第37話 土産の品は例のアレ
──二日後。俺は再びフィレオノーラ殿下の待つ、サロンへと足を運んでいた。
今回はお茶会の誘いではなく、納品の為に。
「ようこそ、我が宿命の運び手よ! 此度は如何なる品を──」
一歩、サロンに足を踏み入れた瞬間、俺を迎え入れたフィレオノーラ殿下が息を飲み、視線が釘付けになった。
──俺の背で、風も無いのにやたらとスタイリッシュに靡くマントに。
「は、運び手よ……! そのマントはまさか……!」
期待に声を震わせる殿下の様子は、サプライズでプレゼントを取り出した親を前にした少女のように愛くるしい。
「そうですね。殿下を更に高貴に演出する、魔道具による物です」
「お、おお……! す、素晴らしいな、それは! まさかマントがそのように靡くだけで、ここまで美しいとは……!」
フィレオノーラ殿下の目が、新しい発見をしたとばかりに輝く。
非常に満足気な様子に安心する反面、微妙に想像と違う反応に一瞬疑問を覚えたが……
(──あ、そうか! 俺はアニメやゲームでマントが派手に靡く演出を何度も見て知ってるけど、こっちの世界ではまだそう言うカッコ良さが浸透してないのか!)
良かったぁ……殿下にこの良さが伝わって……
自分がとんでもなく部の悪い賭けをしていた事に今更気づき、冷や汗が吹き出した。
フィレオノーラ殿下は、俺のそんな内心には気付かず、ハイテンションで前回の席へと俺の手を引く。
「運び手よ! さあ、早速そのマントについて聞かせてくれ!」
「は、はい。ドラグノーラ殿下」
「──なるほど……! つまり、そのマントは今、運び手のイメージ通りに操られているのだな!?」
「いえ。あくまで靡かせるだけなので、操るとは少し違いますね。思った通りに靡かせる事は出来ますが」
「……? それは……どう違うのだ?」
「マントに物を掴ませたり、剣を振らせたりは出来ないと言う事です」
今回この魔道具を【創造】するにあたり、この辺の線引きはかなり重要だった。
物体を操る能力なんてありふれていたからな……あくまでも『靡かせる能力』である必要があったのだ。
「ふむ……? よくは分からぬが、なにやら事情があるのだな。それにしても──お前は凄いな、運び手よ! マントに剣を振らせるなんて、どうやったら思いつくのだ!?」
「あ、あはは……私は旅人ですから、色々な物語を目にする機会に恵まれたのですよ。それで、今回の品はドラグノーラ殿下の満足いく物でしたか?」
自分の発想ではない部分を褒められるのはなんとも居心地が悪く、俺は多少強引ではあるものの本来の目的へと話題を戻す。
すると、ハッと落ち着きを取り戻したドラグノーラ殿下は、平静を装う為か口元を慌てて扇子で隠した。
……もう遅いと思う。色々と。
「そ……そうだな。そのマント、確かに素晴らしい演出だ。──しかし、だからこそ惜しいな」
「? 惜しい、と言うのは……?」
「我ら王族にとって、このマントは権威の象徴でもある。長く、煌びやかな我がマントと比べると、お前のマントには風格が足りぬのだ。……動きが如何に美しくとも、我がそのマントを纏う訳にはいかぬ」
と、心底残念そうに項垂れる。
そんな殿下の後ろでは、今日も待機している彼女の侍女が『ザマァ!』とでも言いたげに、俺を冷たく見下ろしていた。……そこまで嫌うか。
(──いや、彼女にとって大事な王女殿下を、更なる厨二病の底なし沼に沈めようとしている訳だし当然か)
……まぁ、それはともかくだ。
確かに彼女が今も身に付けているマントにあるような上質な光沢も、織り込まれた金糸による華美な装飾も、俺のマントには無い。
どちらかと言えば、ロードリックさんのような冒険者のマントと言った風情であり、王族の纏う物としては相応しく無いだろう。
……だが、甘いな。侍女よ。
(──俺がその程度の事情を考慮していないと思ったか……?)
「っ!?」
その瞬間、俺の口元から笑みが消えていない事に気付いた侍女の、余裕の表情が強張った。
「──ご安心を、ドラグノーラ殿下。私のマントを靡かせているのは、このマント自身ではございません」
「な、何と……!?」
そう。俺の創った魔道具はマントではない。
スタイリッシュに靡くこのマントは、ロードリックさんから借りた防寒用のマントだ。
俺が【創造】した物は──
「このマントを留めている、ブローチでございます……!」
そう言って俺の右肩に輝く赤い宝石のブローチを取り外すと、今まで無駄にずっと靡いていたマントが糸を切られた操り人形よろしく、力を失った。
「どうでしょう? 殿下から頂いた対価に相応しい、美しい装飾と自負しております……!」
「お、おおおおお……っ!!」
【創造】には具体的なイメージが必要だ。
しかし、一流の装飾品のデザインなんて、庶民の俺には考えつかない。
だが、俺はこのブローチなら殿下の琴線に間違いなく触れる確信があった。何故なら──
「ど、ドラゴンが剣に絡み付いて……! ふ、ふつくしい……っ!」
(修学旅行に於ける、男子中学生のお土産人気不動のエース! 『ドラゴンソードキーホルダー』のデザインを流用したからな!)
アレを買わない厨二病はいない。俺の経験からも断言できる。
机の上に置いたブローチを、感極まった勢いのまま手に取った殿下がうっとりと眺め……その背後では、またも侍女が絶望的な表情を浮かべている。……ホント、すみません。
「そのブローチを身につける事で、先程の私のマントのように……いえ、殿下であればマントだけではございません。その美しいドレスや、お髪すらも思いのまま! 殿下をよりエレガントに彩る為、美しく靡く事でしょう……!」
「うむ、うむ!」
「ど、ドラグノーラ殿下、お待ちを! 先に私めが鑑定を致しますので!」
慌てて割り込む侍女が、殿下の手からドラゴンソードキーホルダーを素早く、かつ優しく取り上げ、【鑑定】の魔法で怪しい効果が含まれていないか調べていく。
が……
「──こ、この魔道具には……魔道具には──くっ……問題、ございません……!」
「それはそうであろう! 全く、アーリアは心配性だな。……まぁ、だからこそ我もお前を信頼しておる。今後とも頼むぞ」
「は、はい……──くっ……!」
当然、怪しい効果など仕込むわけもない。
殿下を止める口実を得られなかった侍女は、悔しげな視線を俺に向けながらも、殿下の差し出した手にブローチを優しく乗せるしかなかった。
「──では、着けるぞ……!」
そして、ついにフィレオノーラ殿下の煌びやかなマントを留める胸元に、凄まじく場違いなドラゴンソードキーホルダーが『パチン』と言う小さな音と共に取り付けられた。
その瞬間、殿下の髪が、マントが、ドレスの裾がぶわりと舞い上がる。
「お、おお……! これは──予想以上に! 自在ッ! 優雅ッ! 実に、素晴らしいぞッ!」
「お気に召していただき、光栄でございます」
興奮のあまり立ち上がり、次々とポージングを決めるフィレオノーラ殿下。
……これはもう治らないだろうな。厨二病。
他人事のようにそんなことを考えながら、彼女を見つめていると、視界の端から殿下に歩み寄る人影が一つ。
「──お姉様」
(っ! 来た──!)
その人物こそ、俺がここへ足を運ぶ真の目的。
「宜しければ、私にもその方を紹介していただけないかしら」
──第二王女、セルティス・ベルガルド。
今日もサロンの一角からこちらの様子を伺っていた、フィレオノーラ殿下の妹がついに接触を図ってきた。
「セルティス! そうか、お前も惹かれたか! ──この美にッ!」
「いえ、そうではないのですが……私も一つ、作っていただきたい魔道具があるのです。──受けていただけますか?」




