・探索その他の業務を指す。
乙は依頼遂行において発生した損害・負傷・死亡について、甲に一切の補償を求めないものとする。
また──
……そんな文面が長々と続く契約書の内容に目を通し、いざ署名をと言ったところで、俺の手が止まる。
契約書に並ぶ異世界の言語は問題なく読めるし、理解も出来る。しかし、その異世界の文字で自分の名前を書く場合、どの文字をどう並べれば良いのかが分からないのだ。
羽ペンに付けたインクが渇き、逆に俺の額が焦燥の汗でじっとりと湿る。
そんな姿に、受付の女性が何かに気付いたのだろう。小さな声でこんな提案をしてきた。
「──ご希望であれば、代筆サービスもございますが……」
「そ、そうなんですか……!?」
そう言えば、どこかで聞いた事がある。中世の時代、文字が書ける者は現代と比べて遥かに少なかったと。
この世界が前世の中世と同じ識字率なのかどうかは分からないが、こんなサービスがあるくらいだ。きっと珍しい事ではないのだろう。
早速俺はそのサービスを受けようと、視線を受付嬢に向けるが──
「代筆をご希望の場合は、追加で銅貨三枚が必要となりますが……いかがなさいますか?」
「え……」
金取んのかよ。と、つい声に出しかけたのをなんとか飲み込む。
……そうだ。識字率の低い世界の場合、文字が書けるのはそれだけで一つの技術なのだ。それを借りる以上、人件費がかかるのは当然の事だと納得する。
納得はするが……しかし……
(どうしよう……俺の手持ち、銅貨二〇枚しか無いんだけど……)
ロードリックさんも、きっとこの代筆サービスの事は忘れていたのだろう。いや、もしかしたら俺が字を書けると思っていたのかもしれないが……
「──すみません、少し、お金を用意してきます」
「……承りました。ご用意が済みましたら、またいらしてください」
いずれにせよ、足りない銅貨を手に入れなければ先には進めない。
俺は受付嬢に断って、冒険者ギルドを一旦後にした。
(銅貨三枚か……現代日本で言うと、どのくらいの金額なんだ……?)
冒険者になる為に必要な金が銅貨二〇枚である事を考えると、多分そこまで高いって訳じゃないと思うが……
(……そうだ。その辺の屋台をチラ見して、相場から大体の価値を探るか)
幸いにも、ここは露店が多い商売の街。
具体的な価値は分からなくても、大体の予想は立てられるくらいのサンプルはある筈だ。
(──なるほどな。『ペェの実』とか言う拳大の果実が、一つで丁度銅貨三枚……リンゴと同じくらいと考えると、銅貨一枚は五〇円とちょっとってところか?)
商人の子供が銅貨三枚を手に、気軽に『ペェの実』を買っている姿を何度か見かけた事から考えるに、それは本当にお小遣い程度の金なのだろう。
……つまり、俺はさっきその程度の金銭的余裕もないと、受付嬢に宣言してしまった訳か。
そう考えると、恥ずかしくてもうあの受付嬢に会いたくないな……
(……いや、そうも言ってられないんだ。とりあえず、そのくらいの金なら直ぐにでも用意できる筈……!)
旅人や行商人相手に取引する街なら、買い取り専門店のような場所もどこかにある筈だ。
幸か不幸か、今の俺には『売る物』の当てもあるしな……
「──この盾を売りたいィ?」
「はい。いくらくらいになりますかね?」
街の衛兵に道を尋ね、辿り着いたのは買取もしている装備専門店だ。
売りたい物を伝えた結果、ここが一番高く買ってくれるのだと、衛兵は親切に教えてくれた。
……情報料のチップとして銅貨一枚取られたせいで、更に財布は厳しくなったけどな。流石商売の街、金にシビアだ。
何はともあれ、こうして目的の店にやって来た俺は、早速店主に『やたら固い癖に痛がる盾』を見せ、査定をお願いする。
「……見た事ねぇ盾だな。誰の作だ?」
「えっと……旅の途中で偶然手に入れた物なので、分かりません」
「むぅ……」
どうやら世界が変わってもブランドという物は存在するようで、この世に一点しかない盾は値段が付けにくい物らしい。
このままではマズいかも知れないと思い、俺は盾の頑丈さをアピールする事にした。
「この盾、とにかく硬さには自信があるんです! この街に来る途中でゴブリン達の爪を何度も防ぎましたが、見ての通り僅かな傷も無いでしょう?」
「確かに使った後にしちゃあ新品みてぇな光沢だが……相手がゴブリンじゃあ、ちと説得力がなぁ……──少し、試させて貰うぜ?」
「えっ? ──あ、ちょ……っ!!」
店主はそう言うと……恐らく鍛冶に使うのだろう小さな金槌を取り出し──俺が止める間もなく、盾を軽く小突いた。
『──うっぎゃああああぁあぁぁぁっ!!! 痛ってええぇぇぇえぇええっ!!!』
「ぅおおおっ!!? な、なんだこの盾、喋りやがった!?」
「す、すみません。言い忘れてましたが、この盾、『やたら固い癖に痛がる盾』なんです……!」
「なんだぁそりゃあ!? そんなの、やかましくって使えたもんじゃねぇだろぉ!?」
軽く小突いただけでとんでもない声量で叫ぶ盾に、店主が文句を言う。
「で、でもホラ! 見てくださいよ! 軽くとは言っても金槌で叩いたのに、僅かな傷もついてない!」
「だとしてもこんなので攻撃防いだら、無限に周囲の魔物を呼び寄せるだろうが!?」
「ぅぐ……っ!」
必死で硬さをアピールするが、ご尤もな正論を返されてしまい閉口する。
(くそ……せめて取引が成立するまでは隠しておきたかったのに……!)
内心でそう毒づいていると、にわかに店の外が騒がしくなって来た。
何事かと入り口の方へと振り向くと、外からガチャリとドアが開けられ、物々しい集団が入ってくる。
「──衛兵だ! 先程近所の者から、この店内で悲鳴が上がったと報告が入った! 詳しい説明を聞かせて貰おうか!!」
「あ~あ……」
「『あ~あ』じゃねぇ!! 面倒な盾持ち込みやがって……!」
「──まったく、人騒がせな盾だな……」
「すみません、俺の説明が遅れた所為で……」
「ったく、これで分かったろ! こんな盾、問題を呼ぶだけだ! 価値なんかある訳が──」
あらぬ噂まで立てられてしまい、店主はもうカンカンだ。
やはりダメか……こうなれば、また別の店にこいつを持ち込んで……と悪だくみをしていると、店主の言葉を遮り、衛兵の一人が口を挟んだ。
「……いや、店主よ。全く価値が無い訳ではなさそうだ」
「? と、言いますと?」
「確かにこのような街中や、魔物の溢れた危険地帯では使えない盾だが……大きな街の闘技場ともなれば、話は変わる」
「! ふ、ふむ……」
衛兵の一言に直ぐに思い当たる節があったのか、店主は顎に手をやり盾を見る。
「……あの、すみませんが、その『闘技場』というのは……?」
「ん? あぁ……まぁ、真っ当な冒険者には縁遠い話だが、簡単に言えば『重犯罪奴隷』同士の剣闘試合だな」
聞けば、この国の法律では一定以上の極悪人と判断された者が捕まると、『重犯罪奴隷』となって闘技場に送り込まれる場合があるのだとか。
そこでは日夜、生き残りをかけた試合が組まれ、金持ち達による賭けが行われているらしい。
彼等の必死な形相や悲鳴は一種のエンターテインメントとして、観客の愉悦を満たす為に消費され続けるのだという。
(上流階級の娯楽の一つって訳か……悪趣味だが、重犯罪者だというのなら同情もされにくいだろうし、きっとこの世界ではそう言う扱いも当たり前なんだろうな)
きっと、死刑の代わりにそういう物があるのだろう。そう考えれば、一応納得はできる。
現代日本の倫理観を持ってる俺が見に行くという事は、まぁ先ず無いだろうが……
(──しかし、なるほど。そうなるとこの盾の『使い道』も想像できるな)
一発で通報が入る程の声量と、迫真の絶叫。金持ち達にとっては、その悲鳴がどこから上がったのかは関係ない。
それが娯楽になるのなら、その『闘技場』という場所では確かに価値があると言えるのだろう。
「衛兵さん……もしかしてこの盾って、闘技場に売った方が、良い金額で売れます?」
「そうだな、アレは結局のところ金持ちの道楽だ。売るのなら専属の奴隷剣闘士を持つような、貴族の方が──」
と、そこまで衛兵が口にした瞬間、店主が声を上げた。
「ィ良し、買った! 待ってろボウズ! 直ぐに査定するからよ!」
「えっ」
「こいつなら銀貨二〇……いや、五〇枚でも良いぜ!」
『貴族に売れる』。そう耳にした瞬間に店主が手の平を返し、カウンターにジャラジャラと銀貨を積んだ。それにより、恐らく彼の言う『ゼル』は『銀貨』の事なのだろうと察する。
俺のような一般人とは違い、彼のような商人であれば、貴族相手に取引する機会もあるのだろう。
このまま俺が持っているより、ここで売った方が結局は俺にとっても美味しい話になるのは分かる。
分かるが……
「で、でもこれ他に見た事無い盾ですし……貴族ならもしかして、もっと──」
やっぱり美味しい話なら、もっと美味しくしたいじゃないか。
にやけ笑いが漏れそうになるのを堪えつつ、迷うフリをして店主をゆさぶる。
「ぐ……あ、足元見やがって……! ──分かった! 金貨一枚……いや、二枚! これ以上にはならんぞ!」
「お買い上げありがとうございますぅ!」
そして、ついにカウンターに置かれた黄金の輝き……金貨。
彼の言う様に、ここが吊り上げられる限界だろうと直感すると、俺は笑顔で彼の手を取った。
「キミ……良い性格してるな。商売人に向いてるんじゃないか……?」
少しばかり引き気味な衛兵が見つめる中、俺と店主はガッシリと握手したのだった。




