第2話 恐るべき魔剣
「──くそ……っ、こんな時に限ってゴブリン共か……!」
「どう言う事だよ!? 近くの巣は少し前に掃討依頼が出されたんじゃなかったのか!?」
「担当した冒険者がサボりやがったんだ! 畜生め……!」
森の中に切り拓かれた街道にて、物々しい装備に身を包んだ男達が悪態を吐いていた。
彼等の視線は周囲を取り囲むゴブリン達に向けられており、その背に三台の馬車を庇う様に陣形を組んでいる。
馬車の中には戦闘が得意でない乗客や商人が立て籠もっており、その中には女性も少なくなかった。
この乗合馬車の護衛である男達は当然ゴブリンの狙いを理解しており、ゴブリンの下半身を一瞥すると、眉をひそめる。
「狙いは乗客の女か……! 性欲で動く魔物はこれだから質が悪い!」
「一匹たりと、馬車には近付けんなよ!?」
ゴブリンは一匹一匹は決して強くないが、必ず徒党を組んで人や村を襲う。
家畜は食われ、畑も荒らされるが、何よりも恐れられるのは『女性を執拗に狙う』という点だ。
ゴブリンという魔物においてメスは希少であり、その為彼等は多種族のメスにゴブリンを孕ませる習性を持つ。そんな彼等にとって、人間は比較的襲いやすい恰好の獲物なのだ。
「済まんがこの数だと俺達だけじゃ不安だ! 戦える奴は客も加勢してくれ!」
「ったく、面倒クセェなぁ! ちゃんと金は貰えるんだろうな!?」
「ギギャギャギャギャ!」
耳障りな鳴き声と共に襲い来るゴブリンを、男達はそれぞれの武器で蹴散らし、追い払い、時に斬り捨てる。
数は厄介だが、このまま行けば問題なく対処が出来そうだ……彼等がそう考えていた時だった。
「──!? おい、何だあの土煙は!?」
男の一人が空に巻き上がる粉塵を見つけ、周囲に呼びかけた。
「な……っ!? 何かがこっちに向かって来てる!?」
「大型の魔物か!? この辺にそんな奴の報告例は無かった筈だが……!」
「──ギギッ!?」
彼等の視線を辿ったゴブリン達も立ち上る土煙に気付き、何か大きな魔物が来る予感に怯み上がった。
──次の瞬間、木々の隙間から一人の男が土煙と共に姿を現した。
◇
「うおっ!? なんか、凄い状況だな!?」
一体どれくらい走っただろうか、木々の隙間から見えた光景に思わず驚きの声が漏れる。
森の中に突然現れた交易路らしき道は軽自動車が二台は並んで通れそうなほど広く、そこに数台の馬車が止まっている。
その周囲は緑色の肌をした子供くらいの背丈の小鬼──恐らくはゴブリンが取り囲んでおり、それらから馬車を守るように人間の男達が剣と盾を手に戦っていた。
(──すげぇ! 本当に異世界に来たみたいだ!)
森の柔らかい地面やにおい、木の触感もリアルで、ここが夢だと言う事を忘れそうになるが……
(まぁ、こんだけ走って息切れしてないって事は、やっぱり夢なんだろうな)
一番現実味が無いのが自分自身というのは中々に皮肉だが、実際の俺ならもうへとへとで座り込んでる頃だろう。
この世界が現実じゃない事は少しだけ残念だが──
(……でも、夢だからこそ無茶も出来るってもんだ!)
「みなさーん! 俺も加勢しまーす!!」
俺は大声で冒険者らしき人達に呼びかけながら、腰に下げた鞘から刃渡り一メートル弱の剣をスラリと抜き放つ。
そしてゴブリン目がけて飛び掛かり、勢いに任せて袈裟懸けに切りつけた。
「グギャアァッ!!」
「よっしゃ、先ず一匹!!」
肩から腰までをバッサリと切り裂かれたゴブリンは傷口から大量の血を吹き出し、断末魔と共に斃れた。
(凄いぞ! 俺、今まさにゲームの勇者みたいに魔物と戦ってるんだ!)
魔物の身体を、肉を、骨ごと断ち切る感覚まで嫌にリアルで、そこはやや不気味だったが──それを湧き上がる興奮と高揚が押し流す。
最初は何かに怯んだ様子だったゴブリン達も、俺が敵だと認識するや否やこちらにビシビシと鋭い敵意を向けて来るが……
「さあ、来るなら来い! 俺が相手に……──んんっ!?」
そう意気揚々と剣を構えた時だった。俺は先程から微かに感じていた違和感の正体に気付いた。
……剣が、ものすごく短くなっているのだ。その刃渡り、目測で約二〇センチ程。
「──なぁっ!?」
(いや、嘘だろ!? 確かに『斬る度に縮む剣』ってイメージで作ったけど……まだ一回だぞ!?)
たった一度ゴブリンを斬っただけで、刃渡りが八〇センチも縮んだという事実に一瞬思考が停止してしまった。
これじゃあ戦いどころではない。思わず狼狽えた俺に、しかしゴブリンは容赦なく飛び掛かって来る。
「ギャハアァーーッ!!」
「うおぉっ!? ちょっ、タンマ! タンマ!!」
『ぐああぁぁっ!! 痛ってぇえええ!!!』
「ギィッ!?」
ゴブリンの黄ばんだ爪による引掻き攻撃を受け止めた盾が絶叫すると、ゴブリンが何か異様な物を見る目で盾を睨む。
その背後から一人の男性が現れ──ゴブリンが反応するよりも早く斬りつけた。
「ギハァッ!?」
「おい、キミ! 大丈夫か!?」
「え、あっ、はい! 大丈夫っす!」
見たところ三〇代前半と言ったところだろうか、赤毛の短髪に無精ヒゲの男性が心配そうに声をかけてくれたので、平気だとアピールすると……
「──紛らわしい真似はよしてくれ! キミも戦士なら、大袈裟に痛がるんじゃない!」
「あっ、いや、痛がったのは俺じゃなくて……」
そうか、この盾の所為で俺が怪我したと勘違いさせてしまったのか。悪いことしたな……
慌てて事情を説明しようとするが、男性は苛立たし気に俺に背を向けるとゴブリンを牽制し始め……そこでふと気付いたように、俺の剣にチラリと視線を走らせた。
「キミ以外に誰が居るんだ! いや、今はとにかく剣を構えて──って……その剣、まさか今ので折れたのか!?」
「えっ、あ、いや……これもそう言う訳では……」
「戦えないならもう良い! 強がらず、馬車の中に引っ込んでいろ! もう守らんからな!?」
そう言って鎧を着た俺を軽々と片手で持ち上げ、馬車の方へと投げ飛ばした男性は、そのままゴブリンの討伐に戻っていった。
(凄い力だな……ファンタジーとは言え……)
あまりの事に呆然していると、背後から声がかけられた。
「──そこの人! 直ぐに中に入って! ゴブリンが来る前に!」
「えっ!? あ、あぁ……はい……」
恐らく馬車の乗客の一人なのだろう。壮年の男性が右手に剣を震わせながら、馬車の後ろの扉を開けて俺を呼んでいた。
このままでは彼も危ないと思い、その言葉に従って馬車に乗り込んだ。……靴から激しく土煙を巻き上げながら。
「──げほ、ごほ……凄い土煙ですな……? その靴、一体どうなって……」
「あっ、すいません。ホントに……」
これは完全に俺が悪いのだが、説明も難しいので平謝りする。
そして、さりげなく馬車の中を見渡してみると、ロープで固定された無数の積み荷や家族らしき男性に囲まれて、何人もの女性や子供が恐怖に身体を震わせているのが見えた。
その中の数人が男性に視線を送ると、彼は直ぐにその女性達の傍へと歩み寄り、安心させるように優しく肩を撫でた。
「──私の妻と、娘達です。ゴブリンは性欲で動く魔物ですから、狙いは恐らく……」
「……」
怒りに震える彼の拳に言葉を失う。
確かに先程のゴブリンは、そう言う意味で興奮していた。
あまり思い出したい物でもないが……ゴブリン達の股間がそれを盛大に主張していたのだ。
「ですが、きっと彼等なら大丈夫です。街のギルドで雇われた、信頼できる護衛の筈ですから──」
そう説明する男性の声を聞きながら、馬車の外へと視線を向ける。
彼の言う通り、先程俺を放り投げた男性は圧倒的な数の差も物ともせず、ゴブリン達を斬り捨てている。
時折こちらに視線を向け、馬車が襲われていない事も確認する姿勢はベテランの風格を感じさせた。
……荒っぽいところはあるが、多分悪い人じゃないんだろうな。素直にそう思った。だけど──
『あー、やる気が無いならもう良いよ。代わりはいくらでもいるんだし……』
先程の彼の言葉は、過去に浴びせられた言葉を鮮明に呼び起した。
……このまま引き下がってたら、現実と変わらない。そうだ、俺だってやるんだ。夢の中でくらい、勇気を出せないでどうする。
そんな思いが沸々と湧き上がって来る。
(戦えないって、武器が無いから言われたのか……? だったら、創ってやるさ──この場で最もゴブリンに効果的な、オリジナルの剣を!)
【創造】──この世界に存在しない物なら、何でも作る事が出来る能力。
ただ、単純な『特攻武器』は俺がこれまで遊んできたゲームにありふれていて、作る事は出来ないだろう。
(だから、考えろ! 単純な特攻以外で、ゴブリンを一撃で無力化できるような──必殺の剣を!)
俺がこれまで見て来た、あらゆる創作の聖剣や魔剣の知識は役に立たない。
火を噴くだとか、斬撃を飛ばすだとか、伸縮自在だとか、強い能力はまず作れない。
もっと奇抜で、創作に登場せず、しかしゴブリンには特攻の剣……
(──っ!! そう言えば、さっき……)
その時、唐突に先程男性が語っていた、ゴブリンの特徴を思い出した。
……出来るかは分からない。創れるかも分からない。だけど──
(届け……俺の思い、俺の意地! 俺に、戦う力をくれ! ──【創造】!)
そして、次の瞬間……──俺の手には、一振りの剣が握られていた。
デザインはシンプルなシミターを思わせる曲刀で、刃渡りはおよそ八〇センチ。
黒い刀身は光の加減でややピンク色を帯びる、奇妙な材質だ。創った俺でも、これがどんな金属でできているのかは分からない。
……しかし、俺の望んだ力がこの剣に宿っている事は確信できる。こうして『形になった』以上、その筈だ。
「──出来た……! この剣なら……!」
「ん? その剣は……もう一振り剣を持っていたのですかな?」
「え、えぇ。そんなところです」
俺が持っている剣を見て、確認するように尋ねてくる男性。
詳しい事は誤魔化し、これが俺自身の剣だと説明すると、男性は『そうですか』と理解を示した。
しかし……
「──ですが、戦うお積もりなのでしたら、やはり考え直した方が良いかと。失礼ながら先程の動きを見させてもらいましたが、あまり戦いに慣れている訳でもなさそうですし……」
「う……」
……確かに武器があるからといって、俺に先程の赤毛の男性のような戦いが出来るかと言われれば、不可能だと答えるしかない。
何せ俺は生まれてからこの方、虫より大きな生き物と戦った事が無い平凡な現代日本人なのだ。
まして、剣道を習ってたわけでもないし、戦いに関してはガチのド素人。しかし……
「……戦いますよ。この剣は、俺がこの世界で最も信じられる剣ですから」
(──そうだ、戦える! だってこの剣なら、掠りさえすればゴブリンを無力化できる筈なんだから!)
俺は自分の戦いの才能は信じていない。
だが……代わりにこの剣を信じている。これを創った、【創造】の力を信じている。
そう言うと、男性は諦めたように肩を落とした。
「……仕方ありませんな。ですが、くれぐれも自己責任でお願いしますよ。私は止めましたからな」
「はい、勿論」
彼の向けて来る視線は、それこそ死にに行く者を見送る目だ。もう戻って来る事も無いだろう……そう言外に訴えている。
だからこそ……そんな目を裏切ってやりたいと、強く思えた。
「──うおぉぉぉっ!」
勢い良く扉を開け、土煙と共に外へと飛び出す。
ギョッとした視線を向けるゴブリン達と、呆れた目でこちらを一瞥し──直ぐに視線を逸らす男達。
(期待されてない? ……最高じゃないか! これからそのイメージを全部、切り裂いてやる──この剣で!!)
心を奮い立たせ、ゴブリンへと駆け出す。
当然とんでもない土煙を巻き上げながらだが……このはた迷惑な靴も、俺が動いている限り背後を取られないと考えれば悪くはない。
「──ギギャッ!」
俺の接近に対してゴブリンも身構え、見るからに不潔な爪をこちらへと向ける。
肌を切り裂かれれば即、破傷風になりそうな凶悪な武器だが……
’(大丈夫だ! 盾で防げば怖くない!)
『痛えぇぇっ! 破傷風になっちまうぅ!!』
「ゥギッ!?」
絶対に破傷風になる事は無い盾の無駄な絶叫も、ゴブリンの身体を一瞬硬直させる事には役立った。
これだけの隙があれば、戦闘のド素人の俺だろうと……
(──斬れる!)
「オォラァッ!!」
振り抜いた剣が、確実にゴブリンの脇腹を捉え──真一文字に切り裂いた。
「グギャアア……──ァ?」
しかし、ゴブリンの身体からは血は一滴も出ていない。
……そう。この剣は『肉や骨を斬る事が出来ない剣』だ。しかし──
(よし! これでコイツは無力化された筈だ!)
俺は確かな手応えを感じていた。
それを証明するように、斬られたゴブリンはポカンとした様子で周囲を見回し、空を見上げ──雲の流れに見入っていた。
そして、それに反するように──ゴブリンの股間のブツは、真っ直ぐ地に向いて垂れ下がっていた。
「ふっ……お前の『性欲』、斬らせて貰ったぜ……ッ!」
我ながら、なんてカッコ悪い決め台詞だろう。
『つまらぬもの』どころではない物を斬ってしまった。
しかし、これこそがこの剣の能力──
(『物理的には何も斬れないが、性欲を殺す事が出来る剣』! 名付けて──)
「──『EDソード』……ッ!」
それがこの世界に新たに生まれ落ちた、恐ろしい魔剣の名だった。
今日はここまでにしようと思います!
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