第3話 剣、消失
「──うおおぉぉっ! どんどん、かかって来いやぁ!」
それは奇妙な光景だった。
一度は馬車に押し込められた男が、奇妙な剣を手にゴブリンに切りかかる。
「グハァッ……──?」
斬られた筈のゴブリンは、しかし傷一つなく健在だ。しかし──
「…………? グギ?」
(──敵意が無くなっている……? どう言う事だ?)
ゴブリンの行動原理は単純だ。
『メスを襲い、孕ませる』という、生殖本能。だからこそ、ゴブリンを懐柔する方法は存在しないものとされて来た。
だが……
「おらあっ!」
「ゥギヒィッ! ──アグァ?」
その存在しない筈の光景が、目の前で繰り広げられているのだ。
(──面白れぇ。ゴブリンが襲って来た時は、めんどくせぇことに巻き込まれたと思ったが……こんな所で、こんな珍品に出会えるなんてなぁ……!)
ゴブリン討伐に駆り出された乗客の一人──黒い縮れ毛の男の鋭い視線は、ピンクの残光を引く奇妙な剣に向けられていた。
◇
「──昼のゴブリン騒動の時は助かったよ。まさか、あんな剣を持っていたなんてね!」
「ケンジ、中々カッコ良かったわよ!」
「どうやってゴブリン共を大人しくさせてたの?」
「あっはっは! いやぁ、あの剣の能力ですよ! あの剣、斬った相手の性欲を殺せる魔剣なんです!」
「へ、へぇ……? 随分変わった剣なのね……?」
馬車を襲うゴブリンを退治し終えた後、俺は乗合馬車に乗せて貰い、そのまま彼等に同行していた。
森を抜け、草原を移動している途中で日も暮れてきて、安全の為にキャンプをする事になった夜。俺も含めてゴブリンと戦った男達は、女性の乗客や冒険者たちに労いを受けていた。
(異世界の女性って、美女や美少女揃いだなぁ。注いで貰った酒が美味い……!)
晩飯にと振舞われた干し肉を噛み、注いで貰った酒で流し込む。
日本で飲んでいた酒より品質は劣る筈だが、美人に注いで貰った酒はそれだけで美味いのだと実感する。
勿論ゴブリン達と戦い、彼女達を守る事が出来たと言う充足感のおかげもあるのだろうが。
ただ……
(──これだけ色々あって、目が覚めないとなると……俺は本当に死んで、異世界に来てしまったって事なんだろうな……)
昼間に赤毛の傭兵に投げられ、地面に打ち付けた尻を撫でると、僅かにじくりとした痛みを感じる。
アレだけ飛ばされておいて軽い打撲になっただけで済んだのは、前世よりも身体が頑丈になってると言う事なのだろうが……そうか、俺は本当に死んでいたんだな。いつの間にか。
(そう思うと、凄い無茶をしたもんだな。転生して直ぐに、命のやり取りをしていたのか俺は……)
もしもあの時、ゴブリンから攻撃を受けていたら……今になってゾッとする。
夢だと思っていたからこその冒険。……これが現実だと知ってしまった俺に、今後も同じことが出来るのだろうか。
「──っ!」
「お、良い飲みっぷりだね! もう一杯飲む?」
「お願いします……!」
不安を忘れるように酒を呷る。
この世界の文明レベルによるものなのか、それとも俺の身体が生前よりも頑丈だからか、思うほど酔えない。
俺は空になったコップを差し出し、美女に注いで貰うとまた呷った。
「キミ、今良いかな?」
「っ、貴方は……」
ようやくほろ酔い加減になって来たかというところで、一人の男性が声をかけて来たので振り返る。
獣除けも兼ねた焚火に照らされた顔は、俺を馬車の方へと投げ飛ばした赤毛の傭兵だった。
「確かケンジと名乗っていたか? 俺はロードリック。見ての通り、冒険者だ。あの時は投げ飛ばして済まなかったな。緊急時だったと言う事で、大目に見て欲しい」
「あ、はい。特に恨んでたりはしませんし、謝罪とかは要らないです」
「そうか、それは良かった。……隣、失礼する」
ロードリックと名乗った彼は、そう言って俺の隣に腰を下ろすと、その手に持ったコップの酒を一口飲む。
「ケンジ、キミに聞きたい事があってな。二つ三つ、答えてくれるか?」
「え? まぁ……答えられる事なら」
「ははっ、誰にでも探られたくない腹はあるものだ。そこまで深く踏み込む気はないから、そう身構えないでくれ」
「そうだな、先ず……キミのあの鎧、どうなっているんだ? 最初に見た時と、模様が違うように見えるが……」
「あぁ、アレは近くで鳴った音が勝手に文字として描かれるんです。だから勝手に増えるんですよ」
そう説明しながら、傍らに脱ぎ捨てた鎧をコンコンと指で叩くと、そこに『コンコン』という文字が浮かび上がった。
「ふむ……? 何とも奇妙な鎧だな。だが……街の子供達にはウケそうだ」
訝しみつつもロードリックさんが鎧を指で軽く弾くと、そこに『ビシッ』という文字が追加された。
それを満足気に見た彼は、次に俺の剣についても尋ねて来た。
「奇妙と言えば……キミのその剣も、大概変わっているな。確かさっき『性欲を殺す剣』って言っていたようだが……キミの国じゃあ、よくある装備なのか?」
「いえ、これは俺の国でも二つと無い物で……──って、あれ? 俺、この国の人間じゃないって言いましたっけ?」
「……まさか、隠してたつもりだったのか? キミがさっき、あの鎧の模様の事を『文字』って言ってたから、てっきり公言しているものかと……」
「あー……いえ、別に隠してる訳じゃないですけど、ちょっと不思議に思って。そっか、確かにそうだ」
ロードリックさんの観察力に感心しつつ納得していると、彼は呆れたような目で俺の持つコップに目をやり、忠告をくれた。
「明日もあるんだから、酒はほどほどにしておけよ? ──だがまぁ、隠してないというならいい機会だ。折角だし、キミがどこから来たのかも聞かせてくれないか? 『ケンジ』という名前の響きも珍しいし、近くの街や村って訳じゃなさそうだが……」
「えっと、日本ってところから来ました。ご存じかどうかは分かりませんが」
「ニホン? ……確かに聞いた事もない国だ。遠方からの旅人というやつか」
「そうですね。多分、そう表現するのが一番近いかと」
流石に異世界転生なんて言っても通じないだろうし、信じて貰える訳もないのでぼかして答える。
まぁ、嘘にはならないだろう。はるばる遠くの場所に来てるって点では、旅も転生も同じようなものだし。
「ふむ……見慣れない服装や装備も、その途中で手に入れたという訳か。武器も防具も、珍品揃いだな」
「あはは……」
手に入れたと言うか、創ったのだが……これに関しては答えずに笑って躱す事にした。
流石にこんな能力がバレたら面倒ごとになりそうだからな。少なくとも、この異世界で自衛が出来るくらいの実力と装備を手に入れるまでは、誰にも話すつもりは無い。
そんな俺の笑顔に何を思ったのか、ロードリックさんはそれまでの気安い雰囲気をガラリと変えて、鋭い眼で俺に告げた。
「──キミはこの辺の事情に明るくないようだから、忠告しておくが……自分の持ち物の価値は、正しく理解しておく事だ」
「えっ」
その変化に呆気に取られていると、彼は俺が傍らに置いていた装備に視線をやり、苦々し気に続ける。
「近頃この辺で、キミの装備品のような『珍品』が盗まれる被害が多発している。犯人は街から街へ逃げながら犯行を繰り返しているらしく、未だに捕まっていないらしい。……まぁ、どこかで既に殺されてる可能性もあるが、キミはそいつからすれば恰好の獲物だ。用心はしておけ」
「あ、はい。ありがとうございます……!」
まさかそんな事件が起きていたなんて知る由もなかった俺は、彼に心からの感謝を返す。
確かに珍しさという一点においては、この装備達はトップクラスの物ばかりだ。何せ、この世に二つと存在しない事が確定しているのだから。
(とりあえず、今日の酒はこれを最後にしておこう)
そう決めてコップの酒をちびちび飲み始めた俺を見て、ロードリックさんは立ち上がり……ホッとしたような、穏やかな表情で告げた。
「──正直に言うと、俺はキミがその盗人なんじゃないかって疑ってたんだが……見たところ、そう言う訳じゃなさそうだな。隙が多過ぎる」
「あ、あはは……」
「まぁ、そう言う事なら安心だ。もう目的の街は直ぐだが、またゴブリンが来ないとも限らない。その時はまた頼むよ」
「あ、はい!」
そう言って片手を振りながら彼は離れて行った。
あくまで乗客扱いの俺達とは違って、彼等傭兵達はこの後交代で寝ずの番をする手筈になっている。
仲間とその打ち合わせをする様子を見ながら、俺はまたちびちびと酒を口に運ぶのだった。
──夢を見た。
周囲を美女や美少女に囲まれ、ひたすらチヤホヤされる夢だった。
多分、昨夜の酒宴の所為だろう。ぶっちゃけてしまえば、かなりエッチな夢だった。
それが突然ぷっつりと途切れ……──俺は目を覚ました。
「ん……朝、か……?」
寝ぼけ眼を擦りながら、馬車の中でむくりと起き上がる。
あくびを一つし、まだ少しぼーっとする頭で昨日の出来事を振り返っていた。
(あぁ……そうだ。異世界に来て、ゴブリン達と戦って……チヤホヤされて、その夢を見て……──っ!)
そこでハッとした俺は、慌てて股間を確認する。
恥ずかしい話だが、俺はこれまであんなに美女や美少女にチヤホヤされた記憶は無い。そんなところにあんな夢を見たのだ。夢精の一つくらい、していてもおかしくない。
しかし──
「ふぅ……杞憂だったか……」
パンツを捲って確認した我が愚息は、特に粗相もしておらず平穏な物だった。
まさか、あんな夢を見ていたと言うのにこんなに大人しく……
「……──んん?」
(いや……いくら何でも大人し過ぎないか? 俺だって男だ。生理現象として朝立ちくらいは当然──)
そんな疑問を浮かべた時、ふと昨夜の会話が頭を過る。
『──近頃この辺で、アンタの持ってるような珍品が盗まれるって被害が多発してる』
『──アンタはそいつからすりゃ恰好の獲物だ。気をつけな』
「まさか……っ!」
ドッと冷や汗が噴き出す。
眠気が一瞬で吹っ飛んだ俺は、直ぐに自分の荷物が無事か確認したのだが……
「な……無い……! 俺の装備が──EDソードが……!」
俺はこの日、三つの剣を失った。
『斬る度に縮む剣』と『EDソード』……そして、『男の剣』を。




