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第4話 魔剣の真の恐ろしさ

 ──むくり。


 乗客が寝静まった深夜の馬車の中で、一人の男が静かに起き上がった。

 男はチラリと馬車の窓から外の様子を伺い、傭兵達の視線が馬車の中へと向けられていない事を確認すると、足音を殺して馬車の中を歩く。

 そして……


(──へへ、すっかり寝てやがる。まぁ、寝る前にアレだけ飲んでたら、こうもなるだろうぜ……!)


 彼は足元で満足気な寝息を立てる一人の若者──境健二を見下ろし、ほくそ笑む。


「……んぅ……──へへ……よせよ、俺は……一人しかいないんだぜ……ふへへ…………」

(デレデレした寝顔してやがるな……女どもに金を払った価値はあったか……)


 昨晩、健二が多くの女性達に酌をして貰っていたのには、彼の企みも関係していた。

 と言っても、彼の施した『仕掛け』は大した事ではない。

 ただ女性達にチップと称して金を渡し、健二を指して『あの男に酌してやってくれ。ゴブリン達を無事に退けられたのは、アイツの活躍のおかげもあったからな』と言っただけだ。

 女性達は悪気も無く健二に次々と酒を注ぎ、そして彼はまんまと深い眠りに落ちた。

 ──男はこの時を待っていたのだ。


(へっへっへ……どれもこれも珍品ばかり。オークションにでも出せば、良い金になるぜ!)


 男は健二の荷物から彼の持ち物を一つ一つ品定めし、自分の袋にしまっていく。


(おっと……この『やたらと痛がる盾』はダメだな。痛がって叫ばれたら、盗みどころじゃねぇや……)


 と、盾はそっと優しく傍らに退かし、そして最後に──


(こいつが『性欲を殺す剣』……ゴブリンの性欲すら無くしちまうとは、男の天敵のような魔剣だな……!)


 ピンクがかった黒い刀身を鞘から抜き、しげしげと眺めると……そのまま足元に眠る健二へと視線を向けた。


(ゴブリンに対する効果はあの戦いの途中でも見たが……人間にも効果があるのかは試しておかねぇとな……!)


 見れば、健二の股間にはテントが張っていた。きっと『良い夢』でも見ているのだろう。

 男はこれ幸いと、彼に向けてEDソードを振り抜いた。その瞬間──


 ──へにゃり。


 そんな擬音でも聞こえてきそうなほど、分かりやすくテントがしぼむ。


(──おっかねぇ……!)


 自分でやった事とはいえ、そのあまりにも衝撃的な光景にひっそりと息を飲む。

 そして男はそのままEDソードも袋にしまうと、傭兵の目を盗んで馬車の外へと抜け出した。


(ここから街まで走れば、十分夜明けには間に合う! じゃあな、若造! 良い珍品をありがとよ!)


 ……ここまで彼が物音一つ立てなかったのには、また一つのカラクリがあった。

 手袋で隠された彼の右手中指に輝く指輪は、周囲の音を吸い取る魔道具だったのだ。

 ──こうして彼は今回もまんまと珍品を手にし、夜の闇に消えて行ったのだった。




◇


「──くっそあの野郎、許せねぇ!!」


 目が覚めたら盾以外の装備と愚息の元気を同時に失っていた俺は、朝から憤っていた。

 周囲には俺の絶叫を聞きながらも、自分の荷物と股間の安否を確認する乗客たち。そして、乗客の名簿と照らし合わせ、消えた人物の正体を特定しようと相談する冒険者たちと御者の姿もあった。


「まさか、あの男が盗人だったとは……乗客の経歴は、確認していたんですよね?」

「え、えぇ。ですが、彼の提示した信用状が巧妙に偽装されていたようで……恥ずかしながら、気付けませんでした……」

「そうですか……いや、仕方ない。奴はこう言う犯罪に関してはベテランです。今は他の乗客にも被害が出ていないか、確認を優先しましょう。街に着いたら、ギルドに報告をお願いします」

「は、はい」


 乗客の一人──黒い縮れ毛の男が姿を消したと言う話は、既に聞いた。

 直接話した事は無かったが、奴とは同じ馬車で寝ていた筈だ。それがEDソードや、他の装備と共に消えた……犯人は間違いなく、アイツだろう。しかし──


「剣を盗まれるまではまだ良いとしても、なんでそれで俺を斬った!? 俺の息子を返せよおぉッ!!」


 込み上げる喪失感と悲しさ、切なさ……そして怒り。その全てを吐き出すかのように天に吼える。多分ここまで大きな声で叫んだのは、生まれて初めてではないだろうか。


「──あー……その、なんだ。落ち着けとは言いにくいが、気を確かにな……」

「あ、アンタは……!」


 おずおずといった様子で声をかけて来たのは、昨夜俺を盗人と疑っていた赤毛の冒険者──ロードリックだった。


「おい! 何でアイツが盗人だって気付かなかったんだ!? 俺の事は疑ってたのに、アイツの事は疑わなかったのか!?」


 彼が悪い訳ではないと、頭の片隅では分かっている。だが、それでも俺はつい彼の胸倉を掴んで食って掛かってしまった。

 なにせ、この歳で俺の息子は現役を卒業してしまったのだ。冷静でいられるはずもない。


「……その点に関しては、済まなかった。今となっては言い訳にしかならないが、奴は商業ギルドからの信用状を巧妙に偽装していたんだ」

「信用状を持っていたからと言って、それが疑わない理由になるのか!?」

「言いにくい事だが……なるんだ。ケンジ、キミの国でどうだったかは知らないが……少なくともこの国では信用状は公的に権威のあるギルドが発行する物で、それを疑うと言う事はギルドの権威を疑う事になる。……少なくとも、あの御者には信(・)用(・)状(・)を(・)疑(・)う(・)事(・)自(・)体(・)、不(・)可(・)能(・)だ(・)っ(・)た(・)んだ」

「ぐ……っ!」


 ロードリックは俺の手を振り払おうともせず、ただこちらの目を見て真摯に回答してくれている。

 落ち着いた様子の彼の対応に、俺も少しずつ頭の中が冷静になっていくのを感じていた。


(もしかして、これが中世の常識なのか……!? こんなにも簡単に、セキュリティが突破されてしまうのか……!)


 無力感に拳から力が抜け、彼の胸倉を掴んでいた手がするりと抜ける。

 彼は軽く襟元を正すと、話を続けた。


「──勿論、その分ギルドの信用状を偽装する事は重罪になる。次の街のギルドに報告が行き次第、奴は全国的に指名手配されるだろう。君が盗まれた装備の行方も、きっと分かるはずだ」

「……」

「現在、他の乗客の身元を念入りに調べている。もう二度と、同じ被害は出させないと誓う」

「あの剣が戻って来ても、俺(・)の(・)剣(・)は戻らない……」

「う、むぅ……」


 力無く呟いた俺の言葉に、どうにか慰めようとして……どうにもできない事を理解したのだろう。ロードリックさんは言葉を詰まらせた。


「……気休めにしかならないが、方法が無い訳ではない筈だ」

「!? 本当か!?」

「ああ。全く未知の能力ではあったが、その……『性欲を殺す能力』が存在するのなら、逆の能力──『性欲を蘇らせる能力』もきっとこの世界の何処かにはある筈だ。或いは、高名な術師に作(・)っ(・)て(・)貰(・)う(・)と言う方法もある。だから今は──」


 彼の言葉を聞いて、俺の脳裏には天啓が舞い降りた。


「そうか……!」

(そうだ! 目が覚めてからずっと動転してて、すっかり忘れていた! 【創造】の能力があれば作れる筈じゃないか! 『性欲を蘇らせるアイテム』を!)


 俺の胸に希望の灯が蘇る。

 あんなことがあったばかりだからまだ実行する気にはなれないが、街に到着したらどこか安全な場所でそのアイテムを創ろう。

 そうすれば、何の問題もない。俺がそんな希望的な結論を出したその時、ロードリックさんがそれに待ったをかけるように一つの事実を告げた。


「ただ……奴が持ち去ったキミの剣。その行方が分からない限り、被害は出続けるかもしれないな……もしかしたら、話を通せば国の協力も得られるかもしれんぞ。何せ──万が一、王(・)族(・)が(・)被(・)害(・)に(・)遭(・)っ(・)た(・)ら(・)、国(・)の(・)存(・)続(・)の(・)危(・)機(・)だからな」

「え……っ!?」


 一瞬、思考が停止した。

 彼の言葉を纏めると、『俺の剣で国がヤバい』という事だ。


(それって最悪の場合、E(・)D(・)ソ(・)ー(・)ド(・)を(・)創(・)っ(・)た(・)俺(・)に(・)も(・)責(・)任(・)が(・)発(・)生(・)す(・)る(・)んじゃないか……?)


 流石にこの俺がEDソードを創った事は、俺自身が話さなければバレないだろう。だが、この国に持ち込んだのが俺である事は伝わるはずだ。

 最悪の場合……


(えっ、俺、テロリストになるのか? これ?)


 俺は今更ながら、俺の創り出してしまった剣と、【創造】という力の恐ろしさ(リスク)を痛感したのだった。

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