第36話 お茶会に誘われて
フィレオノーラ殿下を釣り上げてから、早三日が過ぎた。
ここまでの間、王族との交流に進展はなかったものの、おかげでシーゼル侯の部下である財政官から、ある程度の宮廷マナーを学ぶ事ができた。
(城内での俺の扱いが『第一王子の客人』にグレードアップしたからか、妙に腰が低くなっていたのが不気味だったな……)
まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。
今日は三日ぶりに、王族と交流する予定が入った日。
「……ここ、ですよね?」
「ああ、その筈だ」
俺はフィレオノーラ殿下の招待で、ロードリックさんを護衛として伴い、城内の一角にある『サロン』を訪れたのだった。
「──ようこそ、我が宿命の運び手よ。さぁ、その席にかけられよ!」
「お招きに与り、恐悦至極に存じます。ドラグノーラ殿下。……失礼致します」
前回会った時と比べ、一段と厨二病が進んだ印象の殿下の正面──テーブルを挟んだ、対面のソファに腰掛けた俺は、さりげない動作でサロンの様子を見回した。
(──ものの見事に女性しかいない空間だ。『王妃・王女の共用サロン』と言うだけあるな……)
王族に仕えるだけあってか、視界に入る顔も皆美女・美少女揃い。
もしも俺の性欲が生きていれば、こんな空間で冷静には居られなかっただろうな。
そして……殆どは侍女のその空間にあって、フィレオノーラ殿下と同じ気品を纏う女性が一人居たのを、俺は見逃さなかった。
(セルティス王女殿下……! 機会があればと思っていたが、こんな所で会えるとは……!)
当然招いてくれたフィレオノーラ殿下を蔑ろには出来ないが、今回の茶会にかこつけてセルティス王女の興味を引く事ができれば、今後の交流に繋がるかもしれない。
幸いな事に、彼女の方も俺に対して全く興味が無い訳でもないらしく、時折りこちらに向けられる視線を感じる。
(恐らく、姉であるフィレオノーラ殿下がわざわざ俺のような冒険者をサロンに招いたのが気になっているだけだと思うが……このチャンス、逃す手はない!)
「──先日のプレゼント、愛用していただけているようですね。光栄の至りです」
「えぇ、この世に二つと無い至高の品ですもの。──くっ、鎮まれ……! この竜と私はもはや、一心同体……運命を共にする同胞ですわ」
おぉ……良い感じに乗ってくれた。おかげでセルティス殿下の興味も、より引けたようだ。
「実はこのような物を作れる貴方を見込んで、一つ作って欲しい魔道具がございますの。宜しいかしら?」
「魔道具、ですか……」
……参ったな。いつかはこう言う注文が来ると思ってはいたが、こんなに早くとは。
『黒竜姫の包帯』に飽きるまでは、安心だと思っていたのに……
「謝礼はコチラに……」
そう言って殿下は、取り出した紙幣のような形の紙をコチラに差し出した。
(小切手みたいな物か……? こんな時代からあったのかな……)
そう思い、受け取った紙面に目を通した俺は、驚愕の余り思わずフィレオノーラ殿下に視線を向けた。
殿下は口元を扇子で隠しながら、自信に満ちた目でコクリと小さく頷く。
『事情はアルシエル殿下から聞いておりますわ。ケンジ様。セルティスの興味を引く手伝い、私にお任せくださいな。』
それが受け取った紙に書かれた内容だった。
(そう言えば、シーゼル侯も言っていた。『フィレオノーラ殿下は、聡明な王女だ』と……!)
恐らくこの三日間で、アルシエル殿下が彼女に伝えたのだ。
もしかしたらフィレオノーラ殿下が常に巻いていた『黒竜姫の包帯』が、良いサインになったのかもしれない。
どこまでかは分からないが、アルシエル殿下はフィレオノーラ殿下に内情を伝えて、彼女を俺達の協力者にしたのだ。
……だとすればこのお誘い、受けない訳にはいかないよな。
「──コレ程の価値あるものをいただける以上、お断りする事は出来ませんね……私に作れる物であれば、何なりと」
「そう言っていただけると確信しておりました。作っていただきたい物は……やはり私をより高貴に、そして美しく演出出来る魔道具ですわ! この包帯を作った貴方であれば、私の理想とする演出はきっと分かるはず!」
話の途中で立ち上がったフィレオノーラ殿下は、彼女の思う高貴そうなポージングを決めながら、求める魔道具のイメージを告げる。
その後、一転して落ち着いたように再びソファに腰掛けた殿下は、テーブルの上のカップを手に取り、ハーブティーを口にし、俺に目配せすると──
「──故に、演出の内容はお任せいたします。どうでしょう、この魔道具は作れまして?」
(いや解るか!? アルシエル殿下に負けず劣らずの無茶振りじゃねぇか! 王族ってこんなんばっかりか!?)
──なんて当然口には出せないので、俺は考え込むように顎に指を添える。
(落ち着け……先ずは『創れる』かどうかだ。先ずはそこから考えよう)
俺の【創造】は、既に俺が目にした事のある創作物で登場した能力は創れない。
しかし、『身体に紋様を浮かび上がらせる魔道具』は創れた。それは何故か。
俺は『能力の副次的な作用で紋様が浮かび上がる描写』は見た事があっても、『ただの紋様を浮かび上がらせるだけの能力』は知らないからだ。
そう言う抜け穴があるのだ。【創造】には。
(それなら……いける、か……?)
幸い、フィレオノーラ殿下は『どんな演出か』を限定していない。
それは一見無茶振りにも思えたが……
(失敗出来ない状況に於いては、寧ろこっちの都合で選択肢を広げる事ができる注文でもある、か……)
俺は彼女の注文に応えて、セルティス殿下にアピールしなければならないのだ。
それを理解しての注文。最悪の場合、多少の妥協は許されるかも……
「──分かりました。その注文、お受け致します」
「ふふっ、楽しみが増えましたわ。期日は如何程に致しましょうか?」
「そうですね……──では、明後日までに仕上げてご覧にいれます」
「あ、明後日!? そんなに早く出来ますの!?」
俺が告げた期日を聞いた殿下の手から、扇子が滑り落ちる。
予想はしていたが、やはり魔道具の製作に二日間と言うのは異常なスピードらしい。
我ながら少し短すぎるかとは思ったが──
(セルティス殿下の気を引く為だ。有能に見せる演出は、過剰なくらいが丁度良い!)
実際、『創れる魔道具のアイデア』が固まれば【創造】は一瞬だ。材料の調達も必要無いし、こう言うところはちゃんとチートな能力なのだ。
このアピールポイントを活かさない手はない。
(早く仕上げられるとわかれば、セルティス殿下も『では私も』と気軽に話しかけてくれるかもしれないしな……)
何なら、今ついでに頼む勢いで接してきても良いんだが……
まぁ、結果から言えば、流石にそんな事は起こらなかった。
「──それでは、宿命の運び手よ。次の邂逅を楽しみに待っているぞ」
「はい、ドラグノーラ殿下。その時には、必ずご期待に添える土産をお待ちしましょう」
あの後は、運ばれて来たお茶菓子とティーセットで小さな茶会を楽しみ、そして解散となった。
……ちなみに、ティーセットを運んで来た女官は、あの時フィレオノーラ殿下とともに俺の客室に来た侍女であり……一瞬ではあるが、とても冷たい視線を向けられた。我ながら嫌われたものだ。
「……そうだ。ロードリックさん、セルティス殿下の様子はどうでしたか?」
客室へと戻る道すがら、護衛の為に周囲の様子を把握していたであろうロードリックさんに尋ねる。
「うむ、興味は十分引けていたように思う。次に君がフィレオノーラ殿下に会う時、サロンに彼女の姿があれば……もしかしたら、その時は接触もあるかもしれんな」
「なるほど。今回創る魔道具次第では……って事ですね」
振り返ってみれば、今回の誘いは俺の存在をセルティス殿下に印象付ける切っ掛けとしては十分なものであり、俺のフィレオノーラ殿下に対するイメージは大分変わったと言える。当然、良い意味で。
(せっかく受け取ったフィレオノーラ殿下からのパス、しっかりとゴールに繋げたいところだが……)
「──ちなみに、どうだ? 魔道具のイメージは……創れそうか?」
「そこなんですよね……問題は」
「お、おいおい……!?」
一応、あの時の殿下のポージングで『これはどうだ』と言うものは思い浮かんだ。
問題は『これ』が実際に作れるのか……だな。




