第6話 ポルタムの街
「──ここが、ポルタムの街……!」
馬車を降りた俺の眼前に広がった光景は、現代日本のそれとはまるで異なる街並みだった。
石造りの建物が立ち並ぶメインストリートは石畳で舗装され、多くの冒険者らしき人々が革靴でその上を行き交っている。
その中には自分の馬車に大きな荷物を乗せて運ぶ行商人らしき人物の姿や、通りの端で露天を開く者の姿も多い。どうやらこの街の喧騒は、そんな商人達が作り出しているもののようだった。
「この街は交易の中継地点でもあるからな。冒険者や行商人に限らず、彼ら相手に商売をする者も多いんだ」
「! ロードリックさん、先程は乗車賃を立て替えていただきありがとうございました!」
背後から聞こえた声に振り返り、感謝の意を伝える。
ここまででも色々と世話になった気がするが、今回は特に嘘をついて奢らせてしまった形だ。申し訳なさもあり深々と頭を下げると、彼は『気にするな』と一言で済ませた。
そして、ここまで乗って来た乗合馬車の方へ一瞥すると、続けた。
「俺はこの後も護衛の依頼があるからここでお別れだが、今の内に伝えられる事は伝えておこうと思ってな」
「伝えられる事……?」
「宿屋とギルドの場所だ。ここで路銀を稼ぐなら必要な情報だろう?」
その言葉にハッとする。
確かにこんな見知らぬ街で……というか、見知らぬ世界では、どこでどう金を稼ぐのかも分からない。
危うく路頭に迷うところだったのだと、今になって自覚した。
そんな俺の表情を見てふっと笑ったロードリックさんは、街並みに視線を向けて説明してくれた。
「──と言っても、この街では宿に困る事の方が難しい。行商人や旅人相手の商売で発展した街だからな、宿屋なんて道を歩けば自然と目に入る」
確かに彼の説明を聞きながら街を見回せば、馬車を停める為の車庫のようなスペースを持つ大きな建物があちらこちらに散見される。自分の馬車を持つ商人や旅人なんかは、ああいうところに泊まるのだろう。
「ああいう宿は、馬や積み荷の管理もしてくれるから高くなるんだが……キミのように馬車を持たない者なら『メヌリナの木陰』がおすすめだな。メインストリートからは外れるが、安価な割には美味い飯を出す良い宿だ。場所は──」
そう言って、『メヌリナの木陰』という宿の場所を教えてくれるロードリックさん。特徴的な看板の事も教えて貰った為、迷う事なく辿りつけそうだ。
続いて彼は、ギルドについても教えてくれた。
「ギルドに関してはいくつかあるが……まぁ、キミの目的を考えれば、日雇いの仕事が見つかりやすい『冒険者ギルド』が良いだろうな。場所は──」
と、宿屋の時と同じように道を教えてくれた後、彼は懐から小さな革袋を取り出した。
何だろうかと手渡された袋を開けて確認してみると、中にはなんと銅貨が何枚も入っていた。
「え……っ!? ちょっ……こ、これは!?」
「冒険者ギルドの登録料として必要な銅貨二〇枚だ。流石に冒険者登録なしでは、仕事の斡旋もしてくれないからな。『メヌリナの木陰』で一晩過ごすなら最低でも銅貨十五枚必要だが、それくらいならば簡単な依頼を受ければ直ぐに稼げるだろう。俺が手を貸せるのはここまでだ」
彼の言う『リル』というのは、この国の通貨の単位だろう。
『このくらいは当然だ』とでも言いたげに銅貨をくれた彼の好意に甘え、俺はその重みを両手に確かめる。
「何から何まで、ありがとうございました! この恩はいつか、必ずお返しします!」
彼から受け取った袋を懐にしまい、俺は彼に再び頭を下げた。
何と言うか、この世界に来てから彼には世話になりっぱなしな気がする。このまま何もお返ししないというのは、俺が我慢ならない。
そう思っていたのだが……
「はは、律儀だなキミは。期待せずに待ってるよ、キミは旅人なのだろう?」
「あ……そう、ですね」
そう言って手を振りながら去っていく彼を、俺は見送る事しか出来なかった。
確かに、インターネットどころか電話すら無さそうな世界で、また会える保証が無い旅人がするような約束ではないか。
(──馬車の中で、何かお礼になるような物を創っておけば良かったな……)
そんな小さな後悔が、ちくりと胸に刺さった。
(……とりあえず、気を取り直してギルドに行こう)
今は何より、先立つ物を得るのが先だ。
EDソードを追う為にも、それ以前に今日の夜を越す為にも先ずは金を稼がなくては。
ロードリックさんへのお礼の機会も、金を稼げなければ訪れる事は無いだろうしな。
内心で自分にそう言い聞かせ、俺はポルタムの街へと一歩踏み出した。
「──安いよ、安いよぉー!」
「──旅人なら見てってくんな! 損はさせないよーっ!」
そんな呼び込みの声が次々に投げかけられるメインストリートを歩きながら、俺はまるで初めて都会に来た『おのぼりさん』の様に視線をあちらこちらへと向ける。
(……声だけじゃなく、看板の文字も問題なく読めるな。転生前に女神が『翻訳もサービスする』みたいな事言ってたけど、ちゃんと機能してるみたいで安心だ)
ロードリックさんの言っていたように、この街にはとにかく宿屋が多いようだ。
立てかけられた看板も宿屋を謳う物ばかりであり、それらに挟まれていくつかの商店が並んでいる。
(『リナンの魔法具屋』か……魔法の力を持つアイテムも、この世界では珍しくないんだろうな……)
そんな風にこの世界の情報を集めながら、行き交う人や馬車にぶつからないように道を歩く事数分。
俺の目の前には、白い漆喰の壁を思わせる立派な建物が聳えていた。
「ここが『冒険者ギルド』か……!」
(俺もいよいよ冒険者になるんだな! 転生者として、せめて冒険者としては良いスタートダッシュを決めたいところだ……!)
前世の漫画やアニメで何度も見たその建物が、こうして現実に存在する感動を噛みしめながら、俺はギルドの扉を潜る。すると……
(──おお……)
最初に感じた印象は、『思ったよりも清潔な場所なんだな』といった、どこか失礼な感想だった。
外観と同じ白を基調とした壁、タイル張りの床の上に敷かれた絨毯。入り口から真っ直ぐ進んだ先に構えられた木製の受付カウンターは磨かれ、美しい木目が浮かんでいる。
壁にかけられた掲示板には依頼書らしき紙が無数に張り出され、数人の冒険者らしき人達がその内容を見比べていた。
(なんというか、ちゃんとした役所っぽい……!)
もっと荒くれものが屯する酒場のような雰囲気を覚悟していた俺は、思わずその光景に呆然としてしまった。
「……──どうぞ、こちらへ」
「えっ、あ、はい!」
入り口で立ち尽くす俺にしびれを切らしたのか、受付の女性から声がかけられた。
俺は慌てて返事をすると、小走りでカウンターに駆け寄りながら内心で反省する。
(早速やっちまった……! こういうパターンの小説も読んでたってのに……!)
頬が熱くなっているのを自覚しながらカウンター前に立つと、受付の女性が定型文らしき言葉をかけて来た。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件はクエストの発注でしょうか?」
「あ、いえ、冒険者登録をお願いします」
「登録、ですか……」
そこで受付の女性は、俺の服装に軽く視線を走らせる。恐らく、装備らしき物を身に着けていないのが気になったのだろう。
しかし、俺の腰のベルトに『やたら固い癖に痛がる盾』が引っ掛けられている事を確認した女性は一先ず納得したのか、受付テーブルの下から一枚の書類を取り出し、カウンターの上にスッと差し出した。
「登録にはお名前と、登録料として銅貨二〇枚が必要となります」
「あ、はい。お金はこれで……」
「確かに受け取りました。──では、こちらにお名前をお願いします」
そう言って、彼女は筆記用の羽ペンとインクを差し出してくれた。
(うおお……! 本物の羽ペンだ! めっちゃファンタジーって感じする!)
そんな小さな感動を手に握り締め、インクに浸し、書類に向かい合ったところで……
──俺は固まった。
(契約書……文字は普通に読めるし、内容も問題は見当たらない。だけど──)
そう。ここに来るまで、問題なく看板の文字が読めていた為失念していたが……
(──俺の名前って、どう書くんだ……?)
……どうやら女神のくれた翻訳機能は、筆記には対応していなかったようだ。




